「やっと香港に着いたね……すっげー都会じゃないか!」
「英二、はしゃぐなよ。迷子になっちまうぞ」
「そうだそうだ。おまえ、危なっかしいからなぁ」
アッシュ、英二、シンの三人は香港の地に降り立った。 バナナフィッシュを巡る争いが終わった今、アッシュはシンとの仕事を始めることを決意した。それにあたって、中国経済の動向を自分の肌で感じる事と、何より月龍のホームグラウンドをこの目で確かめておきたかった。中国・香港で絶大的な影響力をもつ李家や月龍のこをよく知っておかねばならない。
英二を香港へ連れてくるのは危険を伴うので躊躇したが、英二がどうしても一緒に行くときかなかったし、アッシュ自身が英二を一人残す事が不安だった事が一番の理由だった。
「李家のネットワークをもってすれば、俺たちが香港に入国した事はすでに月龍の耳に入っているだろうな――」
シンが不安げに呟いた。
「間違いないな、まぁ今から心配しても仕方が無い、仕掛けてきた時はその時さ、アイツもバカじゃない下手な真似はしないさ。シン、ここはオマエの庭だろ?いざという時は頼りにしているぜ!」
アッシュがシンに親指を立てた。
「あぁ……わかっているよ……」
そう答えたものの、正直言って不安は解消されなかった。
(若様、俺達に妙なことをしてこなければいいけど……)
三人は九龍にある「リッツカールトン香港」のスイートルームにチェックインした。三人でもゆったり泊まれる広さだ。部屋からは香港島や新界地区の壮大な景色が望める。
「ウワァー!すごい眺めだね、摩天楼がいっぱい建っている。……まるでNYみたいだ!アッシュ、見てごらんよ、人があんなに小さく見えるよ」
英二はまるで観光気分で大はしゃぎだ。喜ぶ英二を見て、連れて来て良かったとアッシュは心から思った。
(ガキだなぁ……本当に……)
窓からの景観に夢中になる英二の背中を見ながらふっと笑う。しかし心とは裏腹に口を吐いて出た言葉は今思った想いとは正反対のものだった。
「英二、一人で勝手に外に出るなよ、いつ月龍が仕掛けてくるかわからないんだ、わかったか?」
厳しい口調で、観光気分で浮かれる英二にくぎをさした。
「チェッ、わかっているよ……、でも仕事の合間には僕に付き合ってくれよな。ぜひソーホーに行ってみたいんだ。写真をたくさん撮りたいんだよ」
英二は自慢のカメラを取り出した。
「帰ったら伊部さんやリンクスの皆にも見てもらいたいからなぁ」
そう言って目を輝かせる英二を見て、苦笑しながらアッシュは彼をなだめた。
「わかった、わかった」
「約束だぞ?」
***
その頃、高台にある香港一の高級住宅街の中でもひと際瀟洒な李家のリビングで、月龍は窓から香港の街並みを不機嫌そうに見下ろしていた。が、数瞬後、何か閃いたのか意地悪そうな笑みを口元に湛えた。
「アッシュ、君は相変わらず英二に甘いね、そんなに何時もくっついていたいのかい? まぁいいさ、ようこそ香港へ、君達に歓迎の意をこめてちょっとした『プレゼント』をしようしてあげるよ。 今時子供でもかからないだろうけどお遊びさ――フフフ……」
月龍は一人ごちた。 その後部下を呼んで何事が指示した。
***
アッシュとシンは毎日仕事で忙しく、ほとんど外出していた。市場調査や今後世話になるであろう会社への挨拶まわりなど、することが山ほどあった。疲れた顔で夜遅く戻って来る。もちろん昼間はに英二と外出する時間など全くなかった。
始めのうち、英二も大人しく部屋とホテル内をあちこち見て回ったが、それも大方見終わってしまうと外へ出ていろいろな場所を見たくなった。
(せっかく香港に来たのに……目の前には摩天楼が見えるのにそこへ行けないだなんて、つまらないなぁ)
英二にとっては当然と言えば当然の成り行きだった。
「アッシュ……向かいの香港島に行っていいかい? ほんの少しだけでいいんだけど……」
その晩、英二は駄目もとでアッシュに懇願した。アッシュはジロリと英二を睨んだ。
(うっ……)
思わずひるんでしまった。
「……言っただろう? ダメだ!」
予想通り、即却下されてしまった。
「うん、そうだったね……ごめん、変なことを言って」
素直に謝った英二だが、しかしそれ退屈な日々が何日も続けばさすがの英二も我慢の限界だ。それと同時にアッシュに対する小さな疑惑が頭をもたげてくる。
(本当に仕事で毎日外出しているのか?)
(僕だけ閉じ込めてシンと二人で楽しんでいるんじゃないか?)
いつもの英二なら絶対に思わない様な疑惑が、何故がどんどん浮かんできて英二をイラつかせた。香港に来て一週間後、ホテルのベッドで寝そべりながら英二はテレビを見ていた。
(……ムカツク、ムカツク、ムカツク!)
モヤモヤとした想いは怒りに近い感情に代わっていた。英二はムクッと立ちあがった。
「あーもう! やってられないよ!どうせ夜まで帰ってこないんだから、それまでの間外出してやる!」
とうとう英二は我慢できずに、カメラを片手にホテルを飛び出してしまった。
***
――三人が香港に到着する前日――
「これをたのむ――」
猥雑な香港の街角、銅羅湾(コーズウェイベイ)の一角にて。怪しげな老婆は地べたに座り、小さな机を前に一人の男から依頼を受け、それを実行していた。
「私にまかしておきなさい」
老婆はそう言って薄気味悪く笑った。その老婆は 「打小人」 (ダァシウヤン)人呼んで『ぶったたきババア』、平たく言うと『呪い屋』だ。
自分が呪いたい人間の名前を紙人形に書き、『ぶったたきババア』がそれをスリッパや石で叩いて呪いをかけて金銭を貰う、立派な商売だ。
「まかせたぞ」
男は老婆に金を払って去って行った。その紙人形には 「ASH LINX & EIJI OKUMURA」 と書かれていた。
<続>
もしあなたが今回のお話を読んで、楽しいと思われたら、このweb拍手ボタンをクリックして拍手応援・またはメッセージを送って下さると嬉しいです。らぶばなのブログ更新の励みになっております。
メッセージ・ご意見は、記事の右下(なうで紹介・mixi チェック・ツイートする 各ボタンの下)に 「コメント」があるのでそこからお気軽にどうぞ。
新しい小説がスタートしました。といってもベースは読者さまなんですけどね。
打小人という呪い屋の存在を初めて知りました。詳しくは >> こちら を参考にしてくださいね。