「――これか?」
真剣な表情で英二はピースを睨みつけた。
彼はシックモダンな絨毯の上でうつ伏せになり、両手を重ねて顎をのせた状態のまま 床に置いたパズルをじっとみている。時折 足をばたつかせたり、何かをつぶやいたりしながらすでに二時間以上経過していた。
英二はジグゾーパズルを組み立てていた。パズルは昨日、伊部がアパートに持ってきたものだ。
「英ちゃん。このパズル、やってみたら? 」
受け取ったのは英国の作家が描いた風景画で、森や建物、庭園に咲く花々が細かく描かれた500ピースのパズルだ。写実的な雰囲気で色鮮やかなのに落ち着いた印象がある。
「ありがとうございます。綺麗だな――完成したら、玄関に飾ろうかな」
英二はそのパズルの絵が気に入った様子で、さっそく開封した。色分けしやすく、ヒントになる部分が多かったので 初めはさくさくと順調にパズルを組み立てていった。
しかし、二日目になると途中から全然わからなくなり、適当にそれっぽい部分に置いているようだった。
英二は「君も一緒にするかい?」とアッシュを誘ったが、彼は「読みたい本があるから」と言って断っていた。
二人は特に会話もなく、リビングでそれぞれの時間をすごしていた。アッシュはパズルに関心のないそぶりを見せつつも、ページをめくりながら時々チラチラと彼の観察をしていた。
アッシュにとってはたかが500ピースのパズルよりも、「パズルをする英二」を観察するの方が楽しく思えたのだ。
英二は真剣な表情で、ひとつずつ形の違うパズルのピースを手に取り、同じ色合いのピースを手の平にのせる。一度にのせるピースは三個まで。それ以上のせると混乱するらしい。
床の上にはパズルの山がいくつかできている。これは昨日、図柄を見ながら色分けしたものだ。同系色のものをかためてその中で少しずつ組み立てて行く。
「うーん……」
悩みながら英二はピースをくるくる回す。そしてピースをはめようとしたが、はまらなかった。
「――残念! これだと思ったのになぁ……」
眉をハの字にして非常に悔しそうだ。しかしすぐ気を取り直して他のピースを探す。
「――やっぱりこれかな?」
次のピースを取り、期待を持ちつつピースを組み立てるが、うまくはまらない。少々嫌気がしたらしく奇声が聞こえてきた。
「あぁ、もう!……えぇーい!」
力任せにピースをぐりぐりと強引にはめこもうとしたが、はまらなかった。
「――英二。それ……きっと違うと思うぜ」
アッシュは視線を本に向けたまま次のページをめくった。
「……うん」
英二の声が小さくなった。強引にはめこもうとしたことがアッシュにバレて恥ずかしかったようだ。アッシュは彼の顔を見なかったが、まるでいたずらを見つかって恥ずかしい思いをしている子供のような表情をしているはずだ。
(英二ってガキだなぁ……)
本人に言うと怒るであろう言葉をアッシュは心の中で呟く。しかし、それは嘲るというよりも微笑ましい、という感情に近い。
英二はしばらくの間アッシュを見ていたが、アッシュがこれ以上何も言わないので 再びパズルに取りかかった。
本をめくる音と、パズルを組み合わせようとする音のみリビングに響いていた。とても静かだが、お互いに相手が同じ空間にいるのが心地よく、会話がなくても全く問題はなかった。
英二の手が止まった。数秒間シーンと無音になったかと思うと、次の瞬間には大きな叫び声が聞こえてきた。
「――やった! これだ!やっと見つかった――よし!」
転がって、仰向けになり両手足を天井にむけてバタバタと暴れる。たった一つのピースがあてはまっただけでこれほど大喜びをする人間を見た事が無い。
(なんて大げさな奴……)
パズルに夢中な英二を見て、アッシュは子供の頃、自分も兄とパズルをした記憶を思い出していた。
***
「――グリフ おにいちゃん!」
5歳のアッシュ・リンクスは眉に皺をよせて年の離れた兄を呼ぶ。今にも泣きだしそうなその弟の顔を見てグリフィンはアッシュの柔らかい髪を大きな手で撫でた。
「――どうした、アスラン?」
両ほほをふくらまし、アッシュはパズルを指さした。それは兄グリフィンが友達から貰ってきた100ピースのパズル――青空の中に数種類の飛行機が描かれたものだった。アッシュは意気揚々とパズルをはじめ、5歳にしては早いスピードでパズルを組み立てていった。
大好きな飛行機は問題なく組み立てたが、空はまだ完成しておらず、あと3割ほど残っている。
「あとは空だけか。――俺も手伝おうか?」
「ううん、お空は僕がやるのっ! ボク、飛行機から作りたかったんだもの」
アッシュは首をぶんぶんと左右にふった。
「でも、進まなくて困っているんだろう?」
グリフィンはしゃがみこみ、背後からアッシュを抱いた。アッシュは兄の胸にもたれながらパズルを心配そうに見つめている。
「このままじゃできないの――」
「ほら、やっぱり……意地をはるなって」
優しく言って残っているピースに手を伸ばしたが、アッシュがその手をはねのけた。
「ちがうの!……おにいちゃんにもできないもの」
アッシュは鼻息荒く、ぷんぷんと怒っている。
「……?」
「あのね、ひとつだけピースが足りないの。これじゃ出来ないよ――」
アッシュは泣きそうな顔で兄に訴えた。
***
アッシュは本を読み終えた。時計を見るとあれから一時間が経っていた。本を閉じて英二の方を見ると、彼はまだ集中力を保っていた。
パズルは残り20ピースほどになっている。風景画の空の部分だけが残っていて、白っぽい色のピースだけがよけられていた。
幼い頃の自分も英二と同じように空の部分を後回しにしたな、とアッシュはぼんやり考えていた。
(俺と同じだな)
そう思うと笑みがこぼれてしまう。英二は首をくるくると回しだした。同じ態勢でずっとパズルを組み立てていたので疲れがたまっているようだ。
しかし本人はその疲れにすら気づいていない。何としても完成したいと言う気持ちが伝わってくる。
「英二、少しは休憩したらどうだ? あまり根詰めると疲れるぞ」
アッシュの言葉を聞いているのか聞いていないのか分からないが、曖昧な返事がかえってきた。
「う、うん……あとちょっとだけ……」
「そのセリフ、もう三回目だぞ」
「ん……」
(聞いちゃいないぜ、まったく――)
呆れてアッシュはため息をついた。
5歳の自分もきっと英二と同じだったろう。グリフも大変だったろうなと思いながら。
「――あったぁ!」
再び英二が叫んだ。アッシュがパズルをのぞきこむと、残り10ピースほどになっていた。
「すげぇじゃん、もう終わりじゃないか」
「えへへへ……二日もかかったけどな。今日中に終わらせたいよ」
「オニイチャン、すごい集中してたもんな――」
「そうかな? 照れるなぁ」
「集中力を発揮するのは、漫画本を見ている時とパズルをしている時だけだな」
皮肉たっぷりに片頬をあげて笑うと英二はムッとしたようだ。顔を真っ赤にして立ちあがった。
「どうした?」
「――トイレっ!」
頬をふくらませて、腕を大きく前後に振って、ズンズン勢いよくリビングを出て行った。
「……ぷっ。あの顔……」
自分より二歳も年上なのに今日の英二はとても幼く見えた。
きっと英二は戻って来たら、怒っていたことなど忘れて、何事もなかったかのようにまたパズルを始めるのだろう。
ピースを発見して驚き、素直に喜ぶその姿は、5歳の自分を見ているようだった。
共通しているのは『汚れの無い純粋さ、無垢な心』だ。幼少期の自分を英二に重ねて見ているだなんて本人に知られればますます怒るに違いないと考える。
(そう言えば……あの時大騒ぎしてグリフを困らせたよなぁ……)
アッシュは懐かしい思い出を胸に、パズルのピースをひとつ手に取った。
<続> 次回後編をお届けします
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今回は『パズル』というお題を頂戴し、その言葉から連想したお話を創作しています。次回の後編もお楽しみ見下さいませ♪