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自転車レースを終えた二人は、森を抜けて繁華街に出た。いくつか飲食店が並んでいる通りで自転車を停め、店を選ぶ。約束通り、昼食は英二が奢る事になった。
二人はフィッシュ・アンド・チップスを一人前だけ注文し、テイクアウトした。一人前しか注文しなかったのは英二のお財布事情が悪かったからだが、アッシュは文句を言うこともなく二人で仲良くシェアする。
「――結構美味いじゃないか」
「なんかこういうのって……いいね」
「――何が?」
「いや、こうして君と二人でフィッシュ・アンド・チップスを食べるのが」
高校生の時、英二は部活帰りによく友達とファーストフード店に入ったことを思い出していた。友人たちと分けあいっこした安いポテトフライの味は忘れられない。しかし、まともに学校に通っていないアッシュにその懐かしい思い出を言うつもりはなかった。
「ふぅん……そうなんだ」
アッシュは特に気にすることもなく、油と塩でべとついた指を舐めている。
英二は口の中が油っぽく感じた。一人前を分けあっているので正直言ってもの足りない。彼は繁華街の古ぼけた看板をチラッと見ていたずらっぽく言った。
「アッシュ、食後のデザートはどうかな? ――君のおごりで……」
「別にいいけど、何にする?」
すんなりOKをもらえて、英二は やったぁと 小さく言って、嬉しそうに笑いながら近くの店に入った。
「暑いから、アイスクリームが食べたいな」
「好きなのを言えよ」
「じゃぁ、アイスクリームをください! バナナと、ピカンと、チョコチップとチェリー……」
アイスクリームのフレーバーを指さしながら英二は店員に注文していく。
「おいおい、そんなに食うのか?」
「もちろん、あと、コーラも! ラージサイズで!」
アッシュは止めようとしたが、更に注文が増えてしまった。
「よくその小さな体に食いもんが入るなぁ……」
驚きながらアッシュがじーっと上から見おろすと、
「小さいって何だよ、アッシュの分も頼んでるんだよっ」
真っ赤になって英二は怒った。
***
アイスクリームとコーラを買った二人は店をでた。
「アイスが溶けちゃうよ――早く食べよっ!」
「はいはい」
二人はすぐ近くにあった大きな木の下に移動してその木陰にしゃがみこんだ。
「うんまいなぁ! 」
「あ――食った、食った」
「まだもうひとつくらい食べれるかも……」
「どんな胃袋しているんだ?――ったく! あははは……」
アッシュは笑いながらTシャツにこぼれたコーンをはらった。フィッシュ・アンド・チップスを食べた指がまだギトギトしているのが不快で、アッシュは自分のTシャツで手の汚れを拭こうとする。
「あ、服が汚れちゃうよ」
英二は慌てて止めようとしたが、遅かった。
「細かいこと、気にすんなって」
そう言ってアッシュはゴシゴシと拭いている。
「あーあ……」
「もう汚れたから何しても一緒だろう?」
そう言ってアッシュはカラカラと笑った。ケープコッドに来てから機嫌の悪かった彼が明るく無邪気に笑う姿を見たら、もう何も言えない。
(仕方ないなぁ――後で洗えばいいか)
「うーん!」
アッシュは背伸びをした。そして突然裸足になって、目の前の大きな木を登り始めた。突然の行動に英二は驚いて下からアッシュを見上げた。
「何……してんの? 」
まさかアッシュが木登りをするだなんて想像もしていなかった。
「英二!こっち来いよ! ここから見える景色は綺麗だぞ――」
故郷の風景を木の上から眺めながらアッシュは叫ぶ。
「――ふふっ。子供みたいだ」
英二は驚いて見ていたが、アッシュに『子供らしい部分』が残っていることが嬉しかった。
(懐かしいな、僕も子供の頃は木登りをしたよなぁ…)
枝にぶら下がって笑うアッシュを見て、彼に必要なのはこんな風に普通に過ごす時間なのではないか、と英二は考える。現状はとても厳しいものだから、せめて今この瞬間だけでも、普通の男の子がする体験をさせてあげたいと思っていた。
少し切なくなったが、英二は大きな目を細めてにっこりと笑った。
「待ってろ、僕も行く! 君より高く登ってやるよ」
そう言って英二は雲ひとつない青空に向かって靴をぽーんと放り投げた。
***
木に登る途中、英二は何度かずるっと足を滑らせてしまったけど、アッシュに手を引っ張ってもらい、アッシュと同じ高さにまで登ることができた。木の上から地面を見ると、その高さに少々怖くなってしまう。
「うわぁ、よくこんな高さまで登ったな……」
「なんだ、びびってんのか?」
からかうようにアッシュが笑う。
「うーん、まぁ正直言うと。ははは……」
英二も笑って、ケープコッドの風景を堪能する。木の上から見る景色は地上から見るそれとは全然違った。
「……それにしても君の故郷はとても綺麗だね、羨ましいよ」
「――そうかな、何もないところさ。こんなところ……」
アッシュが投げ捨てるように言った。
「僕の故郷も何もないところさ……だから一緒だよ」
「いや、お前の故郷はきっと綺麗なところに違いないよ」
どういうわけかアッシュは強い口調で言い切った。
「どうして……見てもいないのにそう言うの?」
「……お前が育った町だからだ」
(俺とお前とは何もかもが違う……)
アッシュは空を見上げて静かに言った。その横顔は少しさびしく見える。
「ねぇアッシュ……」
「なんだ?」
「今日、僕は君の故郷を見て、町の雰囲気や自然を全身で感じたから分かるよ」
「何が分かったんだ?」
「ここは綺麗だ……君が育った町だからね……」
自分のことを肯定されてアッシュは驚く。自分で自分のことを否定し続けていた彼にとって英二の言葉は嬉しくもあり、困惑もした。
「……俺なんかが育った町なんて――」
「またそんな事を言う!いいかい?君の故郷は綺麗だからねっ!」
怒ったように英二が主張する。
「――強引だなぁ……分かったよ。そういう事にしたらいいだろう?」
根負けしたアッシュは仕方なく認めた。
「同じ田舎者同士、仲良くしようぜ!」
「ばーか、一緒にするな。俺はいまニューヨーカーだ」
一緒にされてたまるか、とアッシュが笑う。ようやくいつもの調子に戻った彼をみて英二はホッとした。
「英ニ、あれを見ろよ」
アッシュが指差した方向には川があった。
「あ、川だ!きれいだね」
「ほら魚が跳ねたぞ!そういえば昔、グリフィンと釣りをしたなぁ」
遠い日の幼少時代を思い出したのか、目を細めてほほ笑む。そんな彼を見て英二はもう一度同じ体験をしてもらいたいと思う。
「……明日、時間があれば皆を誘って釣りをしようよ」
(アッシュの過去は変えられないけど……今僕たちがしていることで、未来を変えることができるはずだ――)
アッシュには希望を持ち、そして愛を感じてほしい――そう英二は願わずにいられなかった。
「そうだな、釣れたら燻製にでもするか。食糧の足しになるぞ」
おちゃらけて言うアッシュが可愛くしく思えた。見守るように優しくほほ笑む英二を見たアッシュは、スルっと木から降りた。そのしなやかな様子に思わず見とれてしまった。
「すごい……」
(本当に猫みたいだな…)
感心しながら英二が見ていると、下からアッシュが叫ぶ。
「……英二、川へ下見しに行くぞ!さっさと降りろよ!」
「えぇ――せっかく登ったばっかりなのにもう降りるのかよ」
アッシュは一方的に言った後、すたすたと歩きだした。
「待ってよ!ったく!」
ブツブツ文句を言いながら、英二も木から降りる。アッシュのようにスルスルと降りることができずに、膝をすりむきあちこち身体をぶつけながら慎重に地上に降りた。
「やっと来たか……英二、川に行くぞ!」
アッシュが草原を走りながら手を振りかざして英二を誘う 。
「もちろん!アッシュ、今度は泳ぎで勝負だ!」
英二もアッシュを追い、腕を振って走りだした。川に向かって子供のように二人は走っていく。
「――飛び込むぞ!」
「――おうっ!……あ、自転車置いたままだよ!」
「そんなもん後で取りに来ればいいさ!」
「そうだね、よーし 行くぞっ!」
二人は走っていき、草原の中に消えていった。しばらくして、服を着たまま泳ぐ二人のはしゃぎ声が響いてきた。
1985年 ケープコッド―― 彼らが男の子でいられた最後の夏は、明るい笑い声と共に過ぎていった。
<完>
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ANGEL EYES最後の漫画の最後は「1985年 Cape cod. 僕らが男の子でいられた最後の夏」という言葉で終わっています(←わたくし、勘違いして「彼らが少年で~」と書いてました。大変失礼しました)。
二度と戻ってこない貴重なこの思い出は、彼らにとってはガキんちょでいられた明るく楽しいものであったにちがいありません。その想いをこめて少し明るい表現で終わらせていただきました♪
お読み下さり、ありがとうございました。よければご意見きかせてくださいね
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