二人は荷物を車に運び込んでいた。
「お前、密かにトレーニングしていたんだな」
「うっ、どうしてバレたの?」
「そりゃそうさ、あれだけ筋トレしていたら。それに図書館の窓から、お前が広場で猛ダッシュしているのを見た」
「え――見られてたのか、恥ずかしいな」
笑いながら英二は頭を掻いた。
「ははは……でもよかったよ、もう一度ジャンプが見れて。動画を撮影しておけばよかった」
「何言ってんだよ」
「お前、カッコよかったぞ」
その言葉に英二は照れて赤くなった。
「君にそう誉められると嬉しいね」
「もう一度……棒高跳びの選手として復活しないのか? お前を支えてくれる人たちの期待に応えなくていいのか?」
英二は驚いてアッシュの顔をまじまじと見つめた。
「……アッシュ、どうしたの?突然そんな事を言うだなんて」
「偶然見てしまったんだ。お前と伊部がこの間 話しているところを……」
「僕と伊部さんが?」
英二には思い当たる節があった。先週、伊部はアパートへやってきた。英二は、棒高跳びの道具をそろえられないかと伊部に相談していた。伊部には事情を説明していたのだが、この機会にもう一度大学へ戻るべきだと彼は考えたようだ。
一度日本に戻って大学や実家へ顔を出した方がいいのではないか、そしてもう一度棒高跳びの練習を再開した方がいいのではないかと伊部が英二を説得していたのだ。
日本語での会話はアッシュには分からなかったが、伊部が手紙を手にして英二に見せていたこと、スポーツ関連の雑誌を見せながら説明していた。その時は理解できなかったが 記憶を取り戻した今、伊部は英二を説得していたと簡単に推測できた。
「伊部さんとマックスがアパートへ来た時のことだよね? 君、伊部さんに何か言われたの?」
「いや、直接言われたわけじゃない」
二人を見ていたアッシュが伊部と目があった。その時、伊部はふっと笑ってごまかした。
「君は優しいから……僕を気づかって言ってくれたの? 」
「俺はお前の未来を壊すわけにはいかない」
「君が僕の未来を壊す? そんなことあるわけないよ。君が悩む事じゃない、ここに残ると決めたのは僕の意志だよ。 皆――僕の為に色々と心配してくれて本当に嬉しいよ。でも、棒高跳びだけが僕の進む道じゃないんだよ」
アッシュは眉間に皺を寄せて聞いてきた。
「お前、今まで必死に練習してきただろう? 今回のジャンプも相当練習したはずだ。それらを無駄にしてもいいのか?」
「無駄だなんて思ってないよ。現に君とスキップを助ける為に役に立ったじゃないか――ってそんな偉そうに言えないか、君には何倍も助けてもらってるからね――ははは……」
英二はそう言って、明るくカラカラと笑った。
「英二……」
棒高跳びや日本の大学のことはよく分からないが、自分と英二が一緒にいることで彼の運命を変えてしまうのではないかとアッシュは不安だった。
「アメリカに来て、君と出会って、僕は本当に良かったと思うんだ。自分がいかに狭い世界でぬくぬくと暮らしていたか身をもって知れたし、もっとたくましくなりたいと思うようになったよ」
「それは生まれた環境が違うから仕方ないことだ。育ってきた世界も全然違うし――お前のせいじゃない。お前は強いよ」
「そうかな? 僕、何もできないよ。足手まといだし」
「そんなわけない、俺の役に立っている――」
「本当に? 僕、君の役に立ってるんだ――」
嬉しそうに笑う英二にアッシュはもっと伝えたいことが山ほどあった。心から感謝していることも、彼を本当に大事にしていることも……。
(当たり前じゃないか……)
「あぁ、けどお前は俺のところにいてはいけな……」
アッシュは途中まで言いかけてた言葉を飲みこんだ。英二が彼の手を握りしめたからだ。
「大丈夫? 」
「……え?」
心にもない事を言おうとして、アッシュの手は震えていた。そのことに気づいた英二はアッシュの手をそっと握り締め、彼の眼を見つめて静かに言った。
「あまり無理するなよ。君は色々と我慢しすぎなのさ……思った事を僕に言ってくれるのは嬉しいけどね」
「……」
「――それで、何を言おうとしたの……?」
温かい言葉と体温、その眼差しはアッシュにとって最大の攻撃だ。今まで戦ってきたどんな相手よりも強敵だった。ジレンマに陥っていたが、アッシュはあることを決意した。
(――無理だ)
「英二……」
「なんだい?」
英二はアッシュの顔をのぞきこんだ。彼はまるで子供が親に甘えるような、縋るような表情になっていた。
(手放すことなんてできない、俺のエゴだとしても……)
無意識のうちに勝手に話し出していた。
「ここに――」
「――?」
「ここにいてくれ……お前を絶対に守ると誓う。俺の傍にいてほしい……」
「アッシュ――」
英二はようやくアッシュの本心を聞けた気がした。
「――英二、構わないか……?」
アッシュが確認するように聞いてくるのが、少し痛々しく感じられた。
「何を言ってるのさ、当たり前じゃないか。くだらないこと言うなよな――僕、怒るよ!」
アッシュが気をつかわずにすむよう、英二はわざとぶっきらぼうに答えた。
「――」
その言葉に 今度はアッシュが驚いて固まっている。
「あぁ、本当だな……すまない」
「これに懲りて、もう記憶が消えたなんて言わないでくれよ」
「そうだな」
アッシュは笑っているが、まだいつもより少し表情が固い。
(うーん、まだ固いな……)
英二はわざとおどけて言ってみた。
「今だから言うけど、僕が跳んだ時……君、すっごく妙な声をだしていたよね。跳んだ後も、「大丈夫」って言ったのに息を切らして走ってきたし、君、何だかんだ言って 僕の事をすっごく心配してくれたんだなぁって……」
「――なっ!」
その言葉に、珍しくアッシュが照れている。英二は更に調子に乗って言う。
「もっとふだんから素直になればいいのに――あれれ、顔が赤いよ? 図星かぁ……」
これ以上は聞いていられないと、アッシュが慌てて否定してきた。
「ちがうっ! ! お前が恥ずかしくなることを言うからじゃないか! 俺はそんなこと思っていない」
「またまたぁ、照れるなよ……」
(よし、作戦成功だ!)
言い返してきたアッシュを見て内心ほっとする。しおらしいアッシュよりも、少々わがままで憎たらしい方が彼らしいと英二は思った。
「何だと――変なことを言いやがって! 悪ガキにはおしおきだ!」
突然アッシュが英二の両頬をつねった。
「ぬぁに、するぅんだよ!」
英二もアッシュの両頬をつねりかえした。
「うぬぬぬ――!! 」
お互いの間抜けな顔を見て、思わず二人は手を離して笑いだした。
「あははは! なんだよ、その変な顔は」
「はははは――君の方こそ間抜けな顔だよ!」
「あー笑ったら腹へったな、何か食いに行くか」
「そうだね。ラーメン食べに行こうよ」
「じゃぁ 『どさんこラーメン』に行くか」
「うん、行く!」
大量の荷物を車に運び、二人はすっかり疲れ切っていたが、お互いの心は幸福感でいっぱいだった。喧嘩をしたり傷つけあったりしながら 二人はまた新しい想い出を積み重ねていくだろう。
「今日は頑張ったし、大盛りラーメンにしようっと」
「お前、大食いだなぁ――体は小さいのに……」
「何だって――アッシュ!」
二人の乗った車は賑やかな街の中に消えていった。
<完>
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お読み頂きありがとうございました! 英二を想うあまりにアッシュは自分の気持ちを抑えて遠ざけようとしましたが、最後は彼と一緒にいることを選びました……♪ どうぞ、ご感想などいただけたら嬉しいです。
最終話ですが、次回はちょっとした「おまけ」をUPしたいと思います。そちらは ほのぼのしていますよ~お楽しみに…^^。
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らぶばな・スペシャルボックスのご紹介♪ 最後の商品です…
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アッシュのエコバックです。
妄想商品の企画、なかなか楽しかったです(笑)
おつきあい頂き、ありがとうございました。
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私は今日から香港に旅だちます~28日に戻る予定です♪
すでに28日までのブログ記事はUPしていますので、どうぞこれまで通りお楽しみくださいませ(^^)
相棒がノートPCを持って行くので、チャンスがあればブログチェックするつもりです。
香港にいる間、コメント・メール・アンケート企画の御礼小説返信が滞るかもしれません。
帰国したらすぐに対応しますので、どうぞいつもと同じように拍手やメッセ・メールを送ってくださると嬉しいです!
それでは行ってきます!