アッシュがアパートに戻ると、大きな段ボール箱――日本から届いた郵送物――がリビングの中央に置いてあった。
「――英二、実家から何か届いたのか?」
「うん……まぁ……そうだけど」
英二は困ったような表情でチラッと郵送物の入った段ボール箱を見てため息をついた。
「ふ――っ」
「なんだよ? お前、嬉しくないのか? 」
「いやぁ……そう……だね」
何とも歯切れの悪い返事にアッシュは疑問を感じる。時々日本から荷物が届くが、英二は嬉しそうに荷物を広げてアッシュに見せてくれていた。しかし今回は様子が違った。
(いったい何が届いたんだ?)
英二をこんな風に戸惑わせる荷物について、アッシュは興味をもった。
「なぁ……英二、荷物を見ても大丈夫か?」
「あぁ構わないよ」
英二の承諾を得たので段ボール箱を確認すると、可愛くラッピングされた赤やピンクのギフトボックスが大量に入っていた。
「なんだこれ? お前のバースデーなのか?」
「ちがうよ……これはバレンタイン・チョコだよ。母さん達、わざわざアメリカにまで送ってこなくていいのに……」
少し不貞腐れて英二は答えた。
「それにしてもすごい量だな……お前、人気者なんだなぁ」
アッシュはニヤニヤ笑う。
「そんな事ないさ。大学と地元の同級生の女の子達が、渡米している僕の事を心配しくれて送ってきてくれたんだよ。君がもし日本にきたらもっとすごい事になってると思うよ……」
英二は謙遜するが、毎年彼の元には大量のバレンタイン・チョコが届けられていた。出雲の実家では 『英二のバレンタイン行事』 と呼ばれていて、届いたチョコレートは母親と妹の英莉(えり)が食べ、彼女たちの協力でホワイトデーのお返しのお菓子やメッセージカードを毎年買って送付してもらっているのだ。
「ありがたく受け取っておけばいいじゃないか。食べきれないならコングにでもやればどうだ? きっと2日で無くなるぞ」
「コングならすぐに食べちゃいそうだね。――あぁ、憂鬱だなぁ……気持ちは嬉しいけど、お返しをしないといけないから大変なんだ。メッセージカードを添えてくれた子には返事を書かないといけないし……」
そう言ってため息をつく英二を見て、いかにも彼らしい優しさと心遣いを感じ、アッシュは微笑んだ。
「お前、マジメだなぁ……気の無い奴には放っておけばいいんじゃないのか?」
「そんな訳にはいかないよ。手づくりでチョコレートを作るって大変なんだよ? ラッピングも綺麗に時間とお金をかけてしているし、きっと大変だよ。だからきちんと御礼を書いてプレゼントを用意しないと……」
「お前らしいな――食べ過ぎて太らないようにしろよ」
「うーん、一口だけ食べて、後はコングや皆に分けて食べてもらうよ」
「なんだ、やっぱり分けるんじゃないか」
「あははは……。今年はNYでチョコレートのお返しを買わないといけないから、気が重いや……」
時間をとられることに気がめいったのだろう。英二はもう一度ため息をついた。
「それ、本気か? 日本で妹たちに買ってもらえばいいだろう? 手紙も書いてもらえばいいじゃないか」
「NYで暮らしているのに、日本のデパートで買ったお返しを送るわけにいかないよ……。手紙も本当は書いてもらいたいけど筆跡でバレるからな……」
「ふぅん……大変なんだな」
日本人が律儀なのか英二が特別律儀なのかは分からないが、自分にはできそうもないなとアッシュは思う。
「毎年、気が重いんだよ。アッシュ、後でお返しを買うから一緒についてきてくれよな」
「――げっ、それ本気か?」
「ふふっ……たのんだぞ。そういえば 妹の英莉からアッシュにチョコレートが届いていたよ。それに母さんからも」
「俺にか?」
アッシュは驚いた。まさか英二の家族からチョコレートをもらうだなんて思いもよらなかった。
「そうだよ。英莉は手づくりチョコを作ったみたいだぜ。君、甘いものはそんなに食べないだろうけど、これは一口食べてやってくれよ」
そう言って英二はチョコレートの入ったカラフルな箱を二つアッシュに渡した。彼は箱を開けてみた。
板チョコを溶かして型に入れた固めたチョコの上に、カラフルなペンチョコとアラザンでデコレーションをした可愛らしいチョコが数個入っていた。
「英莉の奴、チョコを溶かして固めただけじゃないか……」
「あははは……でも可愛いじゃないか」
嬉しそうに笑ってアッシュはチョコレートを口に入れた。女の子からプレゼントをもらう機会なんてしょっちゅうアッシュにはあるのだが、英二の妹からのチョコレートだと思うと自然と笑みがこぼれてしまう。
「せっかくだから、お前も英莉のチョコを食ってやれよ」
そう言ってアッシュはチョコレートをつまみ、英二の口に押し込んだ。突然チョコレートを口の中に押し込まれて英二は驚きつつも、ゆっくり咀嚼した。
「……ん――意外とうまいな……」
「ほらみろ」
「日本のお菓子メーカーのチョコが美味いんだよ。僕、日本のチョコを食べたのは久しぶりだし……」
「またまたぁ」
アッシュは英二の母親からのチョコを開けた。上品な金色の箱に入った既製品のチョコレートで、ほのかにコーヒーの香りがする。香りにつられてチョコをひとつ口に入れるとほろ苦いコーヒーの香りとチョコレートの甘みが口に広がる。この組み合わせは絶妙だった。
「うん……これも美味いな――。英二、コーヒーが飲みたいよ」
「はいはい、入れてくるよ――」
英二はキッチンへ向かった。
(それにしても……いくつチョコレート入っているんだ?)
アッシュは段ボールの中身を確認した。未開封のチョコレートの箱がまだまだ入っている。目の前にあるギフト箱を手に取ると、メッセージ・カードがはらりと床に落ちた。
床に落ちたメッセージ・カードをアッシュは拾った。
一緒に添えられたカードは、日本語で書かれているのでアッシュには分からない。だが丁寧に書かれた字や手書きのイラストなどを見ていると、皆が英二のことを大事に想う気持ちは伝わってくる。
(英二……本当に皆に好かれているんだな――)
共に暮らす親友を誇らしく思うと同時に、皆に好かれている英二と暮らせるありがたさを感じた。
「アッシュ――お待たせ」
英二がトレーにホットコーヒーの入ったマグカップをのせて戻ってきた。
「なぁ……お前、これ全部返事だすのかよ?」
「うん、そのつもりだけど……。そうだ、英莉と母さんもアッシュにメッセージカードを添えていたはずだよ」
「そうなのか……えーっと、これか」
アッシュはカードを手に取った。英語が得意な英莉が母親からのメッセージを英文にしてくれていた。英二の母親にはアッシュを高校生の「クリス」だと伝えている。
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クリスさんへ
英二がいつもお世話になっております。
あの子はいつもあなたの事を嬉しそうに話してくれますよ。
あなたやニューヨークが好きでたまらないようです。
どうぞこれからもあの子と仲良くしてやってください。
よろしくお願いします。
ぜひ日本にも遊びに来て下さいね。
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英二は実家に電話をする時、自分のことをよく話していたのだろうか? そして “あなたやNYが好きでたまらない” という文字を読み、胸が熱くなった。なぜだか分からないが、涙が出そうになった。
そして英莉もアッシュ宛てに短いメッセージを書いていた。
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クリスへ
お兄ちゃんと仲良くしている? ラブラブかな?
浮気しちゃだめだよ――。
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アッシュはメッセージを読み、思わず笑ってしまった。
「エリ、何を勘違いしているんだか……」
***
数週間後――出雲に住む英二の家族の元に荷物が届いた。
「お母さん――お兄ちゃんから荷物が届いたよ」
「まぁ――すごい荷物ね。あの子ったら本当に律儀なんだから。英莉、荷物出すのを手伝って」
「はぁ――」
少し面倒臭そうに英莉は返事をする。人気者の兄がいるせいで、これらの荷物をすべて郵送しなければならない。
(今年はお返しの品を買わずにすんだからまだマシか……)
「あっ―― クリスから私とお母さん宛てにお菓子とメッセージカードが入っているわ! 」
「あらそうなの? 英莉、日本語に訳してちょうだい――」
母親は嬉しそうに娘にお願いする。
「えぇと……」
英莉はメッセージカードを訳しはじめた。
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英二のお母さまへ
美味しいチョコレートをありがとうございました。
英二はいつも明るくて優しくて、僕や周りの友人達を笑顔に
してくれます。僕も英二のことが大好きです。
彼は親友であり、家族のような存在です。
いつか英二と一緒に日本へ行きたいと思います。
その時はよろしくお願いします。
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メッセージを聞いて、母親は嬉しそうに微笑む。
「……クリスには、いつか出雲に来てほしいわ。彼……とてもハンサムなんでしょう?」
「そうね、きっとお母さん驚くわ」
「あなたには何て書いてあるの?」
「内緒よ。自分の部屋で読むわ」
「ふふふ……分かったわ」
何か勘違いしている母親をそのままにして 英莉は部屋に戻り、ワクワクしながらカードを読んだ。
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エリへ
手づくりのチョコレートをありがとう。美味かったよ。
浮気はありえないから安心しろよ
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「クリスったら……冗談なのか、本気で言ってるのかどっちなのよ。お母さんの前で読まなくて良かったわ。――でもまぁ 二人とも仲良く暮らしているってことだよね」
そして英莉はお返しのお菓子の入ったラッピングを開けた。
「私の好きなガレットとチョコフィナンシェだわ! きっとこれはお兄ちゃんが助言したのね。仕方ないなぁ、大好物のお菓子と、クリスからメッセージももらったし……来年もお兄ちゃんの 『バレンタイン行事』 を手伝ってやるか!」
英莉はNYにいる大事な二人の幸せを願いながら、お菓子を一口食べた。
<完>
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