翌日、アッシュと英二は指定されたホテルに到着した。
「お前、大丈夫か?」
アッシュは英二を気遣う。
「うん大丈夫!まかせてよ」
***
「 『クラブ・コッド』 のケータリングサービスです。ご注文のものをお持ちしました――」
男はチェーンを掛けたままドアを少しあけて「商品」を確認する。
目の前には一人の少年――英二が立っていた。
(ほう――、若いな……。十四~十五歳くらいか? もう少し幼く見えるな……)
英二は俯いていた。
「君、こちらを見なさい……」
「はい――」
凛とした声で返事をし、英二はまっすぐ男を見た。 彼の漆黒の瞳は大きく澄んでいて、睫毛は長い。健康的でしっとりとした肌だ。男には、英二がまるで穢れなど知らない子供のように見えた。
この部屋にくる少年は皆スーツを着用していたが、彼は黒のセーターを着ていた。艶やかな黒髪と合っていて、エキゾチックで怪しげな雰囲気が漂っている。
先週、この部屋に来たブロンドの少年が「とっておき」と言った通り、男にとっては 「最高の商品」 だった。
(――私のタイプだ、大当たりだ……)
思わず男はニヤッと笑った。
「最高の商品が届いたようだな……」
(よし、英二……もうひとふんばりだ。頑張れ――)
アッシュはドアの陰に隠れて様子をうかがっていた。男の心をつかんだ英二は、特訓の成果をみせる。
「誉めていただき、ありがとうございます。では御礼に……」
英二は怪しくほほ笑み、突然セーターの裾を持ち上げて口にくわえた。
「何だ――?」
突然の謎の行動に男は驚いた。
英二は運動で鍛えた、無駄な肉のない美しい象牙色の上半身を男に見せつけた。
「おぉ……」
(――何て綺麗な身体なんだ!)
男は思わず英二の体に見入ってしまった。
「――お気に召していただけましたか?」
英二は官能的な表情で男の眼を見つめる。誘われた男は思わずツバを飲みこんだ。
(たまらない――。今すぐ欲しい――)
「君、入りなさい――。早くっ! 」
すっかりその気になった男は急いでチェーンをはずし、英二の手をひっぱって真っ直ぐ部屋の奥へと連れ込もうとした。興奮しすぎたその男は、ドアが閉まる寸前にアッシュが部屋に入りこんだことにも気が付かない。
「うわっ……と」
男の力は思ったより強くて、英二はベッドの上に放り投げられた。男は荒々しく自分のシャツを脱ぎ、ベッドに近づいてくる。
誘う特訓はしていたが、部屋に侵入した後の対策は全くしていなかったことに気づき、英二は動揺した。
(わぁ――こっちへ来るな!)
冷や汗を流しながら、英二は男を見た。男はニヤニヤと いやらしく笑いながら英二の元にやってきた。
「さぁ、楽しませてもらうよ――。着ているものを脱ぎなさい。いや―私が脱がしてあげよう……」
「や、やめて……ください……」
怖がる英二を見て、男が笑いだした。
「何を言っているんだ? あんなに私を誘惑しておいて……。それとも、これは演技なのか?」
「ち、ちがいます……」
英二は否定するが、男はすっかり興奮してハァハァと息づかいが荒くなっている。
「可愛い顔して――相手をその気にさせるのが上手いじゃないか。お前……今まで何人に体を売ってきたんだ? お前の本性を見せろよ? 」
下品な言葉を言いながら男は服を脱ぎだした。男の下半身を見て、英二の顔が思わず歪んだ。
「僕は……そんなことしない――」
恐ろしくて英二は動けなかった。
「――嘘をつけっ!」
男は大声で怒鳴りつけた。驚いた英二は思わずビクッとする。男はロープを手にしていた。
「ベッドに縛り付けて、お前を めちゃくちゃにしてやる――! もうやめてくれと言うまで、泣きわめかしてやる!」
英二の体に触れようとしたその時、男のこめかみに銃が当てられた。振り向くとアッシュが男に銃口を向けていた。
「残念だったな――さぁ、『秘密』を吐いてもらうぜ……」
「お前は――先週の……」
「最高の商品を用意しただろう? 本当はお前みたいな下種野郎は、こいつを見る価値なんてねぇんだ!――さぁ、たっぷりと 『ご褒美』 をもらおうじゃないか……」
そう言うアッシュは、ゾッとするほど恐ろしい顔だった。
***
アッシュは男から情報を聞きだし、椅子に男をロープで縛りつけて部屋を出て、二人はようやくアパートに戻って来た。
「ふぅ――疲れたね」
「あぁ……怖い想いをさせてしまって悪かったな。ありがとう、英二」
そう言って優しく英二の頭をなでた。
「へへっ、役に立てたのなら――良かった」
「本当に助かったよ……」
英二をオトリに使う事をずっと悩んでいたアッシュはホッと胸をなでおろす。
「お前に何か礼をしなきゃいけないな……何がいい?」
「うーん……じゃぁ、僕にキスしてくれよ」
「――はっ? 」
(英二……、本気じゃないよな? 冗談か? )
「ずっと僕がキスをする役ばっかりだったから、キスされる役も体験してみたいと思ってね。叱られてばかりだったから、先生のお手本を見せてほしいと思って……」
英二がおどけて言う。ずっとキスの練習でアッシュの厳しいレクチャーを受けていたので、逆の立場を味わいたかったのだ。
(もちろん冗談だけどね……さんざん恥ずかしい想いをしたんだから、これぐらい言ってもいいだろう?)
英二には、アッシュが本気でキスをするとは思わなかった。
「……わかった」
そう言ってアッシュが突然英二に近寄き、腰に手をあてて抱き寄せた。そして英二の瞳を見つめてきた。
「――えっ?」
驚いた英二は視線をそらしたが、アッシュは強引に英二の顎をつかんでふりむかせた。
「なんだよ――?」
英二は思わず視線を合わせしまった。そしてアッシュの瞳を見て身動きが取れなくなった。
(――あっ……)
切なくて何かを伝えようとしている視線――美しい翡翠色の瞳が英二を甘く誘っていた。
見てはいけない、近づいてはいけない――、でも見たい、近づきたい――。相反する二つの気持ちに今度は英二が戸惑ってしまう。
「アッシュ……」
(何か僕に伝えたいのかな……? 何か言いたそうだよ――。僕はそれを……知りたい……)
アッシュの唇が近づいてきた。目の前にはアッシュの綺麗な唇が見えた。キスまであと数センチの距離――、二人はお互いの瞳を見つめ続ける。
子分はついさっき外出した――誰も邪魔するものはいない。そのことに英二は気が付いた。
(英二……)
(アッシュ……)
そして更に距離が縮まった時――、
「――うんっ?」
気が付けば 英二は両手で思い切りアッシュの顔を押さえていた。
「――がほっ! 何するんだよお前!」
苦しそうにアッシュが抗議した。
「……だってさ! 」
「お前がキスしろっていうから、しようとしたんだろう?」
「キス寸前でいいんだよ。何だか本当にキスされそうになったから――」
「俺は寸止めするつもりだったぜ。オニイチャンはキスしてほしかったのか?」
「……」
(何――? 僕一人が舞い上がっているみたいじゃないか!)
「あぁ、嫌だ嫌だ……ボク、怖いからオニイチャンに近づかないでおこうっと」
「――ちがーう!! アッシュ――!!!」
英二は怒ってアッシュを追いかけまわし、アッシュは笑いながら逃げ回った。
「――もう! 何やってんだ、僕は……」
疲れて思わずしゃがみこんでしまった英二の頬に柔らかい唇が当たった。
(――今のって……)
「今回の報酬――そして御礼のキスだよ。俺、ちょっと出かけてくる――」
英二に背を見せて、アッシュはそう言ってリビングから出て行った。
「……」
頬に手をあてたまま、英二は黙り込んでしまった。
子分たちが部屋にやってくるまで、英二はずっと固まったままらしい――。
<完>
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英二にその気にさせられた外交官の乱れっぷりがおかしくて、創作しながら大笑いしていました。何て悪趣味なのでしょう……。らぶばなは、Sかもしれません(笑)
萌え小説をお読みいただき、また 拍手・コメントも頂戴してとても嬉しかったです! 萌え小説の時、ものすごくアクセスが上がるんです(笑)。皆さま、ありがとうございました!
次、どうしようかな~? また企画もしたいし、おしゃべりもしたいなぁ……。 応援いただけたら嬉しいです~。
それから、BANANAFISH同盟の芹さまと相互リンクしていただき、名簿にBANANAFISH DREAMを登録して頂きました。やったぁ!私も同盟の一員です(^^)。 >> バナナフィッシュ同盟
「このセリフが好き!」という欄があるのですが、らぶばなの好きなセリフ も載せて頂きました。
バナナフィッシュを愛する人なら同盟になれるようなので、ぜひ皆さまもご覧くださいね。