59丁目のアパートメントにて――正午過ぎ、アッシュは “エイジ” にたたき起こされた。今朝はこれでもう5回目だ。
「アッシュ! いい加減起きてよ――もうっ! 」
「……」
(そろそろ起きないとヤバイぞ。英二が本気で怒りだすな……それにしても何て甲高い声だしてんだよ、あいつ……)
アッシュは瞼をこすり、「うーん、分かった……」と言ったが 全く動こうとせず、気持ちよさそうに寝息をたて始めた。
その姿をみたエイジが勢いよくアッシュのシーツをはがそうとした。
「もう、はがしちゃうからね! 」
アッシュは目を半分開けたものの、まだ視界はハッキリ見えていない。だが、何度も自分を起こしに来るエイジをからかってやろうと、いたずら心をおこした。
「――乱暴なことするなよ……そんな奴にはこうしてやる! 」
そう言って、思い切りエイジの両腕をひっぱり、自分の胸に引き寄せた。
「うわっ!」
エイジは軽々とアッシュに抱きしめられた。アッシュは更に腕に力をいれて言った。
「俺を起こすときは優しくしてくれ――」
「……」
エイジは驚いてアッシュの腕の中で固まっていた。上半身裸で寝ていたアッシュは抱きしめたエイジの体がいつもより小さいことに気がついた。
(あれ、こんなに小さかったっけ? それに何だか英二の体、異様に柔らかくて気持ちいいな。こんな体してたっけ? )
アッシュは違和感を感じ始めた。
(それに……まるで女の胸みたいな感触がするけど……?)
「……」
エイジは何も言わず、アッシュのされるがままになっている。アッシュは恐る恐る目を開けた……英二だと思って抱き寄せた人物は「女性」だった。
「うわっ!! 何だ? 誰だ? 」
彼は慌ててその女性を引き離し、ベッドから立ち上がった。
(俺はなぜ女と一緒にいるんだ――? 英二はどこだ? まさかこんなところをあいつに見られていないだろうな? )
「誰だって何よ――。 私、エイジじゃないの。寝ぼけないでよね」
呆れたようにその女性は立ちあがり、アッシュを見上げて言う。
「英二? そんな……何を言っている……」
アッシュは女性をよく見た。艶っぽい黒髪を伸ばし、黒い大きな瞳に白い肌が印象的だ。童顔でとても可愛い顔をしている。小柄な体形で腕と足には筋肉が適度についているが、足首は引き締まっている。タンクトップとホットパンツがよく似合う、健康的で可愛い美少女だった。
(確かに英二を女性にしたら、こういう顔だろうな…… )
そんな事を想像しながらアッシュはまじまじと見つめる。
「あまり見ないでよね、恥ずかしいじゃないの」
エイジは顔を赤らめた。すぐ真っ赤になって照れるところも英二にそっくりだ。
「なぁ……お前の名前は?」
「エイジ・オクムラ」
「お前の出身地は? 」
「出雲。ギズモじゃないわよ」
「お前の得意な陸上競技は?」
「棒高跳び」
「お前をアメリカに連れてきたカメラマンの名前は?」
「伊部さん」
「俺の嫌いな食べ物は?」
「納豆」
「もういいかなぁ? シーツ洗いたいんだけど」
「あぁ……」
(ワケわからないぞ……)
エイジはアッシュのシーツを奪って脱衣所に向かった。アッシュは英二が女性になったことが信じられなかった。昨日まで “エイジ” は男だった。
(悪い夢を見ているとしか思えない)
アッシュは少しためらったが、エイジのクローゼットを開けてみた。すると、女性物の洋服がズラリと並んでいた。
(そんなバカな……)
「アッシュ――コーヒーが入ったからキッチンにおいでよ」
エイジがリビングから声をかける。
「あぁ……わかった」
とりあえず返事して、更にエイジの洋服棚を開けてみる。するとそこには色とりどりの女性物下着が入っていた。
「……」
アッシュは無言で棚を閉じた。
(たった一晩で洋服や下着も女モノに変わっている……)
混乱したままキッチンに入ると、コーヒーの香ばしいかおりが漂っていた。アッシュは椅子に座った。
「はい、どうぞ」
エプロンを付けたエイジがアッシュの真横に来て、テーブルの上にコーヒーの入ったカップとソーサを置いた。男の英二はコーヒーをマグカップにいれてくれたが、女のエイジはカップとソーサーだ。その違いを不思議に思ったその時、前かがみになったエイジの着ているタンクトップから 胸の谷間が見えて、アッシュは顔が赤くなった。
「どうしたの? 」
エイジが不思議そうに聞く。
「いや、何でもないよ……」
動揺をごまかすために、勢いよくコーヒーを飲んだが、器官にはいってアッシュはむせてしまった。
「ごほっ、ごほっ…!! 」
「アッシュ! 大丈夫なの? 」
エイジはアッシュの背中を優しくなでる。柔らかいエイジの指の感触が背中から伝わり、アッシュは何だか落ち着かない。
(どうも女だと調子が狂うな……)
「ヘンなの……まだ寝ぼけているのかな? 」
エイジもテーブルに座り、両肘をついてアッシュの顔をじっと見つめてくる。大きな黒い瞳に見つめられるとアッシュは戸惑ってしまう。
「何? 」
「ううん。平和でいいな――って思ってね」
エイジはにっこりと笑う。その可愛い笑顔を見てアッシュはドキッとした。
(何だ、この可愛らしさは? 男の英二とは違う……もっと意識してしまう……)
その時、玄関のチャイムが鳴る。
「誰かしら? あ、コングとボーンズかしら?来るって言ってたわね 」
エイジが玄関に向かおうとしたが、アッシュは腕をつかんで引き留めた。その表情は真剣だ。
「な……何?」
おびえたようにエイジがアッシュを見た。
「いいから俺が出る……お前、着替えろよ」
「着替えるって?」
「ほら、今 着ているタンクトップやホットパンツじゃなくて……もっと丈の長い長袖シャツとかジーンズとか……露出度の低いものにしろよ」
「どうして? 」
「あいつらがお前に妙な気をおこすといけないからだ」
「変な事を言わないでよ! 仲間じゃないの!」
「仲間でも、駄目なものは駄目だ」
アッシュはハッキリと言い切った。
「アッシュ?」
理由がわからずエイジは戸惑う。
「ほら、早く行けよ」
有無を言わさずエイジを寝室に連れて行って扉を閉めた。そしてアッシュは玄関に向かった。
「Hi、ボス!」
「よぉ、お前達。まぁ入れよ」
アッシュは二人をリビングに招き入れた。そこに長袖のパーカーとジーンズに着替えたエイジがやって来た。
「よぉエイジ! 相変わらずイケてんな! 」
「本当だぜ、キュートだ!」
女のエイジを見ても動揺せずに、むしろ鼻の下を伸ばすコングとボーンズをアッシュが思い切り鋭い眼光で睨みつけた。
「あ……あの、私、飲み物入れてくるね」
慌ててエイジはキッチンに向かった。エイジがいなくなってから、アッシュは子分に気になっていたことを小声で聞いた。
「なぁ、英二の奴、何て言うか……女っぽくなったと思わないか? あいつは『男』だろ?」
「ボス、何を言っているんだい? エイジは元々女じゃないか。今日は男っぽい格好をしているけど――ほら、これ見ろよ」
ボーンズはそう言って、先週伊部が撮影した仲間達との写真を見せた。写真中央にはアッシュと英二が写っていたが――アッシュとワンピース姿のエイジだった。
「……」
(そんなバカな――この写真を現像した時、確かに英二は男だったぞ)
「それよりボス……あんな可愛い子と『同棲』していて羨ましいよ」
「同棲? 何言ってるんだよ」
「だって男女が一緒に暮らしているんだぜ。寝室も一緒だろ? それを同棲と言わずに何と言うんだよ」
「俺達、二人の関係のことはよく分からないけど 応援しているから、がんばってくれよ!」
「――!!!」
子分たちからエールをおくられたアッシュは何も言えずに固まってしまった。
おはようございます。皆さま、お盆はゆっくりと休めましたか?らぶばなのお盆休み(夏休み)は終わり、今日からお仕事です。気合いを入れるべく、連載をはじめます!
今回は英二が女の子だったらという仮定で創作しました。楽しんでいただけたら幸いです。ぜひ読者様のご意見を聞かせていただけたら嬉しいです。(きっとアッシュはこういう反応をするはず……とか(笑))
そして昨日、アッシュお誕生日月キャンペーンにご応募頂いた皆さまに御礼の創作小説を送りました(^^)。
思い当たる方はご確認ください。届いていない方はお手数ですがメールフォームよりお知らせ下さい。
メッセージ・リクエストは、記事の右下(なうで紹介・mixi チェック・ツイートする 各ボタンの下)に 「コメント」があるのでそこから 又は 拍手ボタンから お気軽にどうぞ。
メールマガジン 配信中
(無料) ⇒ ブログでは語りきれないバナナ魚