親睦ダンス

日本のバレエの草分けである牧阿佐美さんによると、ダンスには、芸術ダンスと商業ダンスがあるそうです。
芸術ダンスの代表はバレエ、商業ダンスは種々のショーダンスです。
どちらも観客に見せて鑑賞してもらうダンスです。

私はこの他に親睦ダンス、というものがあると思います。
世界各地の民族に伝わる、人々の親睦を深めるための踊りです。
盆踊り、フォークダンス、サンバ、アルゼンチンタンゴ・・・社交ダンスもそれに含まれます。
歴史としてはこちらの方が古いでしょう。
言葉を発明する前、人々は踊ることによってコミュニケーションを深めた、という説もあるくらいですから。

芸術ダンスや商業ダンスが、長時間の練習を要するのに対し、親睦ダンスは飛び入りでも踊れます。
音楽に乗って踊り、みんなやパートナーと一体感を感じればそれで目的は達せられます。

最近の社交ダンスを見ていて思うのは、
本来、持っていた親睦のための要素が軽視されて、芸術ダンスや商業ダンスとして見せるためのダンスに傾斜し過ぎていることです。
特にダンススポーツはその傾向が強いです。
その結果、社交ダンスが著しく難しくなっています。
ある程度、パーティで踊れるようになるには、かなりの時間を必要とするようになりました。
当然、お金もかかります。
これでは、一般の人は社交ダンスを敬遠します。

天才ダンサーと呼ばれた、フレッド・アステアの自伝を読んだことがあります。
彼は女性とパートナーを組んで、全米各地を回ってショーダンスを披露しました。
その一座の中にボールルームダンサーもいました。
アステアのカップルもそのボールルームダンサーの踊りを真似てみようと思ったらしいです。
しかし、ボールルームダンスはとても難しく、自分たちが真似しようとしたができなかった、そうです。
踊りの天才が言うくらいだから、本当に難しいのでしょう。

ただし、これは、ショーダンスとしてのボールルームダンスです。
他人の鑑賞に堪えられるような踊りに到達するにはかなりの練習量を必要とします。
男女が完全に一体にならないと美しく見えないからです。

今、日本人の社交ダンスファンは、ショーダンスとしての踊りをマスターしようとしているようです。
ダンス教室もそのような踊りしか教えようとしません。
子供の頃からやっているのならともかく、社会人になってからそんな踊りを目指しても無理な話だと思います。

踊り子になりたい、という強い覚悟で、社交ダンスを習い始める人は多くないはずです。
異性と一緒に楽しく踊りたいな、という願望で始める人がほとんではないでしょうか。
初心者の人も気楽に踊れるような、本来の親睦のためのダンスに戻す必要があると思います。

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音痴

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私の子供の歌う歌を聴いていると、完全に音程がはずれています。
いわゆる音痴です。
私の家系はみんなそうです。
遺伝的に音程を聞き分ける脳の一部分が発達不全なのでしょう。

脳のリズムを聞き分ける部分と、音程を聞き分ける部分は、左右の脳に分かれているそうです。
どっちがどっちだったかは、忘れました。
ダンスの上手な人が必ずしもカラオケも上手だとは限らないのはそのためです。
その逆もいえます。
音楽の才能は、8割が遺伝で決まるそうです。
NHKののど自慢などで、親子二代で参加して、どちらとも鐘が三つ鳴った、なんて話を聞きます。

私の家系は音程を聞き分けるのは苦手ですが、何とかリズムを聞き取ることはできるみたいで、みんな踊るのが好きです。
結婚式などのお祝いの席では必ず、踊りの披露があります。
(先日は私の母が飛び入りで踊りました。)
身内には日本舞踊の名取もいます。
私が社交ダンスをやるのもその流れかもしれません。
(私はリズムをとるのも苦手で、よく音をはずすのですが。)

このままでは、子供も音楽に対して劣等感を持つのは火を見るより明らかなので、踊りでも習わせようかな、と思います。

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感謝祭

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一昨日は、米国の感謝祭だったんですね。
このお祭りは、米国に移住したヨーロッパ人が原住民の親切に感謝するものです。
原住民(インディアンと呼ばれていました。)と白人の心の交流を祝うお祭りですが、
実際の歴史は、白人の冷酷無比を象徴するものだったみたいです。

「アメリカはどれほどひどい国か」という本にこんなことが書いてありました。

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 ピルグリムファーザーズはメイフラワー号でアメリカに着いた後、
 ワンパノアグ族のマサソイト酋長らに命を救われて冬を越し、感謝祭を祝いました。
 ところが、マサソイトの子供の代になると、後を継いだ長男が
 ニュー・プリマスという町に呼び出され、殺されてしまう。
 さらにピルグリムファーザーズは、次男も殺して、その首を自分たちの町に20年間さらし続け、彼の妻や子、
 部族のすべてをカリブの奴隷商人に売っぱらっています。
 以来、アメリカ人はモンゴル系のインディアンを見るなり殺していきます。
 やがて誰もいなくなったので、黒人奴隷を入れることにしました。

 白人の世界侵略に対抗して、けっして奴隷にならなかったのは、
 アメリカのインディアンと日本人だけだ、という歴史解説があります。

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基本的にアングロサクソン民族は、自分たち以外の人間は、人間だと思っていないようです。
米国に黒人の大統領が誕生したことは画期的なことです。


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臥竜(がりゅう)山

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サークルの男性に、登山が好きな人がいて、この秋に、臥竜(がりゅう)山に上る予定だったそうです。

ところが島根の女子大生の殺人事件が起きて、登れなくなりました。
がっかりしています。

どうも遺体の一部は人に食べられた形跡があるそうです。
とんでもない殺人犯です。

ロシアの若者が年金暮らしの母親を殺して、スープとパスタに入れて食べた、というニュースがありました。
「脂肪が多くて、まずかった。」と本人は言っています。
裁判官は「腹が減っていたならしかたない。」と情状酌量したらしいです。

信じられない人が世の中にはいるものです。
裁判官もおかしいです。

ダンスの日

今度の日曜日、11月29日はダンスの日です。
鹿鳴館で落成記念のパーティが開かれたのを記念しています。

先日、テレビで明治時代、鹿鳴館で行われた舞踏会の様子を再現していました。
華麗な衣装に身を包み、優雅なダンスを踊っていました。


鹿鳴館は明治初期、時の外務大臣、井上馨の提唱によって作られました。
そのねらいは、欧米諸国との間に締結されていた不平等条約をなんとかして改正したいということにありました。
日本が欧米諸国並みの先進国になったことを知ってもらい、かつ、外交官を接待して日本に好感をもってもらうことによって、条約改正に応じてもらいたかったようです。
つまり、不平等条約改正のための「環境づくり」という役割が期待されました。
外交交渉と舞踏会は条約改正のための車の両輪であったわけです。
井上馨は鹿鳴館の舞踏会を成功させる鍵は女性にあると考えました。
そこで自分の妻、井上武子にホステスとしての役割を負わせました。
彼女は源氏新田の血を引く群馬県の名家の才女でした。
井上武子はホステスとしての役割を立派に果たしました。
また、会津出身の大山捨松らとともに鹿鳴館でバザーを開き、その収益金を病院に送るなどの社会活動を行いました。
鹿鳴館の舞踏会は明治の才女たちによって支えられたのです。

しかし、鹿鳴館は極端な欧化政策に反対する人々によって明治20年に閉鎖されました。
もし、鹿鳴館が閉鎖されなかったら、日本でのダンスの歴史は変わっていたかもしれませんね。
また、女性に対する社会環境も変わっていた可能性もあります。
ひょっとしたら欧米のようなカップル文化が育っていたかもしれません。


山口県の湯田温泉に、井上馨の銅像があります。
彼の生まれ故郷なのです。
私は昨年ここを訪ねました。
井上馨は、毀誉褒貶の激しい人物ですが、こと社交ダンスに関しては、大きな貢献をした人です。
湯田温泉はお勧めの温泉です。

そうそう、鹿島茂氏の「プロジェクト 鹿鳴館!」という新書は、社交ダンスをやらない人にも勧めます。

ダンディズム

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若いころから服装にはあまりかまいませんでした。
今でも、ジーンズで通勤して、ネクタイはほとんど締めることはありません。
服飾メーカーに勤める従兄弟から「もう少し服装に気を使え。」と言われたこともあります。


前のパートナーが
「年を取ったら服装に気を使いなさい。
 若いうちは、安っぽい服でもごまかしが効くけど年を取るとみすぼらしくなる。」と私に言いました。

最近、見た目にいかにもさえない老人を見る機会が多くなり、やっぱり服装って大事だなあ、と思うようになりました。
(ついでに言うと、姿勢も大切です。)

先日、亡くなった森繁久弥さんは、芸能界随一のダンディだったそうです。
月に2.3回、理容店に行って、髭と髪の手入れをしてもらい、爪も磨いてもらいました。
服の着こなしも決まっていました。

私も少し見習おうかと思います。


ところで、ダンディと言えば、英国紳士を思い浮かべますが、
私たちのイメージと違って、彼らは、下ネタが大好きだそうです。

英国の上流階級では、政治と宗教の話は嫌われます。
立場によって、見解が全く違い、けんかのもとになるからです。
(実際には、政治と宗教の話もするらしいですが。)
というわけで、誰にも害がなく、それなりに興味を引くセックスに関する話題が好まれらしいです。
もっとも彼らの彼らの下ネタは、あくまで想像の産物と罪のない自慢話で、現実の性生活は大したことない、ということです。

森繁さんも下ネタが大好きだったそうですが、英国紳士に通じるところがあります。

口の柔らかい女性

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裁判員制度が始まって、守秘義務についていろいろ問題があるようです。
基本的に裁判員には守秘義務があり、これを守らないと罰則もあるそうです。
でも、参加した裁判に関して、一言も周囲に話さないって難しいと思います。
特に女性にとっては。

チリのワインを普及させる団体の研究によると、
女性は47時間15分しか、秘密を守り通せないことがわかったそうです。
18歳から65歳までの女性3000人を対象にした調査の結果です。

どんなにプライベートなことでも、ボーイフレンド、夫、友達、母親などの
身近な人にしゃべってしまうのです。

なぜ、話してしまうのか、その理由は、「肩の荷が降りるから。」と答えました。
この話を聞いた、テレビタレントの女性も、「黙っていると疲れる。」と言っていました。

今までの私の経験から言うと、自分の女友達の友人を誘うことは絶対にやめた方がいいです。
必ず、女友達の耳に入ります。

趣味のサークルの勧め

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若い頃、東北に転勤しました。
転勤して間もなく、地元の若者たちのサークルに入会しました。
キャンプや登山、スキーなど、いろんなイベントを楽しむ会です。
確か、クリスマス前には社交ダンスの講習もやっていたと思います。
おかげで会社の外での友人を作ることができました。

でも、私の勤務先ではそんなことをする人はすごく珍しかったみたいです。
上司たちは、けげんな顔をしていました。
職場のメンバーで、居酒屋に行った時、そのサークルに属する割に美形の女性が来ていて私に声をかけました。
一緒に来ていていた上司はえらく驚きました。
社外の女性と友人関係にある、ということが信じられなかったようです。


あれから25年が経過しましたが、日本のサラリーマンはまだまだ社外の人とつきあう機会が少ないような気がします。
私の会社では、ほとんどの人が社内の人としかつきあいません。
テニスやソフトボール、サッカーなどのサークルもあるようですが、社内の人限定です。
趣味の世界まで、仕事仲間と一緒なのは、気分転換になるのかな、と疑問です。

私は地域の趣味のサークルに入っています。
(というか主宰しています。)
そういうサラリーマンは、この地域ではまだ少ないようです。
会社で嫌なこと、気を使って疲れることがあってもサークルに参加すれば気分転換になります。

アメリカの政治学者でハーヴァード大学教授のロバート・パットナムによれば、「もし、現在何の集団にも属していないのなら
何かのクラブや団体に参加するだけで、翌年に死亡する危険が半分になる。」そうです。

会社の家の往復だけでは、人生が味気ないと思います。
地域のサークル活動などに参加してはいかがでしょうか。
職場以外の人との人間関係は、自分の世界を広げます。
ネットの上での、友人関係もいいですが、やはり実際に会って話すのはバーチャルの世界とは違います。
定年になっても、そういう人間関係があると、いろんな面で良いと思います。

悩ましいポーズ

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サークルの女性が、スカートを上げて、鏡を見ながら、足の動きを練習していました。

「悩ましい格好ですね。」と声をかけたら、意味が通じました。

たぶん、若い世代なら、「私は何も悩んでいませんけど。」とl答えると思います。

ここ数年、マスコミは「悩ましい」と言う言葉を「悩むべき」という意味で使っています。
たとえば、「チベット問題は日本と中国の外交にとって悩ましい。」という風にです。
最近は、もう「違和感がある。」と指摘する人もいません。

したがって「悩殺する。」とは「悩んだ末に殺す。」という意味になるのでしょう。

若い人にとっては、「悩ましいポーズ」とは、ロダンの「考える人」、みたいな格好のことを言うのでしょうか。

言葉も時代とともに変わるのですね。

勤労感謝とセックスレス

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今日は勤労感謝の日です。

働くことに感謝する日なのかな?


先日、テレビでセックスレスに関する番組を放送していました。

最近は、NHKもこの話題を扱うんですね。


国民一人当たりのセックスの回数が最も多いとされるギリシャ人の夫婦を取り上げていました。

夫は44歳のサラリーマンでした。


彼によると、「何より家庭を優先する。どんなに忙しくても仕事は二の次。」らしいです。

定時になると帰宅し、家族で夕食を取った後、夫婦の時間を持ちます。

スキンシップをしっかり取ることによって、お互いにその気になるそうです。


コンドームをまとめ買いしているシーンが印象的でした。

仕事より家庭優先ですから、ギリシャの経済力は弱いです。
しかし、経済大国に住む日本人よりも幸せな人生を楽しんでいるように見えました。


確かに働いて、お金を稼ぎ、個人も国も経済力をつけることは大切なことです。

働ける場があることに感謝すべきでしょう。
しかし、何事もバランスが大切だと思います。
過労死したり、過労自殺するような働き方は見直す必要があると思います。