広瀬君が霊を恐れる一番の要因は、遭遇する度に襲われる、頭痛、胸の痛み、気分の悪さなどの苦痛の数々。
その度合いは霊の強烈さに比例して酷くなる。
以前から多少なりと「見える」方ではあったのだが、これ程までに頻繁に「見える」ようになってしまったきっかけは、大学を二年程で中退してバイトをしていた頃に交際していた彼女だった。

交際間もない頃のこと、「人の運転する車でドライブするのが好き」という彼女が、高速を利用してのドライブに行きたいと言い出した。
沖縄の離島出身で当時ペーパードライバーだった広瀬君に高速道路を運転した経験は無く、その結果「レンタカーで初めての高速道路」という極めて緊張する状態を強いられる事となった。
そのせいか、何処で何をしてきたのか殆ど印象に残っていないという。

そして帰り道の選択。
他に色々とルートはあったのだろうが、地図上でほぼ一直線に奈良・生駒山系を突っ切って大阪へ入る国道は、道を知らない上に不慣れな運転に疲れ果てていた広瀬君には最良の近道のように思えた。
とにかく早く帰りたい、けれどもう高速はもう使いたくない、その一心だったのである。
そこが途中、「暗峠」という心霊スポットを通るとしても。

4~500年前に開かれた「暗越奈良街道」は、奈良-大阪間を最短距離で結ぶ。
一説には、「平城京と難波京を行き来する隠密が使った」とされる古道であると共に国道でもあるそこは、普通車が一台通れる程の道幅しかなく、街灯も無い。
ポイントによっては一歩間違えば転落してしまいそうな狭所や、文字通り家の軒先を掠めるような所があり、しかも急勾配でスピードが出せない。
広瀬君が暗がり峠に差しかかった頃にはもう夜であった。

ヘッドライトだけを頼りに戦々恐々としながらハンドルを握っていると、頭痛が始まった。
この道を選択した事を彼は激しく後悔した。

(ああ、畜生、出やがった…)

気配と共に、バックミラー越しに白い影が横切った。
顔だ。
一つや二つではない。
血塗れたもの、悲しげなもの、怒り、嗤い。
それら無数の顔が一斉に、広瀬君の乗る車を追って来る。
スピードを出して振り切ってしまいたかった。
だが、車が通る国道としてはもっとも困難な道として知られるそこは、安全に運転する事すら精一杯であった。

追い縋って来る不気味な亡者達。
激しい頭痛と気分の悪さ。
そして急勾配の悪路。
必死に堪えながら何とか峠を越えると、亡者達はそれ以上追っては来なかった。

彼女はと言うと、広瀬君が必死で奮闘している間、助手席で気持ちよさそうに寝息を立てていた。
広瀬君はアパートに戻ると、そのままベッドに倒れこんだ。

彼女はそれ以後も度々広瀬君をドライブに誘った。
仲間と一緒に心霊スポットに連れて行かれる事もしばしばで、その度に広瀬君は嫌な思いをして帰って来るのだが、彼女は全く影響は無かった。
それどころか彼女自身が霊を連れて来る事もあった。
彼女と付き合い始めてからというもの、部屋で、駅で、道端で、何処で何をしていても、霊達が現れる様になった事で限界を感じた広瀬君は、とうとう彼女と別れてしまった。

「霊が一番の原因、という訳では無かったけど、『見る男』と『連れて行く・連れて来る女』とでは相性が悪かったんだろうな」

広瀬君はそう語った。






(原典:超-1/2008見る男、連れ女 」)