2006’春のライヴ・レポート (その一)  | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥

   
   
さて、一時は「最悪なことが起ってしまった!」とも思ったけど、
どうやら書き換えてもらえた のでホッとしている反面、
ちょっとだけ嬉しかった部分も…正直ある。
ここだけを読んでいる人には何を云っているのか判らないと思うけど、
それはそれでいい。
(…あの内容に対しては、次にこのサイトのこのコーナーをどうやって更新すべきか?
少々戸惑ってしまいました)
んで、
今日は素直に正直に、
伊丹哲也のライヴ・レポート。
の前に、
http://ameblo.jp/badlife/entry-10010848884.html  April 01, 2006 23:07:23
このページで「訂正とお詫び」があった。
哲也さんのファースト・アルバムに『ラスト・グッバイ』なんて曲はない。
ラスト・トレインを待ちながら』というタイトルで、
この曲は、 

                                                          
       ♪ 短いタバコ  弾く指先 時計の数字が  またひとつ変わる               
          小さく握る  あの娘の切符  肩をすくめて  闇に待ってるラストトレイン      
            風が変われば  心も変わり  もともと独り  迷い込んだ街           
              出てゆく時も  独りが似合い  責めちゃいないさ  不意の心変わりを   
         愛しちゃいなかった  夢を見ていただけさ                          
           大事にされたこのこと  首輪が嫌な野良犬                      
             よくあることだね  
人生はGOOD-BY                        
                                                          
       ♫ おれの背中に耳を押しあて  「汽笛の音がする」とはしゃいでた             
          あの娘【こ】も俺も  信じちゃいない                           
           線路の傍【はた】に  いいことがあるなんて                      
         愛しちゃいなかった  夢を見ていただけさ                         
            きっと今頃あの娘は  汽笛に耳をふさいで                     
               ベッドで泣いてる  人生はGOOD-BY                     
                                                          
       ♬ どこまで旅しても  虚しさは消えない                            
            それを承知の旅だぜ  別に理由【わけ】などないのさ                
                ひとつになれない  人生はGOOD-BY
                    
                                                          
という歌詞で、                                                  




終日禁煙の全国のJRのホームにすべて喫煙所が設けられてしまった現在、
1980年代初頭に発表されたこの曲は、出だしからして「想い出のうた」のような感もあるけど、
2番といい、サビの3番といい、この“男心の旅”の歌は、
アルバート・ハモンドやホリーズ、ママス&パパスなどといったウエストコースト風なメロディ、
その親しみやすいリズムにより、アメリカ大陸を横断するアムトラックが目に浮かぶ。(…俺にはな)
そしてこの曲の どこか遠くの方には、トム・ウェイツのDowntown Train が聴こえてくる気がする。
ラスト・トレインを待ちながら
云い方はわるいかも知れないけど、甲斐バンドの『Bule Leter』の曲調にどことなく似てる雰囲気の曲。
残念ながら今は、インターネット上で その音楽データを引っ張り込むことはできないので、
曲そのものをこのサイト上で読者のみなさんに紹介することはできない…でも、そういう曲。
   
最近の哲也さん(50代)は、                 訂正! 40代 メラメラ
初期の歌は あまり人前では歌われないようなので、
この曲は、4月2日のLIVEでは演奏されなかったけど、
当日は、この他の楽曲で、かつての『You Are The Rain』 『パークエリアの夜』なども、
“今の伊丹哲也”風に、大人のバラッド調にアレンジされ、
今日までの歩みが凝縮されていた1時間という限られた時間だった。
   
全体的な感想としては (…今はまだ、当日券を余裕で買えてしまう観客動員数はどうあれ)、
舞台が狭すぎる。
ライヴハウスも似合うけど、
その声量といい、熟練された演奏技術といい、
「この人は常に、もっとでかいステージに立つべき存在だよな。やっぱり…」ということが、
ハッキリと認識できた。
   
決められた時間に決められた曲をリハーサル通りにやってしまうような
“段取りっぽさ”みえみえの多くの日本のミュージッシャンや
“見せる踊り”の上手なアイドル・グループが、
自分の持ち歌の歌詞を間違える以前に、発売済のCDをステージ上のミキシングでごまかして
腹話術の上を行く巧みなクチパクをやってる今日、(…もっと具体的な暴露は別のコーナーで)
本物のアーティストの本物の演奏を聴ける機会ってのは非常に少ない。
CDやDVDでは、機械に頼りきりのレコーディング業界の中ではもっと誤魔化しやすい。
オーケストラを入れたり、民族楽器の音をそれなりに施したり何でもできる。
カラオケ・ボックスと大差ない。
それが日本のメジャーの実態だ。
   
ところが、“伊丹哲也 と assimilate & 寺田”のように、
自分の情熱を瞬間的に表現することを寸分の狂いもなく表に押し出せるほどの、
そういうスピリットを聴く者に実感させるグループ演奏には、おそらく、
横に置いてあるピアノを使って何者かの飛び入りがあっても、
観客を乗せまくるアドリブで突っ走れるに違いない。
そこには、無駄のないリズム・セクションのバックに
ホーン・アレンジが必要になり、
ストリングスも両サイドにガッチリとしたスクラムで存在する。
俺には、“今の伊丹哲也”の演奏を生で聴いていて、
そこには存在しないものの、3人バックコーラスまでキチンと聴こえてた。
それほど、
「この人は今、本当に一人でギターを弾いて歌っているのか?」
という、今まで見たこともない強烈なエネルギーを放っていた。
   
そういう一夜だった。
   
家族3人で下手【しもて】側、assimilate さんのドラム演奏前の席で観ていた一時間。
途中、4曲目あたりで5歳の子供は(昼間、浅草見物をした疲れで)眠くなってしまい、
二人は先に宿泊先へタクシーを飛ばすことになってしまったけど、
スコッチ・ウイスキーのロックが、「ダブル×3」くらいの量(普通の人は呑み切れないだろ)
で入っていたカップの二杯目を片手に、
3人の演奏を最後まで聴かせてもらうことができた。
   
当日、降りしきる春雨の中、19時前に会場のマーキーまで来ると、
スナック風の路上看板に哲也さんの横顔写真が貼り付けてあった。
その反対側に、黒のマジックで「今日の出演者」の名前が書いてあった。
それが、吉野家の店灯りに照らされ、なんともいえない味わい深さを物語っていた。
その光景(記録)も収めるべきカメラを忘れた…というより、わざと持って行かなかった俺。
階段を下りてマーキーのドアの前でチケットとドリンク券を買うと、
担当の女性が、「誰を観に来られましたか?」と訊くので、
「哲也さん!」と応えると、
紙に3人の名前が書かれている隣に、ボールペンで「正」の字を継ぎ足していた。
…玩具のオペラ・グラスを高値で売っているコンサート会場とはエライちがいだよな。
んで俺たちファン(妻と息子の家族連れ)は、哲也さんの演奏が始るまで、
近くのデニーズに待機することにした。
雨も止みかけた頃、いつものように禁煙席で、
今回の家族旅行の反省会のような問答をやってると、息子、一龍が、
「ぼく、ウンチ出るよ」というので、妻がトイレへ連れてゆく始末。
喫煙席は、店内中央に配置されたレジの右側、トイレの通路の向こうに隔離されていた。
なんと、そこに演奏前の哲也さんがいた・らしい。
黒い帽子とメガネをかけて、赤のストライプが入った黒のトレーニング・ウエアを着ていた。
レジの辺りに追加注文か清算か何かでフラッと出てきたその姿を見たとき、
俺も「…たぶん」とは思ったけど、なんせはじめてなので、“今の哲也さん”の顔は知らない。
白髪まじりでスラッとした風貌のあまり見かけないタイプのオジサン。でも目立たない。
であっても哲也さんであることにはちがいないと思ったので、
ここで一発、「一龍が着てるジージャンにサインしてもらおうか」とも心の中で思ったけど、
「いや、今日はまだ、そういう日じゃないな」と、思い直した。
んで、マーキーでのLIVE、20時40分頃から始った哲也さんの出番。
下手奥の楽屋からゴソゴソと3人の男が出てきて、
2台のギターのうち一台にプラグを差し込む伊丹哲也。
真剣な眼差しでスネアやシンバルの位置を確認する assimilate こと、山田さん。
お気に入りのスニーカー姿でパーカッションに囲まれるカミテ側、寺田さん。
「この3人のオヤジがいったい何を見せてくれるのか?」
少なくとも俺の息子の眼に生まれて初めて映るライヴハウスの新鮮さは、
「ぼくが持てる大きさの、ちゃんとしたギターが欲しい」という願望に更に火を点けた(と思う)。
で、
『明日のジョー』という漫画の後半に、ホセ・メンドーサという名の、
「誰のパンチも紙一重でスレスレに避けられる」というベテラン・ボクサーが出てくる。
主人公の矢吹丈にとっては力石とおる以来の宿敵だ。
結局、燃え尽きて灰になる矢吹ジョーだったが、勝った相手のホセ・メンドーサは、
ラウンドを重ねる毎に、まるで魂を吸い取られるように老いてしまう。
終いにはヨボヨボの老人のようになって、その疲れ果てた姿に観客が驚く。
というシーンがあった。
哲也さんのステージは、その反対。
歌えば歌うほど、リストをこなせばこなすほど、みるみると若返ってゆく。
赤いシャツに黒の皮ベストという姿が、巷のどんな若者ロッカーよりも輝いて見える。
そしてアンコール、『光り転がる石のように』では、ほぼ完全に、
20代デヴュー当時のあの、「伊丹哲也が帰ってきた」という感じで幕を閉じる。
本人は「まだまだいけるよ」という雰囲気でも、
会場は金額に見合った時間を提供する。  
   
 このままでいいのか !?  
   
俺は思った。
   
   
通常、好きなアーティストのファン・サイトというものは、
その人のすべての発表音源を一から順に揃えていて、
「昨日のライヴでは一曲目がこれで、次がコレとコレ、
アンコールはこの曲とこの曲がこんな感じになってたよ」とか、
セット・リストを丁寧に紹介して、その一曲一曲にベタベタとコメントを添える・のかも知れない。
俺にはできない。
哲也さんのCDもレコードも全部を揃えて持ってるわけじゃないし、
自分がさんざん、何百回も聴いたはずのソラで歌える曲でさえ、
タイトルを間違えるほど ピントがズレてる。
そう、この「ピントがズレてる」ということこそ、
今回の伊丹哲也のLIVEを目の当たりにして、
これまでの俺(が書いてきた内容も含め)、自分自身を省みることができる一夜でもあった。
   
“伊丹哲也をカムバックさせる会”というのは、基本的に
まだ “伊丹哲也”の存在を知らないままの、“新しいファン”を増やすために設立され、
そこに「カムバック」という言葉が的確かどうかは別として、
かつてのレコードやCDは、ほとんどすべて廃盤になっている今、
「どんなアーティストなのか?」を少しでも詳しく紹介することを一つの目的としている。
CDも、LiveDVDも、今は何一つ公式なリリースはされていないものの、
ここ最近の“今の伊丹哲也”の活動は年間数回のLIVEのほかに、
ご自身のサイト で数々のオリジナル・ソング(GALLERY ほか)を無料で聴かせてくれる。
26年というキャリアを持つプロでありながら、
ネットを通じての“インディーズ”なアーティスト
、“伊丹哲也”が、
再びコンサート会場を埋め尽くす日まで、このファンサイトの会長は不在のまま 更新され続ける。
そして、たとえカムバックしても、まだその先もある。
生きている限り、死ぬまで歌い続けてくれる限り、俺も書き続ける。