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Heavy WeBlog “Mind Resolve” @ feedburner.com



 みなみ まさあき って、何者?

   
   Please use the program here for the part that wants to translate.
   
      ☞   http://www.excite.co.jp/world/
   
   サイト一発! まるごと英訳  ☐△○
                                 English translation wholly
 
  
 
   
 
   
 
   
俺は読む人に常に「恐怖」を与え、(あんまり恐かねぇけど。いまのところは
またそこから、何とかして
今居る場所で立ち上がり、次の場所へ進むきっかけを得られることを願っている。
(それがどこまでそうなっているかは俺じゃねぇから判らないけど。)
「ちっともそんなことない」
と、そういう人の方が多いかも知れない。また、
「駄目だよ、そんなんじゃ。誰も聞かないよ、おめぇの話は」
という人もいると思う。
もしかすると、世界中の誰も、
60億の誰一人として、このサイトを覘いた者はいないかも知れない。
それでも、たった一人だけ、たとえ、
今もう、あと何分かで地球が滅亡してしまうという瞬間であったとしても、
トップの蒼い扉を開いてから
ここまで読んでもらった人が、たった一人だけいれば、 
俺は俺の目的を達成したことになり、
地球は滅亡しないし、人類は滅びない。
と、そう信じてる。
 
 
       http://ameblo.jp/badlife/entry-10002650859.html  より
  
  
俺は架空の物語であっても、その一部がやがて現実のものとなるように、
「絶対にこうなって欲しい」と、神に願って書いている部分もある。
別に手塚さんの真似をしている訳じゃないけど、
一種の“呪い”のようなもので、
それが、その一部が、今後、たった一人の人間に於いて
本当に現実となってしまった時、そんなラッキーなことはない。…但し家族以外の第三者にとってな。
「なんでそんなことをする?」 「どうしてそんなことを書く?」「アタマ、おかしいんじゃない?」
と云われても、俺は書く。書き続ける。
 
   
正確には「書く」というより「書かされている」という感覚に近いが、
どうせネット上なんて、みんなクズだ。
夢でも現実でも、ゴッタ返した屑の中にあるものが屑のまま終るか、
誰かがどこかで拾い上げるか、どこでどうなるか、それは密かに楽しみにしている。
もちろん、願望もある。目論見もある。だけど野望ではない。
“架空の物語であっても、その一部がやがて現実となるように、
「絶対にこうなって欲しい」と、神に願って書いている”
と、その本当の理由は、もう少しあとになってから具体的に説明することにする。
・・・・いくらか感づいている人もいると思うけどね…。
   
        http://ameblo.jp/badlife/entry-10002872663.html  より
 
   
 
   
夢に追いつけない年齢と肉体のギャップを本人達がどこまで乗り越えられたか…。
特に”孤独感”ってのは、華が開かない段階では強敵だから、
世間の目や肉親の思いがどうあろうと、そのハードルを克服できない限りは、
役者ばかりでなく、どんな場合でも無理が利かなくなって、精神的にキツクなる。
これも実体験から云ってるけど、何も好んでそんな処に嵌って生きることもない。
芸術の世界で生きる”自由”ってのは、
自分で決めた場所ならいくらでも方向は変えられる・と俺は、実践からもそう思うよ。
つまり、自分の得意分野を見つければいいだけの話で、
頑なに「これだけだ」って限定してしまうのは、ある意味でスピリットを曇らせるぜ。
俺も今は”書くこと”を主体としてるけど、これを世間が認めてるわけじゃない。
またそれが、俺が死んでから認められようが認められまいが、そんなことは、
確固たる目的さえ持ち合わせているなら、そんなに気にする必要もない。
欲はあるよ。「自分で書いたモンが、いつかカネに変わって家族を養えれば・・・」とも思う。
だけどそれは本当の目的じゃぁない。カッコつけてる訳じゃなく、
俺の目的は自分の追究、それによって一人でも多くの人間に”気づかせる”って仕事がある。
これは死ぬまで永遠に続くことかも知れないし、
死ぬまでにある程度は解決しないと死んだあとが困ることになる。
いま読んでいる人には意味が通じなくなってきてるかも知れないけど、
それはいつものことだ。
今後、もうちょっとは判りやすく、それなりに通じるようにはして行く予定だけど、
なんせ、今の時代のネット上。しかも、日本の中の一部の枠の中だけのネット上だ。
一本の電話回線で世界に繋がってはいるかも知れないけど、ほとんどゴミ溜めの中じゃ、
何を云ってもゴミと一緒かも知れない。
それでも俺は可能性を信じる。たとえそれがマイナスでも突き進む。
だからこの先、俺も生きる手段を変える選択に迫られる時がまた来るかも知れない。
それが何であっても本質は変わらない。代わらないし、替えられない。
 
  
        http://ameblo.jp/badlife/entry-10003112613.html  より
 
  
   
カネもない。コネもない。
女だとか家族だとか、
他に守るもんがあると、それも邪魔になることも判ってた。
こんな弱い奴がたった独りでは限界があることも判ってた。
それでも這い上がってやろうと役者を目指した。
伊丹哲也さんの『 パークエリアの夜 』 を聴いて、何度も自分を励ました。
   
“夢を喰うか 現実を喰うか”って、
そういう崖っぷちに居る同じ匂いがして嬉しかった。
俺にとっては、映像業界ってのが憬れとか、それ以上に、
自分が何者なのかを確認するために最適な場所と思ってた。
簡単にタレントになって適当にテレビで売れて…
そういう所にも嵌りたくても嵌れないけど、
そういう時代を尻目に、いつか本物に出逢えると信じてた。
旧い役者さんバタバタ死んで逝っても、
「待ってくれよ。まだ俺にはなんにも教えてくれてねぇぞ!」
って気持ちで涙こらえて、安い現場の端の端役も有難いと思った。
   
ある日、そういう思いの全部を捨ててまで(どうってことねぇけど)
「この人と一緒に生きて行こう」って決めて、
人間の設計図 』の執筆を手伝った。
   
「これなら間違いない」ってハッキリと決めて。
「一生、この人の云ってる事、本に纏めるのが俺の仕事なんだ」
って、絶対にそう信じた。
俺にとってはそれほど価値があった。
友達なのか何なのか、
「お前、宗教なんてよせよ」とか、その程度だった。
宗教ならもっとカネになったかも知れないけど、
カネはどうでもよかった。
こんな俺が手伝えることで何かデカイことできるなら、
俺の中にある俺の知らない能力をぜんぶ引き出してくれるなら、
「ここでいい」と思った。心の底からそう思った。
親は認めてくれた。
俺のやることなすこと何でもケチをつけてた広島生まれの父親も、
17年間、精神病院を出入りしてた母親も、
何も云わず離れた場所で見ててくれた。
「そんなの当たりめぇだ」とか云っても、
俺も本物に出逢えて善かったと心底、思えた。
五年間の間、たった四冊を代筆して、二冊の編集に携わった。
どれも死ぬ気で取り組んだ。
その割には出来栄えはパーフェクトじゃない。
手に取って読んだ人は限られてる。
それでも一生、その仕事をやって行くことに悔いはなかった。
それほど価値があった。
ある日
「もうお前なんかいらねぇよ」
と云われた。
自然と人間の設計図 』の著者、その本人から直接、
サシで坐った席でそう云われた。
死ぬかと思った。
死んでも死ねない気がした。
世界を呪って生きてやるとも思った。
少なくとも半年、一年間は毎日、
起きていても寝ていても、現実の世界を呪って生きた。
頭がおかしくなろうがどうなろうが、
絶対に死なずに生きて、俺は必ず生き残って、
「ぜんぶ、くたばれっ」って、
一秒間に何度もそう思ってやった。
   

   
「こんな人間に何ができるか」
   
真剣に悩んだあげく、辿り着いたのが、また芝居だった。
「これで三度目だな」
そう思って現場を覗いてみた。
いくらか新鮮だった。でも世界は呪っていた。
電車に乗っても街を歩いていても、
「俺に触れたら殺すぞ」という構えで生きていた。
唾を吐いて、そこを踏んだ奴は死ねばいいと思った。
でも、どんなに醜くなって、たとえ、
クタバリ底無いの動物に操られて生きることになっても
乞食だけにはなれなかった。
・・・・いま想うと、それも中途半端だったか。
その時は既に、自分以外に、もう守るべき者があった。
二人で生きていれば いつかは救われるかも知れないと、
そう信じて生きてみようと思った。
それでも地下鉄に乗ると、繁華街をうろついていると、
俺は自分が人間ではないような気がした。
「殺されるより殺す方を選ぶ」
常に頭の中にそれを念じながら生きた。
そんなことは苦しみでも何の哀しみでもなかった。
「小指の先がちょっと傷ついただけでも痛い者は痛い」
そんな言葉を想い出しながら…
かつての俺の自殺願望をチャラにしてくれた存在。
俺の母親がどんなに苦しくても最期にはちゃんと助けてくれた存在。
出来上がった8千冊の『人間の設計図』の番人として任命してくれた存在。
完全な『人間の設計図』を書き上げることを目的に生かしてくれた存在。
一度、命を懸けた者に投げ捨てられたその辛さを想えば、
そんなことは何ともなかった。
霞ヶ関のサリン現場跡へも行った。
四谷のサン・ミュージック前へも行ってみた。
殺されるより、自分で死ぬより、
殺すことを目的に生きた方が、
ここからが俺のスタートだと決めた。
だから毒ガスもいらない原爆もいらない、細菌兵器もいらない。
水爆なんてもってのほかだ。
そんな簡単にくたばらせるわけにはいかない。絶対に。
と、そんな奴が、歩き疲れても、どこか怪我をしても、
それをすべて呪う方向へ向けて、
「死ぬまで狂って、死んでからも狂ったままでいろ」
と、そう願って毎日を生き凌いだ。
 
  
   
俺にはカネも時間も余裕はなかった。
なんせ、人類を呪い潰すという目的があったし、
生きるために盗んででも誰かを騙してでもカネを獲るなんて、
そんな元気もなかった。
だけど、
それがすべて消えてなくなった衝撃的な日がある。
   
20世紀の終わり。7月23日、17時22分。救急車の中。
そんな奴に、そんな人間の格好をした嘘の塊に、
ほんとうに小さな小さな、たったひとつの命が教えてくれた。
その時ほど、 「生きていて善かった」と思ったことはない。
俺はもう、俺の生き方をすべて変えなければならないと、
この三人だけは絶対に人間として生きたいと、
そう思った。
それが許されることなのかどうなのか。
確認したいとも思ったが、確認はできなかった。
   
翌年、21世紀 最初の2月14日。
人間の設計図 』の著者は死んでしまった。
肺癌で。しかも病院で。
信じたくはなくても事実だった。
通常の葬式は行われなかったらしいが、
俺はそこには立ち会っていない。
   
あの魂はどこへ行ったのか。
生前の本人が云っていたことには
「またスグに出てくるよ」
という言葉もあったが、
それを信じている人がいるというより、
覚えている者が何人いるのか…。
BAD LIFE 』(117~119ページ)の中に俺が書き記した
“例の夢”にあった俺にとっての最期の言葉。
   
 
「俺がこうなることはもう何年も前に云ってあったんですよ。
俺はぜんぶ前もって云ってあるわけ。『こうなるよ』って。(以下略)」
   
この地球上に存在している人間の数、いま現実の世界に生きている生命として、
60億人もいるなら、その世界中の、今この時代のどこかに、
また存在しているかも知れない。
そして再び呼び戻すかも知れない。
そこへ、そのメンバーに俺が入っていなくても、
再びまた、この革命、“自然界による革命”を信じて生きる者を奮い立たせ、
既にそれは再生し、再編成されているかも知れない。
この地球上のどこかで。
それほど自然界の動きと一致していた、またそれほど、
“絶対”の力、“絶対”のエネルギーを持つ存在だった。
   
 
       http://ameblo.jp/badlife/entry-10002872663.html  より
 
  
 
  
「判る」「解らない」のそのどちらかを選択すべき自分の位置は、やはり、
「(絶対に)解らない」という方を選ぶべきだろう。なぜなら我々人間は、
”創った側”ではなく、”創られた側”だからである。
これをしっかりと認識できず、どこか勘違いをしている自分に気づかず、
ある一つの組織を破壊してしまった者も世の中にはいる。
大自然に与えられた恵みのうち、あの20年間が何だったのか?
その記憶が、そこら辺にある“想い出アルバム”のように終らせてしまうことは、
俺自身の中でも許されない。
なぜなら俺は”気づかせる”という役目を課された人間だから。
かといって、『自然と人間の設計図』の著者がやっていたようには出来ていないし、
できない。俺、独りではな…。
それはそれで、”絶対”の権力の笠を被って解ったようなフリをしないため(ここが重要だ)の、
唯一、俺にある俺の長所でもあり短所でもある・と、自負している。
ちょっと(かなり)生意気かも知れないが、
俺も伊達に、かつての『自然と人間の設計図』を代筆した者のうちの単なる一人ではない。
それはすべてが、その一つ残らずが、
いまこの世に生きている人間の、一人残らずに通じない言葉であったとしても、
今回の、この現実の世界でどんなに、「こいつはもう頭 おかしくなってる」と、
どこの誰が言ったとしても、次に俺の上に立つ者が現れるまでは、
現れない限りは、俺は止まらないし、誰も止められない。
ただ一つ、そこへ付け加えておくなら、1998年3月17日までは、
「俺にとっての社長という存在は生涯、今の社長だけだ」と思っていた時期もあった。
それほど”創った側”の放つ”自然の気”にはかけがえのないものが秘められていた。
もっとも、この意味を判る人間は独りしかいないと思うけどな。まだ生きていれば…。
   
   
人間、自分が本当に変わろうと決意した時に限って、
とんだ邪魔が入ることも少なくない。
これまでの俺の経験からしても…。
まぁ、みんなが同じ目に遭うことも決してないと思うけど
例えば『
ランニング・スモーカー 』の青年みてぇに、
そういう時にはなぜか、酷いドシャ降りの日に見舞われがち…そんな気がする。
当ってても怒らないでくれよ。
それは別に俺がやってる訳じゃない。
不思議だけど、そういうことってあるんだ。
そういう意味で、
“その本を抱いて霏【あめ】の中を真っ直ぐ突き進んだ奴は幾人もいる”
って、 『
BAD LIFE 』の96ページに書いたんだ。
  
 
 
五木さんの『大河の一滴 』。あれは・・・・(おっとアブねぇ…)
あれは、…いいと思うよ。
俺は読書、キライだからマトモには読んでないけど。
(今まで最後までちゃんと読んだ本はフランツ・カフカの『変身』だけ…薄いしな)
『大河の一滴』は早くから持ち運びやすく文庫になってたけど、
五木さんの素直な、あの庶民への呼びかけは、
本屋で立読みしてた俺にもビビッと響くモンがあった。
現代のプロのアーティスト、その芸術家全般に想像力のクオリティが貧しくなっている時代を悲しみ、
「今はプロにモノを造る勢いがないんです」などと涙ながらに訴えるどこかの漫画家、
あの、”アニメのトップああちすと”みてぇに、
孤独なまま突っ張ってるようなゴタクは一切なく、
本当に素直な気持ちで、作家としてではなく、一人の人間として、我々に呼びかけている。
そして神様に訴えてるよ、「もうやめてください、これ以上、人間を苦しめないでください」って。
あんな正直な、真面目な、恐ろしいほど、”人間として生かして欲しい”という叫びは聞いたことがない。
だから俺は『
BAD LIFE 』を書いた。この世に『人間の設計図 』を紹介するための第一手段として。
で、その本を何件かの書店が何週間か棚に並べてくれた・・・くださったけど、
無論、 『
大河の一滴 』の横には置かれなかったし、また、そんな扱いを受けるほど立派ではない。
むしろ、ここでこうして、密かにネット上で、続き(?)を書いているのが関の山で、
 
  
 
       http://ameblo.jp/badlife/entry-10002901984.html  より
 
  
   
色々な意味で会社の中にいた人間、全員に擦れ違いが生じ 、結果的に俺は、
自分からその会社から飛び出た。 
それが、ローリング・ストーンズが三度目に来日した
1998年3月17日火曜日だった
その後、一度だけ、
東京ステーション・ホテルのレストランでその人に逢ったが、
元気な姿をこの眼で見たのは、それが最期だった。
そしてあの、虹がきれいだった日 に至る。
 
  
 
       http://ameblo.jp/badlife/entry-10003219418.html  より
 
  
 
  
さて、一龍が産まれた翌年、
あっけなく死んでしまった”創った側の人”。
その虹がきれいだった日が過ぎ去って、春から夏にかけて。
俺は築地魚市場で製氷販売のアルバイトを半年間やってみた。
そこで知り合ったのが石堂さんだった。
彼の根性はハンパモノではない。
140kgある氷を切り割る腕もハンパではなかったが、
白のハーレーに跨る、ブーツを履いたロン毛姿は、
どこか、ハリウッド映画の一場面のように輝いて見えた。
年齢は1966年の丁度、同い年だったが、俺なんか足元にも及ばぬほど、
“生きることをナメてない存在”だった。
そんな彼にある日、俺は一言、云った。
「石堂さんは俺がやりたくて出来なかった・というより、
やらなかったことを全部やってる、全部やってきたっていう感じの、
そういう、俺にとっては鏡の向こうにいる存在みたいですよ…」
と。すると、
「そんなこと云われたら、オレ、南さんにジュース奢っちゃおうかなぁ…」
と、冗談も明るい性格で、英語もペラペラ。本業は戦場地を撮るプロ・カメラマンだった。
・・・・俺はカップルを撮るフヌケたカメラマン。
     今、ファントムがあそこを爆撃してるっていう、バンバンと。
そのキノコ雲があがってる場所。オレ、そこへ向って走って行くんですよ。
下には地雷もあるかも知れないっていう所を…。あの感覚って云ったら、
なんて云うか…世の中にある言葉では表現できないですよ、あれは…」
という石堂さんの話を聞いていると、茶屋の向こうから、
「おーいっ!」と、氷屋を呼ぶ声。
その朝の仕入れを終えて自分の店に引き上げる魚屋は、鮮魚を冷やすための、
板状か砕氷のどちらかの氷を買い付ける。
我々は、都内各下町から集ってくる何百件もの老舗の魚屋の、
その日に必要な氷の枚数を訊いて、時間までに注文の氷を用意する。一枚10㎏¥450。
夏場は特に溶けやすいので、この注文と届ける時間のタイミングが意外と難しい。
魚の競り場から駐車場へ十数本が伸びる屋根付きの通路。地面より一段高くなっているその場所の、
決められた縄張り(茶屋)に自分達の車を付ける魚屋。その人達の仕入れと出発時間は、
それぞれが違うし、築地といえば誰もが気が荒っぽい。その上、
その夏も鬼のように暑かったので、俺としても通常以上に気合を入れないと、
身体が参ってしまう。特に、都内各所で夏祭りが重なる時期は、これまた鬼のように忙しい。
石堂さんが云った。
「南さん。水分、十分に摂ってくださいねぇ。忙しくても
どっかで憩まないと、やってられないですからね。
汗が止まった時、ヤバイですよ。
だから脱水症状とかにはならないように、
自分で自分の体、管理してくださいね」
案の定、そういうことがあった。結局、俺は倒れる一歩寸前で間逃れたが、
夏場も、ほとんどの仕事が午前中で終る築地といえども、
救急車のサイレンはよく耳にした。
中には喧嘩や車の事故で運ばれる者もいるらしいが、熱射病、
熱中症で倒れる人も珍しくはないらしい。(みんな普段から気合が入って血圧も高そうだし)
既に俺の命は俺だけのモノではないから、毎日が真剣勝負だった。
朝3時には起きて支度をして飯を喰って、4時半には家を出て地下鉄に乗る。
5時までに河豚毒処理施設のある建物の3階、ロッカー室へ行って、
爪先に鉄の入った専用の長靴に履き替え、
自分用に用意された氷専用のノコギリを持って茶屋へ降りる。
毎日履いているジーンズも魚くさくなる昼までの6時間。
これを石堂さんは6年もやっていた。ちょっと違うのは、
通勤手段が地下鉄じゃなくて、ハーレーダヴィッドソン。
その仕事を終えた秋以降、木で鼻をかんだように、
お互いに連絡も何一つ取り合ってないが。翌年二月、そんな俺を
『Bad Life』の出版に奮い立たせた三つの理由。
そのひとつに、暑い夏に出逢った、あの鏡の中の向こう側にいた男。
石堂さんの存在があった。
   
だから、初版の『
BAD LIFE 』に掛かった赤いオビにはこうある。
「タイトルは『バッド ライフ』にしましょう」
と妻が言った
「南さんの人生そのままじゃないですか」
と仕事仲間は納得した
   
”BAD LIFE”というタイトルは、
キース・リチャーズの70年代にお蔵入りになったと云われる幻のソロ・アルバム
『BAD LUCK』というタイトルと、
当時、俺が書いている途中でやめた本で
『Half Life』(半分だけ、半分迄の人生、ハンパな人生、半分先が自由な人生などの意)
という、その二つを
グリマー・ツインズ 風に組み合わせて、
『BAD Life』 。
これは、これまで3回のストーンズ・ツアーを体験している妻が考えた。
(・・・俺はまだ2回しか観ていない)
出版された年が子供の、一龍の数え年と同じになるので、
二作目はまだ完成せず5年になる。
次の
『Mind Resolve』(仮題) の出版がいつになるかは判らないが、
『人間の設計図』完全版 よりは早いかも知れない。
 
  
 
       http://ameblo.jp/badlife/entry-10002980710.html
 
  
 
  
 その『BAD LIFE 』に「人類の道理」というセクションがある。
 手に取った人が、どこをどのように、どこから読んでも
自由に読んでもらえるように書いて編集した詩や散文、幾つかの童話を鏤めた形式で、
従来の書籍の在り方としては屈折したイメージを抱かれるかも知れないが、
その、「人類の道理」だけは、意味あって、”創った側”の人の筆によるものを掲載してある。
 初版の『
人間の設計図 』に比べれば比べるなっつーの、幾分、
持った時に何かを感じる部分が薄いかも知れないし、そこに書かれた内容を基に、
自分自身にある何かを”気づく”ということも、どこか遠い世界の話のように感じるかも知れない。
 それでも、「人類の道理」という項目だけは、何度 読み返しても、
読む人そのものが人間として生きている上では得る部分が多いと思う・ので、
今はもう少なからず、限られた所でしか体験、感じ取れなくなっている”創った側”の気を
世の中に伝えて行こうとする意図として存在する俺の思い…。
どうか汲み取って頂ければ…と願っている。
 もともとは、先にも触れた『~政治革命』に用意された未公開原稿の一部だが、
今日、ここまでの内容を読んで頂いた方であれば、その123~140頁に渡る内容を
改めて判りやすく読んでもらえる・と思う。
 そういう意味では、『
人間の設計図 』の著者が、まだこの世に行き続けているように
書き進めて来たこれまでの内容についても、恐らく、ご理解頂けるのではないかと思う。
   
        
http://ameblo.jp/badlife/entry-10003045591.html  より
   
   
『人間の設計図』を書いた人は、そういう“気づかせる”という
仕事をして、「先生」とも呼ばれていた時期もあった。
俺もしばらくは「先生」と呼んでいたが、今は「ジジィ」と呼んでいる。
意味あって、そう呼んでいる。
もう一度、一回だけでいいから、逢って話しをしたいから、今はそう呼んでいる。
その時は必ず、茶色い着物の胸倉をこの手で摑んで、
「生きてるじゃねぇかよぉ!」
って、怒鳴りつけたいから。
何ヶ月か前、そういう夢を見たが、あれは現実ではなく、やはり夢だった。
別にゾンビのように生き返ってほしいわけでも、
明日の夜、白装束で枕元に立ってほしいわけでもない。
ただ、蘇ってほしい。
俺の中ではっきりと。
たかだか十年余りの付き合いだった時間の、その幾つかの記憶を辿るような幻想ではなく、
もっとはっきりとした形で俺の中に。
俺が呼んだ時、あるいは向こうが俺を呼んだ時、
必ず邪魔の入らない時間と場所で、
男同士、腹を割ってゆっくりと話ができるように、
今日、今この場所に蘇ってほしい。
普通ならないけど、俺には(他の幾人かの人にもきっと)、あると思う。
人間としてちゃんと生きていれば、
必ずその日は来ると思う。
 
  
        http://ameblo.jp/badlife/entry-10002650859.html  より
 
  
 
  
attack  title : 敗戦60年、「福祉の未来」に消え失せる大和魂
mind resolve : chapter 017
未公開 『 Half Life 』より
     
この内容も未公開の原稿、『Half Life』の一部からもので、
今から8年前の俺自身のことになるが、
今後の“mind resolve”の実行に必要な俺自身のテキストとする。 
     仮題: 開けていい蓋、いけないフタ 平成9年12月10日 未明
   
        http://ameblo.jp/badlife/entry-10003291257.html  より
   
   
 あの、8月12日。 俺はそうした連中と一緒に海水浴へ出かけたまま
家には帰らなかった。
あの浜辺であの星空を仰いだとき、もう俺は、
左寄りでも右寄りでもいたくはなかった。
お年寄りの用意した思想に縛られて生きるより、
自分で自分が生きるための力を身につけたかった。
あれから20年が経った。
俺は、俺が観た星が流れる夜空を俺以上に美しいと、俺の子供に感じてほしいし、
必ずそれを観せる。
   
  
 
       http://ameblo.jp/badlife/entry-10002652176.html  より
 
  
   
一人の人間の一生なんて、長い間生きてきた地球そのものの命からすればホントに短いもんだけど、
その一生の中でも限られている、自分ができること、自分の役割を常に正常に認識するためにも、
頭の中(精神)と肉体のバランスを保つためのコントロールは、他人がやってくれることじゃない。
自分がこの世に産み落とされる以前から、精神と肉体は同時進行で動いているのに、
偏って、精神だけ鍛えるとか、向上して行こうとすることが、そもそもおかしいと思う。
それは何の宗教にしても、どこの立派な会社の特訓にしても似たような理屈を並べるだけ並べて、
あとは、それを最後まで実行できなかった自分が、自分を責めて終ってる。
例えば世間にあるどんな自己啓発書の紐を解いてみたところで、
そこにどこまで今の自分の肉体が着いて行けるかってことも、
そういう本を読めば読むほど、俺は怪しく思うし、
紙に何か字が書いてあって”本”という物体として、
テーブルの上や本屋の本棚に存在しているという事実以外は
すべて嘘に思えてくる。
だから、本物か偽者かどうかを見極めるには、まず、自分自身が今、本物かどうかだ。
それは他人には判らない。
へんな知識や思想でフィルターを被せられていない状態で
自分で自分を認められるかだ。
子供の頃、素直だった時ようにね。
 
  
 
       http://ameblo.jp/badlife/entry-10003268798.html  より
 
  
   
 
-----------------------------------------------------------------------------
 
 

   つ づ く   http://ameblo.jp/badlife/entry-10004488634.html
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
              " BAD LIFE "   i n d e x
   
       
    http://ameblo.jp/badlife/entry-10003557242.html

   
   
   
   

September 22, 2005 00:28:03
Theme:  発展過剰国の片隅で    

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1 ■2005年11月、 誰かのページにコメントを入れた一部・・・より

自分はかつて世間から見れば半ば信仰に近いイメージを持たれがちな
一風変った会社で ある人の本の代筆をしてました(実質5年間)。
それが今現在の生活にも左右してる部分が確かにあり、
ちょっと前まで、一般世間になじめない屈折したままの自分が
どうすれば自分自身を信じて生きてゆけるか?
そこから現在に至ってます。
信仰そのものは自由でも、信仰と洗脳思想との違い、
戦後から今日まで現代教育から生じた社会のヒズミ。
そうした観点からも、なるべく自分を見失わないよう
自設ブログ内では”己のすべてを吐き出す”
自己精神治療の様な事もしてます。 
偏った内面を軌道修正し本来の自分を取り戻す・・という意味で。
実際に刈谷さんの妹さんと電話で話した事もあり、
松本チヅオの罪を憎む社会から一歩離れ
なぜ多くの若者があのような事に巻込れたのか?
あれは何だったのか? という問題には
過去の経験も含め非常に興味あります。
自殺サイトや殺人請負サイトの横行等
今の日本社会は あの頃より酷い状態になってる気がします。

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