『最期の読書』 ~ firefly & mosquito  | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥

   
   
     最期の読書   ~ firefly and mosquito 
  
 
                               
 彼は、いついかなる時も常に本を読んでいました。
 昼は電車に揺られ、吊革に摑まりながら、夜は夜で、本を読むための灯を四季折々に工夫して、
彼はいついかなる時も常に本を読んでいました。
 それは貧しい学生の暮らしの中、いつかどこかで唱われていた謡や人民中国で発行された
切手の絵柄にもあったように、一見、とても勤勉そうに見える姿でした。
 冬の夜は、窓硝子に貼りついた雪に月灯りを通して、夏の夜は、無数の蚊に刺されながらも、
硝子の瓶に沢山の螢を詰め、それを机の上にしのばせ、
また、月も星影もない曇り空の広がる暗い夜は、ひっそりと蝋燭の灯に本を近づけ、
彼はいついかなる時も常に、本を読んでいました。
 彼の名は、マクタル・イーマ。ある日、彼のもとへ一通の手紙が届きました。
そこには、世の中の本という本を御飯を食べるように読む彼にとって、
とても気になってしまう興味深いことが書かれてありました。  
  
 
  『来週の月曜日、いつもあなたが通っている図書館に足を運んでみて下さい。
  ご存じの通り、月曜日の図書館はお休みですが、この日だけは本の虫のような
  あなただけのために休館日を返上し、図書館を開放致します。
  是非お越し下さい、お待ちしております。
  <追伸> 尚、お越しの際は必ず、この招待状をご持参下さい。もしお忘れに
  なられた場合、今後のあなたの読書人生に思わしくない事態を招くことになり
  兼ねません。くれぐれもご注意下さい。
                              『館長代理人 読書の神 より』 
  
 
と、それを読んだマクタル・イーマは何事かを不信に思うどころか、とても嬉しく感じて、
大切なその手紙を丁寧に机の引き出しの中にしまいました。そして彼はまた
手元に抱えていた本を読み始めました。それから二時間、三時間、四時間、五時間と経ち、
やがて陽も暮れ、夜になる頃には、すでに厚い本を四冊も読み終えていました。
ですがマクタル・イーマは、相変わらず御飯を食べることも放って五冊目の厚い本を読んでいました。
そうして部屋の中も、もう本は読めなくなるほど暗くなると、彼は、
いつものように湿気たマッチを擦り、机の上に一本の短い蝋燭を点しました。
 本来の自分の生き方とは別の人生の歩み方へ、必要以上に自分自身を虐げている間、
時は誰も待ってはくれず過ぎ去って行きます。人生のほとんどを読書で潰し、
読書に明け暮れていた読書の人、マクタル・イーマも、
そのように本当の自分の生き方から外れていたことには気づかずにいたのでした。
 そうして一日、二日、三日、四日と、時は流れ、とうとう月曜日がやって来ました。
 その日、明け明けまで本を読んでいたマクタル・イーマは、お昼前には一冊を食べ終え、
“自分だけのために開館されている”という図書館へ出掛けました。もちろん、
あの大切な手紙は忘れずに、いつも着ていたワイシャツの、
黄ばんだ胸のポケットへ差してありました。
 目的の図書館へ向かう道中、いつものように歩きながら本を読んでいると、
脇道の方から出てきた小さな自動車が危うく彼にぶつかりそうになりました。ですが今度は、
彼等の前方からやって来た自転車が、その災難を避けようとしたために勢いよく彼に衝突し、
マクタル・イーマは道に転げました。自転車は、状態を整えると直ちに立ち去りました。
幸い怪我はありませんでしたが、彼の手から投げ出された本は
通りを行き交う車に踏み潰されてしまいました。
マクタル・イーマはその屑を拾うために必死で路上を這いずり回りました。
その時、彼の胸のポケットからは、読書の神様から寄せられた、あの、
大切な手紙がずり堕ちてしまいました。
ですが立ち上がっても直ぐにまた本を開いた読書の馬鹿、マクタル・イーマは、
そのことにも気づかず、ボロボロになった塵芥【ゴミ】に顔を突っ込みながら
目的の図書館へ向かいました。
 図書館へ着くと、入口の前に、つい先ほど彼にぶつかって来た自転車が駐められていました。
本を読みながら歩いていたマクタル・イーマは、それにも気づかずに門を潜りました。
数歩前進して、ようやく本を閉じたマクタル・イーマが頭を上げて見ると、
目の前の自動ドアの硝子に
  『ようこそ、ゴミタメへ!』
という貼紙がありました。
マクタル・イーマは、その歓迎の言葉に首を傾げることもなく、胸をワクワクさせて
月曜日の図書館へ入って行きました。
すると、どこか見覚えのある顔の黒い衣を着た男が彼に近づいて来ました。
「こんにちは、マクタル・イーマさん」
「こんにちは」
「私は読書の神の使者で、ジャーキー・タケルと申します。早速ですが、
先日お送りした招待状をご提示下さい」
「あ、はい。……… あれっ!?」
 マクタル・イーマは胸のポケットの中を探りながら慌てました。
けれども黄ばんだシャツのポケットの中では、丸まった塵や埃が指の爪に挟まるだけでした。
「どうなされました?」
「確かここへ入れておいた筈なんだけど……、手紙がないんです」
「それは大変ですね」
 ジャーキー・タケルは、あくまで落ち着いた表情の不気味な男でした。
「もしかして今あなたが手に持っている、その薄汚い本に挟んであったりとか?」
「いいえ。ほら、ありません」
 マクタル・イーマは、装丁の壊れた本(塵芥)を開いて、パラパラと頁を捲って見せました。
すると、本の間から床の上へ砂埃が舞い墮ちました。
「困りましたな。あれが無いと後々問題になるんですがね」
「そうだ、途中で事故に見舞われて、その時に落としたのかも知れません」
 マクタル・イーマは謝る様子も見せず、平気な顔で言い訳をしました。
その言葉にジャーキー・タケルは僅かに目をしかめましたが、直ぐ様、落ち着いた表情に戻すと、
「そうですか、招待状を失くされましたか…」
「…。」
「…でもまぁいいでしょう、読書の神には私から伝えておきましょう。
せっかくここまでお出でになったのに『お引き取り下さい』というのも失礼でしょうから。
それに当館は今日一日あなただけのために開放されております。
どうぞごゆっくり、今日という一日をお過ごし下さい」
 こうして、読書の神との約束を破ったマクタル・イーマは、その日一日を図書館で過ごすことになり、
自分だけの有意義な時間を楽しみました。決して誰も見てはいませんでしたが、
彼はふてぶてしくも図書館の中央のフロアに置かれたソファーに深々と腰掛け、
自分の両脇に積み上げた本を一冊ずつ丁寧に読破して行きました。
 そしていよいよ閉館の時刻がやってきました。
ですが、マクタル・イーマは読んでいた本を閉じようとはしませんでした。
かつてこれほどの読書馬鹿が存在したでしょうか・というほど、
最早その姿は気違いじみていました。すると、静かな館内に閉館のチャイムが大きく鋭く鳴り響く中、
それでもしぶとく、ぎりぎりまで本を読もうとしていた彼の背後に、
異様な雰囲気の黒い陰が忍び寄ってきました。
「本日はいかがでしたか?」
 と、その予期せぬ低い声に驚いたマクタル・イーマが振り向くと、そこには、
僅かに笑みを浮かべたジャーキー・タケルが、後頭部に片手を当てた姿で立っていました。
「ご満喫されましたか?」
「え、えぇ。でも……」
「でも…何ですか?」
「はい、右を見ても左を見てもまだ読みたい本が山ほどあって、正直を言えば
今日一日では足りないくらいです」
「なるほど。では、お好きな本を借りて帰られてはどうでしょうか?」
「いいんですか?」
「もちろんです。ここは図書館ですよ。いつものあなたなら当然そうしているでしょう。
どうぞ何冊でもお貸し致します、気に入った物をお選び下さい。但し、くれぐれも 
お身体にはお気をつけて。ある意味では読書というものも命取りになり兼ねませんからね。
………いや、これはほんのジョークですが…」
 ジャーキー・タケルは、なぜか、自分の後頭部を擦りながら笑って云いました。
 この時マクタル・イーマは、この図書館で一日を過ごした自分が 
あの手紙を持って来なかったことを思い出しました。
ですが“本を読みたい”という欲望に忠実なまま、
彼はとにかく自分の手で抱えられるだけ本を借りて家へ帰って行きました。
こうして、彼と彼の読書の月曜日は暮れて行きました。
 家へ戻ると、彼は酷い頭痛を感じました。それは、重たい思いをしながら
沢山の本を抱えて図書館からの道程を帰ってきたため、殆ど食事も取らないような
普段の生活ではあまり使われていない腕や足の筋肉が硬直して、
それらの筋肉へ通う血液の流れが滞ってしまい、
脳に循環する血液や酸素までもが欠乏したためなのか。はたまた、
図書館へ向かう途中に遭遇した事故、自転車に衝突され転んだ時に、
どこか打ち所が悪かったために、その後遺症として脳波や頭の筋肉に異常が生じたのか。あるいは、
借りて来た本以外にも、読みたい本がまだ図書館には山のようにあったことを
仕切りに考え過ぎたためなのか。
いずれにしても、マクタル・イーマを襲った頭痛は、
それまでの彼の生活の中で経験したことのないような痛みでした。
   
「…苦しい、休みたい。でも、もっと本を読みたい、苦しい…」
 それでもマクタル・イーマは、借りて来た本の山に痙攣している手を延ばし、
その一冊を取り、机に腰掛けました。彼は、決して休むことなく、それどころか、
自分の生涯を掛けてあれほどの量の書物を読んでいながら、
今、自分自身の肉体に起こっていることが何なのか? 
一体、何が原因で、それほどまでに重い頭痛がするのか? 
マクタル・イーマにはまったく解りませんでした。
 ただ、陽も暮れて来たせいか、カーテンを開けていても部屋の中が暗く感じたので、
いつものように蝋燭を点そうとする彼は、ようやく、自分の身体の異常な事態に気がつき初めました。
 マッチを擦る手元が震えていたことはもちろんですが、幾らマッチを擦っても火が点きません。
   
「きっと湿気てるんだな…」
と、マクタル・イーマは、自分を信じ込ませるように、マッチ棒を一本、二本、三本、
四本、五本、六本…と摘んでいる指に、確かにマッチ棒が燃える熱を感じていました。
そして自分の手でマッチを擦る音も聴こえていましたし、
鼻に刺す硫黄の匂いもしっかりと感じていました。
ですが、いくらマッチを擦っても手元が明るくなりません。
 なんと彼は、眼が見えなくなっていたのでした。
 やっとそのことに気づいた読書の馬鹿、マクタル・イーマは、両手で眼を抑えると
悲鳴をあげました。そして何度も何度も自分の眼を擦りながら、その闇に眼を凝らし、
時には本に鼻っ面を当て、また何度も何度も自分の眼を擦りました。
しかし彼の眼は生涯、光を失い、二度と今までのように本を読むことはできませんでした。
    
 数年後、とある盲学校の一室に、きれいな白いシャツを着た男が独り、
大きな白いテーブルに向かい、背筋を延ばして坐っていました。
テーブルの上には何冊かの本が置かれていました。
彼は、開いた本にゆっくりと指を滑らせていました。
 黙々と点字を読む人、マクタル・イーマは、
かつて一度、本が読めなくなってしまったことに絶望しましが、
点字を習った今では、再び読書ができる毎日を送っていました。
それでも決して、スラスラ、ガツガツと、以前のように読み進むわけには行きません。
眼の不自由な彼はこの時にして、一冊一冊に綴られた一頁のその一行一行に書かれている、
その一文字一文字の内容を、よく理解しながら読むことを覚えました。
 ですが、きれいな白いシャツを着て、無理やり背筋を延ばして本を読んでいる姿は、
マクタル・イーマ自身、“眼が見えるフリ”をしていただけでした。
 ある日、そんな彼が、黒い醜いサングラスをかけ、“眼が見える人”のフリをして街を歩いていると、
後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえてきました。
「こんにちは、マクタル・イーマさん」
 それは、読書の神の使者、ジャーキー・タケルでした。彼は相変わらず黒衣を着ていました。
眼の見えないマクタル・イーマは、おそらく今でも、彼が以前と同じ服装をしていると、
そのイカれた頭の中で想像し、そして云いました。
「やあ、ジャーキーさん、お久し振りです。お元気ですか? それにしてもあなたは、
その黒い衣がお似合いですね。とてもセンシティヴだ…」
 ジャーキー・タケルは、自分の息を止めて、サングラスの向こうに浮かぶマクタル・イーマの眼を
覗き込むように見ました。ですが、それに気づかず、
ただ前を向いて呆然と立っている彼の眼が見えないことを悟ると、
今度は卑怯にも彼の後ろに回って云いました。
「以前、あなたにお貸しした本は いかがでしたか?」
 マクタル・イーマは今の自分の眼が見えないことを悟られまいと、
不自然な動きで慌てて彼の方を振り向いて、
「え、えぇっ、とても楽しく読ませて頂きました。その節はありがとうございました。
…ただ沢山借りていたので読み終えてから返しに行く時も、とても重たくて大変苦労しました」
 ぬけぬけとその台詞を吐くマクタル・イーマは、今では、暗闇の中で
何とか一日を過ごすことに慣れていましたが、自分自身が初めて、
昼も夜も区別のない闇を彷徨い歩き、
やっとの思いで図書館へ辿り着いて借りた本を返却した日のことを想い出していました。
それでも彼は、眼が見えるフリを装い、脳裏に浮かぶ想いを掻き消すかのような強張った表情で、
「どうです? このサングラス、舶来品なんです」
「そうですか、とてもセンシティヴですね」
「はい、先週の木曜に読んだ本の付録に通信販売の広告が挟んでありまして、
それを見て気に入ったので購入しました。あちらの国ではとても流行っているようです」
「そうですか。…ところで、マクタル・イーマさん、先週の木曜日と言えば、その日、
私が見た夢の中にあなたが出てきましてね。白い杖を持ったあなたが
頼りなさそうな赴きで歩いていました。そうそう、確かぁ、
そんな形のサングラスもかけていたかも知れません」
 その言葉にマクタル・イーマは動揺し、すっかり気弱になってその場を立ち去ろうとしました。
ところが、しつこく嫌味な男、ジャーキー・タケルは、
「どうしたんですか? 何か気を悪くされましたか、マクタル・イーマさん。そうだ、
今日は是非あなたにお渡ししたい物があるんです! これなんですがね…。
この本のお陰で、私は長年に渡って悩んでいた後頭部の頭痛を解消できたんですよ。
きっと今のあなたにもお役に立てると思いますよ。もしかすると、その逆かも知れませんがね…。
とにかく、どうぞ…」
そう云い残したジャーキー・タケルは、盲人の手に一冊の本を預け、来た道を戻って行きました。
マクタル・イーマは突然に手渡された本に触れ、そしてその驚きを隠せませんでした。
 彼に渡された白い一冊は、すべて点字で書かれてあったのです。
 彼は、表紙の点を辿りながら、そのタイトルを声に出して呟きました。
「シゼン、シゼント、ニン…ゲン、ニンゲンノ…セッケ…イ、ズ。
…ああ『自然と人間の設計図』という本か。ふん、今までに読んだことはなかったか?」
 本の黴のような男、マクタル・イーマ。彼は、自分自身が、いつどんな本を読んだか・
ということさえ覚えていないほど、何一つ ろくに内容も理解せず沢山の本を読んできたことを想うと、
かつて眼が見えていたことを有り難く感じ、反面、今の自分を思うと、とても辛くなり、
その光を失った瞳から零れる涙の味を噛みしめました。
 ジャーキー・タケルから譲り受けた白い本を持って家へ帰ったマクタル・イーマは、
早速、指で読み、その内容の一つ一つの理解に努めようとしました。ところが今度は、
その本を開いた手で、その一頁に綴られた一行一行、一文字一文字を辿る指が次第に動かなくなり、
遂には強張った手に激しい痛みが走る感覚を覚えました。
「こっ、これはどうしたことかっ!? なんだ!」
 次の瞬間、彼は突然、後ろ向きに倒れ、意識を失ってしまいました。
 数時間後、手の痛みに目を覚ましたマクタル・イーマは、一瞬、自分の身体を疑いました。
なんと、眼が見えるのです。
「…夢なのか?」
 それでも、両手の指先に感じる鋭い痛みに気づいた彼は、それが現実であることを知りました。
そしてその眼で自分の両腕の先を見た時のことでした! 
 その指先に、それまで以上に激しい痛みが襲い、
しかもその指の一本一本が腐っていることを確認しました。
「何だこれはっ!?」
 そして再び、彼の視界は闇に包まれました。
 埃だらけの床に這いつくばるマクタル・イーマは、苦しみ堯きながら白い本を探しました。
そして彼は左手で右手を掴み、その腐った筋肉の指先を抑えながら本の中へ押し当てると、
白い本の一行一行を真っ赤に染め、その一冊を読み続けました。
 その夜、彼は、最期の読書を終え、それまでの人生を反省しつつ、永い眠りに就きました。
   
 ついさっき息を引き取ったばかりの肉体。その生暖かい一つの屍にたかる無数の蚊。
その上を何匹かの螢が飛び交い、暮れて行く、夏の夜の出来事でした。
   
  
               THE END ・・・・と云いたいところなんだけど…
   
   
   
「おい、なんだかこの血、鬼のようにマズかぁねぇか?」
「ああ、死んだ人間の血だからな…」
「けっ、そりゃマズイよ。あとでクリスチャン・スピットルーズ さんに叱られるぜ」
「誰だ? そいつ?」
「ほら、吸血鬼のあの人だよ」
「…ああ、奴か。あの、虫歯だか知覚過敏に悩んで、それで生血が吸えねえからって
毎週木曜日に献血車で街を巡回して採血パックにストロー刺して俺たちのマネしてる奴。だろ?」
「うん。“死臭の漂う血は命取りになる”って、お前、パートⅠの映画、観なかったの?」
「観たよ。それで体が腐っちまって、淀んだ河のカエルだの蛇だの、そいつらの血を吸ってたよな。
でも甦ってたぞ」
「ああ、あれ凄かったなぁ、タマゲタよ。キッドマンの前の旦那さんもやるじゃん!て…。
同じ吸血仲間としてシビレたぜ。俺ならお陀仏だったかもな…」 (この蚊は段々青くなる
「な、新聞記者の、赤いスポーツ・カー乗って、夜のブルックリン橋を滑走してたな。最期に」
「え?、あれ、ブルックリンだった? 
バックに Guns N’Roses 悪魔を憐れむ歌 が流れてたとこ?」

「たぶんな」

「…まぁ、どうでもいいけど、俺まだ死にたくねぇよ。
ちゃんとした生きてる人間の血、もう一回 拝みてぇ…とほほ…」
「大丈夫、俺たちはドラキュラや蝙蝠じゃない。ただの蚊だろ、蚊。
お前、水溜りボウフラ学校でちゃんと勉強しなかったの?」
「いや、俺は、茂みの藪陰学校だったから…」
「ああそぉ、あそこ、ド田舎だからなぁ。教えてねぇかもな。そっかぁ…」
「…都会のボウフラ学校じゃ教えてるのかよ」
「ああ、そんなの常識だよ常識。水溜りボウフラ学校では卒業すると、
ドブ底ヘドロ養成講座も選考できるんだぜ」
「なにそれ?」
「ボウフラから五体満足、いっぱしの蚊に成虫した奴には、
都会の一番汚いドブ川のヘドロのとこまで跳んで行って、
そこで待ってるメスの蚊と交尾して、
そんで そのヘドロの中へまた、ボウフラ学校を拡張するんだ。勲章も出るぞ!」
「へ、そうなの? そんなのあったの? はじめて聞いた」
「ほれ、見てみろよ。俺も持ってるぜ、勲章ぉ」
「ええっ、お前その若さでもうぉ、メスとやったの!?」
「お前まだなの?」
「・・・・」
「へっ!? お前まだヴァージンだったの?」
「余計な世話だ、クソッ。…俺の親父は新宿ヴァージンMSの裏の側溝うまれダゾ…(ブツブツ)」
「…無理もねぇか、茂みのヤブカゲ学校じゃな。でもあそこ、いい先生いるって聞いたぜ。
スグやらしてくれるベッピンのメス蚊の先生がいるって、水溜りボウフラ学校じゃ評判だったぜ」
「いや、あの先生、山へ柴刈りに来た人間の爺さんが腰に下げてた蚊取り線香ってヤツ、
あれにやられて死んじまったよ…」
「え、いつぅ? だって学校の先生だろぉ? そんな煙、避けられなくてどうするよ!」
「実はやってた最中だったたらしい。…一緒にいたのが俺のクラスメイトだった」
「あ、やっぱり生徒とやってたんだぁ」
「まぁな…」
「まあなって、お前はチャンスなかったの? 一回も? その先生と。」
「いや、その翌日、川辺の葉っぱの裏で隠れてやる約束してたんだ…」
「・・・・。なんか悪いこと聞いちまったな。すまねぇ」
「別にいいよ。終わったことだし。それに…」
「?。それに・なんだよ?」
「別に…」
「モッタイぶらずに云えよぉ。この際だ、聞いておくよ」
「実は明日、竹薮湿地帯学校の女生徒と約束してるんだ」(ニヤケテいる
「ええっ! スッゲェッ! お前、あの一流メス蚊学校の生徒とできるのぉ?」
「ああ、まぁな」
「こりゃ参ったぜ。俺なんか何回も、竹薮湿地帯学校の門の前で勲章チラつかせて
ブンブン飛び回ったけど、何回もフラれたぜ、あそこのメス蚊には…。お前ラッキーじゃん!」
「まぁな」
「で、どうやって口説いたの? 教えて?」
「んなの、どうってことねぇよ。それよりホントに大丈夫なのか?」
「何が?」
「死んだ人間の血なんか吸ってもだよ!」
「だから云ったろぉ、なんともねぇよ。俺たちはただの蚊なんだって。
それこそ犬や猫しかいなくて、マズイけど我慢しなきゃなんねぇこともあるけど、
きったねぇ汚れた人間の血がイチバン美味いだろ。死んでたって まだ温かかけりゃ 大丈夫だよ。
スグに血が固まって俺たちの管が詰る心配もない。それに生きてねぇから、
パチンッて叩かれる心配もない。な、心ゆくまで堪能できるってもんよぉ。どうだいっ?
まぁ云うなりゃぁ、”極楽蚊蜻蛉、今日も行く”ってとこだな。」 (どうやら江戸っ子の蚊・らしい
「…それもそうだな」
「そんなこと気にすんなよ、な。」
「よし、どうせクタバってるんじゃ、痒みもねぇだろ、
この際だ、おもいっきり毒を流し込んでやれ!」
血を吸い上げる食事用の管とは別の管で、ジョジョーッ!
「ああ、気持ちヨカッタぁ。…どうだい、お前もやってみねぇか? てんでスッキリ来るぜ!」
「お、そうか?」
「おう! バッチリよ。ほら、そこんとこ、まだいくらか柔らかそうだから、やってみな」
「よぉしっ、んじゃぁ一発お見舞いスルゼ! Let's Start Me Up !
別の蚊も、血を吸い上げる食事用の管とは別の管で、ジョジョーッと毒を流し込む。
  
 
            The Rolling Stones  
  
           
Tattoo You
    
「な、いい感じだろ?」
「…あぁ…ゲップ、ウィっとぉ。…なんだかハイになってきたぜ」
「…ハエなんか飛んでねぇぞ、さっきから俺たちの上とんでるのは蛍だろ。大丈夫か?」
「お前こそ大丈夫かよ。蝿じゃねぇ、Highだよハイ」
「ああ、ラリってたのか。…そうだな俺も気持ちよくなってきた。ああぁ…あ~…」


こうして、自分達の持っている毒という毒を搾り出し、
腹いっぱいに屍の血を吸い上げた無数の蚊は、その重たい身体でヨロヨロと宙を舞い、
ヒンヤリとした窓硝子へ張り付きました。
その向こう側、暗い窓の外にも転々と、蛍の灯りが覗ける夏の夜は暮れてゆきました。



                   おしまい。
   
   
                                               
・・・蚊はローリング・ストーンズとか聞かねぇし、唄わねぇし、そんな会話してねぇ。
だいいち、血を吸うのはメスの蚊じゃねーの?
                                            
   《 情 報 》
超音波で蚊を撃退する”殺虫スプレー”付きのフリーソフトがある。
ダウンロードしてパソコンに常駐するタイプだが案外キキメがある。
「使いすぎに注意」と”取扱説明書”まであって親切。         
 2005-07-17 20:34:47