経済連携に対する基本的な考え方について | 東祥三の本音でズバリ!

経済連携に対する基本的な考え方について

~第三の転換期を乗り切るために~

平成23年11月

衆議院議員
東  祥 三


●2011年においては、100年に1度といわれたリーマン・ショックによる世界経済の混乱の回復途上において、1000年に一度といわれた本年3月11日の東日本大震災の発生や福島原発事故、更には、不安定な欧米経済の影響を受けた超円高など、我が国の経済・社会はこれまでに経験したことのない困難に直面した。このことは戦後66年を経て、我が国が今、改めて時代の分水嶺にさしかかっているととらえられる。

●この時代の大変化の最中、我が国が、今後ともこれまで先人が営々と築いてきた一流国としての地位を保持し、国民が豊かな生活を将来にわたって享受し続けることができるか、あるいは、少子高齢化の進展の下で国内経済の縮小の流れを止められず、極東の一地域国に転落していくかは、世界を覆いつつある大きな潮流に対してどのような対応をとるかにかかっている。

●即ち、グローバリゼーションの進展の中で、中国をはじめとする新興国経済の存在感が益々大きくなるにつれて、各国は、こうした経済パワーをいわば内需の一つとして取り込み、国富の増大と国民生活の豊かさ向上に全力を投入している。韓国の例を見るまでもなく、各国は、国家の大方針として国内の痛みを覚悟しつつ、米国やEUとのFTAをはじめ主要経済パワーとの連携に余念がない。つまり、価値を共有する国々とは積極的に垣根を低くし、官民一体となって経済連携を高度にしていくことでWin-Winの関係を拡大しようというのが、現在の大きな流れである。

●通信技術や輸送の技術の進展とも相俟って、グローバリゼーションの流れは拡大深化し、好き嫌いに関わらず、各国としては、いち早く対応していかざるを得ない。将来にわたって持続的に競争力を維持しつつ、現在の豊かさを享受していくには、経済を成長させ分配の源資を確保していかなければならないが、国内での閉塞感が益々強まる現状においては、一刻も早く、国を開きヒト・モノ・カネ・情報・技術の交流をより活発にしつつ、内に取り込んでいくよう、環境を整えることこそがカギとなる。現実には、我が国においては、近年デフレが全く改善されない中で国民意識が内向き指向を強め、国内でのみ公平性を重視する傾向が強まるようになり、結果として益々全体の競争力が衰え、世界の潮流から取り残されつつある(IMDランキング2010年:27位)。結果、国内での分配の平等を求める余り、逆に富の源泉が将来に向けて細ることとなるとともに、閉塞感が高まり、生産現場の海外移転をはじめ、富の再生産を担保するヒト・モノ・カネ・情報・技術が益々、一方的に流出するスピードが速まっている。こうしたトレンドは大変深刻であるが、「空洞化」の流れに積極的に立ち向かい、競争力を維持し国内の雇用の場を守るため、今のうちに国を開き、官民が一体となって外からヒト・モノ・カネ・情報・技術を積極的に誘因していく競争に参加しなければならない。(これこそがTPPの基本的理念)これがなければ、成長はおろか大震災や原発事故からの復興・再生すらもおぼつかないのである。こうした努力の過程では、従前、国境に守られ、国際競争からは取り残されてきた産業、例えば農業においても痛みが伴うが、将来の生き残りをかけて果敢に打って出ることが求められるであろう。

※我が国の農業については、毎年2兆円以上の国家予算を投じ、多額の補助金によって農業の保護を行っているがその効果はあらわれず、2000年前後を境に農業総生産及び生産性は下落傾向が止まらず、国費投下の割合が低いデンマークの1/5程度にとどまっている。(別紙参照)一方、政府の試算によれば、TPPの経済効果は10年間でGDP2.7兆円にのぼるとされているが、間接効果を考慮すればこれを大きく上回るであろう。

●こうしたことを踏まえ、私は、TPPへの対処方針を判断するに当たり次の3つの視点を考慮すべきと考える。ひとつは、世界の潮流にうまく乗ることが国富の増大に結びつくかである。確かに製造業と農林水産業との意見対立に見られるように、単純に見ればメリット・デメリットが相反するように見える。しかし、国民生活の豊かさを確保するとの観点からは、これらの議論はあくまで供給サイドの事情に偏り過ぎており、しかも団体・組織の維持に関心が集約されているきらいがある反面、生活者・消費者の視点が欠けている。例えば、コメをとって見ても、安全性や食糧安保の問題はあるにしても、関税率は778%を維持しており、これに関わる職員もなお約3万人を下らない。消費者はいつまでこのコストを負担しなければならないのか。安価で良質な財・サービスを入手できるという消費者利益を加味すれば、自ら方向性は明らかになるのでないか。

 ふたつめは、安全保障の視点である。経済連携の仕組みといえども、国際政治の安定性とは無関係ではない。国の自立と自己責任の貫徹こそが国家存続のインフラともいうべきポイントである。しかし現実は、我が国のエネルギー・資源を確保する上でも中東からのシーレンの大半を米第七艦隊に守ってもらっているのである。現在の状況は、米・中など大国間の力関係の変化に伴い、我が国にも国際政治大変化の「津波」が押し寄せている。我が国は地政学的に見て、こうしたスーパーパワーの間に位置しており、立ち位置を明確にしない訳にはいかない。そうした背景において、中国は軍拡に突っ走っている。それに対処するためEUにおけるNATOの如く、日米を基軸とする安全保障の強固な枠組みがアジア諸国からも求められているのではないか。こうした中、政治と不可分の経済的側面においてより強固な枠組みを確立するため、共通の価値観とルールを有する国々が連合し、制度を確立して新興勢力、就く中国のパワーを内部に取り込むように拡大深化に向けて努力していく方向が求められる。こうした経済面での自立が確保できなければ、安全保障のもうひとつの側面である、文化や伝統といった国家の構造に関わる要素の護持もかなわなくなるのだ。

 最後に、こうした仕組みあるいは副作用の最小化に対する国の役割である。自由経済体制の下、民間の取組みに国がむやみに手を出すことは望ましいものではないが、国民理解の推進、国際関係や制度のハーモナイゼーション、一方において、安全・安心を保証する取り組みなど、国の果たすべき役割は益々大きくなる一方である。そもそも、内政面でも様々な副作用を軽減していく場面で国の役割は大きいことは当然である。現実に各国とも国が前面に出て改革を主導し、対策を講じてきている。こうした競争に互していくためにも、官民が一体となることが不可欠であり、国はこれまで以上に経済成長を念頭においた意識改革・構造改革を主導していく姿勢が求められるのである。

●他方、こうした痛みを伴う、先進国間のマルチ連携ではなく、成長著しい中国をはじめとした新興国と2国間でEPAを締結するほうが実利が得られ、副作用が少ないという見方もある。しかし、産業構造が相互補完関係にある先進国間の連携を深化させてこそ、消費者利益の観点からはよりメリットが大きいと考えられることに加えて、中国等については、日米合わせれば、GDPで比較すれば対中国比で4:1程度になる訳であり、共通のルールの枠組みに取り込んで相互に利益を求めていくほうが総合的にメリットが大きいと考えられる。現にAPECにおいて自由貿易の枠組みとして共通目標とされているFTAAPについては、ボゴールあるいは横浜等政治宣言はあるものの、中国の扱いを巡って様々立場が異なり、具体的な進展が見られないのである。また連携の結果生ずる副作用に関しては、得られた利益を国が吸収して対応策の源資を確保し、具体的な措置を講じていくことによって克服できることに加え、国が主導して時代遅れとなった各種規制を見直す一方で、個別対策を実施していくなど国の役割は益々大きい。

●現時点で拙速に交渉に参画せず、9カ国での協議が整い大枠が固まったところで、我が国の事情に照らして参加の可否を判断すべきとの見解も多いが、むしろ大枠の協議のタイミングでこれに参加し、いわばルール作りの段階から能動的に活動する方が、我が国の具体的な事情も反映される可能性が高く、メリットがより大きいと考えられる。通例、参加が遅れれば遅れるほど、不利益を克服してキャッチアップするのにより大きなコストがかかるのであって実際、判断を先送りする場合にも、少なくとも確たる見通しとそれに当たる戦略を有していなければならないが、今の議論は、単に目先の困難を回避しようとしているに過ぎず、結果として益々困難な立場に追い込まれ、じり貧に堕する可能性も大きいからである。一刻も早くそうした交渉の主要メンバーとして参加し、語弊はあるが手練手管の限りをつくして実利を獲得していくべきである。

●以下、個別にTPPのメリット・デメリットと副作用の解決方向を示す。

1 製造業

  【メリット】関税徹廃による輸出増、貿易円滑化等による流通コスト削減
  【デメリット】外資参入等による競争激化
  →我が国の中小企業の技術力は世界でも高く評価されているところであり、現在は競争力のない分野であっても、産業所管官庁を中心として政府が強くサポートすることで、我が国産業の更なる飛躍が期待できる。

2 農林水産業

  【メリット】衰退する農林水産業の再生に向けた業界の意識向上
  【デメリット】安価な農産品等の流入による既存事業者への打撃
  →TPP協定が発効されても直ちに関税が徹廃されることにはならないと考えられるところ、関税徹廃までの期間に農林水産業の国際競争力強化を図り、それでもなお、輸入急増による国内産業への打撃が生ずるおそれがある場合は、TPP交渉でも議論されているセーフガード措置を発動する。

3 金融分野

  【メリット】世界の金融市場に我が国企業の積極的参画、競争、新技術導入を促進
  →国内市場の資金不足が生じないよう、日本銀行の金融政策を万全に期すことによって市場に潤沢な資金を供給する。

4 医療・製薬分野

  【メリット】製薬承認にかかる時間削減などのコスト削減
  【デメリット】混合診療の解禁や外資の医療参入による医療への不安増大
  →現在、TPP協定交渉では公的医療保険制度は議論の適用除外となっており、政府もTPP交渉に参加する場合は、安心・安全な医療が損なわれないよう対応すると表明。

5 雇用問題

  【メリット】優秀な外国人労働者の確保
  【デメリット】外国人労働者の流入によって、日本人の国内就業機会が奪われる。その他、治安の問題
  →TPP協定交渉では単純労働者の移動は議論の対象になっておらず、政府は外国人労働者の流入が容易になるような事態は考えられないと表明。

6 士業等サービス分野

  【メリット】規制緩和によって医師や弁護士といった国内で不足する専門家について、海外の優秀な人材を獲得できる機会が広がる。
  【デメリット】資格の相互承認を認めると、外国人専門家が大量に国内に流入するおそれがある。
  →TPP協定交渉では資格・免許の相互承認を行う可能性を念頭に検討されているものの、直ちに相互承認を義務化するものではなく、交渉に参加するとしても、政府は個別の資格・免許の相互承認を行うか否かについて、国家資格制度の趣旨を踏まえ、我が国が主体的に判断すると表明。また、実質的に日本語という参入障壁は存在。

●危機・困難の時こそ、意識改革のチャンスでもある。今回の大震災や世界情勢の激変は我が国近代以降、明治維新の開国、第二次大戦敗北による国の壊滅的打撃といった困難に匹敵する危機ともいえる。しがらみが多く、閉塞感が充満しているが、反面、歴史的に大変動が進んでいる時代に、いかに自らを変革に踏み出すことができるかが正面から問われている。ただし、TPPなど経済連携に積極的に参画することにより、当然の結果として、競争がさらに促進され、それに伴う副作用も顕在化しよう。例えば、国民が暗黙の前提としていた安全性や製品の信頼性について価格などの関連で必ずしも従前のとおり確保できない可能性が生ずること、あるいは、中長期的視野に立った企業経営や製品開発の考え方が否定され、短期的価値の追求が前面に出る傾向が生ずることなどによって、我が国の企業活動の特徴とされた、安定性や高いレベルでの均一性が(あるいはそれらへの信頼)が崩れていくことが懸念されるところであろう。しかし、これらは我が国の状況が特異的なものであって、交流が深化すればある程度平準化していくことは避けられない。国がこうした変化による弊害を回避すべく、より大きな役割を果たしていくこと(教育、治安、事後検査体制等)で両者のバランスを模索していくことが肝要である。

●この間、与党においてもTPPなど高度な経済連携に対する我が国の対応について大議論が行われてきた。そこでは、数多くの観点から賛否の意見が展開されてきたが、政治主導を標榜しながら残念なことに、国益を正面に据え、その実現のための戦略を巡るあるべき議論はほとんど見られなかった。特に慎重論はほとんどが、いわば米国の「属国」ともいうべき意識から抜けられず、個別の対症療法的な駆け引きや責任転嫁に終始しており、ほとんど建設的な成果は得られなかった。このことは政府においても大差はなく、関係各省は、省益にのみ依拠しているようであり、こうした本来の国家戦略を扱う、国家戦略担当大臣(室)は全く姿が見えない。しかし、こうした姿は、国としての土台の確立を度外視し、冷徹な状況判断もなく、あえて表面的な方法論にのみ意識を限定しているという、倒錯した態度というべきである。政治に求められるのは、物事の本質を見極め、冷徹な状況認識を基に、優先順位と戦略を確立することである。方法論はそれらの実現手段であって論ずる順序は最後である。

●国民の多くが現状に安住し、ただ隣人と等しからざるのみを憂い、全体が沈没するに無頓着であることに加え、指導的立場にある者もひたすら自己保身に執着し、国や共同体の行く末を顧みることとなれば、国家の没落はいとも簡単であろう。このことは、古くはローマ帝国の滅亡が外圧ではなく、実際に内部のローマ人自らの姿勢の変化にあるとされることが想起されるところである。冷戦末期のソ連等も本質的には、こうした実情が崩壊の原因と見られるのである。最近のEUの一部の国の混乱原因も同列に論じられよう。

 国家の没落のスピードは実は極めて速い。我が国が将来、そうした途をたどらないためには、自己責任の意識を確立し、国家の(経済的)自立を持続的に確保し、世界の信頼を得続けていくことが何よりも肝要であり、そうするために世界の潮流に則りTPPの原則を積極的に受入れ、価値とルールを共有する国々との共生の途を探ることが是非とも必要であろう。

 このことは、現状に安住するという一見楽ではあるが長期没落の途をたどるといった姿勢を改め、国民をあえて痛みを伴うものの途を確実するよう決断させることが必要とされ、まず大震災からの復興・再生、更にはその先の成長を視野に据えた意識改革を推進しなければならない。
そういった意味では、TPPは現代の「黒船」であって、今はそれに対処する上で国民レベルで覚悟を示す、当面のラストチャンスでもある。今こそ、政治が国のあるべき姿を広く国民に指し示すという本来の役割を果たすべき時期であろう。