午後5時30分日が西に傾き、野球部の威勢のいい掛け声や女子生徒達が声を合わせてランニングをしていた。その同じ時刻梅枝高校のある教室では、2人の女子生徒が見つめあい互いの唇を重ね合わせようとしていた。その様子をドアの外から見ていた女子生徒がいた。1人はメガネがトレードマークの優等生村雨純夏。もう1人は中学時代から純夏の親友である風間汐。見てはいけない光景を見てしまい、思わずドアの影に座り込んだ2人。すると不安そうに汐の手が純夏の手に触れ、ほのかな想いを寄せていた優等生の心は揺さぶられた。(出足としては非常に良いと思います。女子生徒のあこがれと恋愛感情の絡み合いをきちんと表現しています。これが女子高じゃなくて共学というのも、結構面白い設定ですよね。ここからどこまで登場人物をほりさげられるのかがポイントだと思います。)



  翌日午前中の授業が終わり昼休みに突入した。男子生徒達は、一目散に昼食を買いに走り女性教師の注意を受けていた。「風間、風間お昼!」一緒にご飯を食べようと声を掛けた純夏。「あれもうお昼じゃない。」ボーっとしていた汐は全然気付かず、ようやく声を掛けられ我に返るとマイペースで食いしん坊のクラスメイト鳥追きよりを含め3人で、校舎の外に出て一緒にお弁当を広げた。「あーあどうして女の子同士で愛し合っちゃいけないのかしら?」汐には憧れの女子生徒がいたが、世の摂理には反していることに疑問を持っていた。「えっ今なんて?」「やっぱりね。また風間の病気が始まった。」きよりには驚天動地の言葉だが、純夏はいつものことだと冷めた目で言葉を聞いていた。それには訳があり以前入学試験の面接時、入学志望の理由を可愛い女の子が好きと答えていた。もう中学時代から続くある意味病的な行動だった。(きよりちゃん撃沈!可愛い子が好きということは、汐の中では可愛くないってことなんですね。ほんのわずかな時間で冗談半分にせよ可愛そうです。まあ女の子が女の子を好きなるってよくありがちですけど、それはそれで奇麗なんですよ。だから物語で見るのはいいですね。)



 放課後汐は図書委員として、本を借りる生徒の受付の仕事をこなしていた。その隣に座る先輩綿木千津香が書く美しい文字に見惚れ、生徒からの所在確認の要望も慌てて対応するほどだった。「では返却は20日になります、ありがとうございました。」千津香も本屋の店員のように礼を言った。そんな自分はおかしいと思わず笑っていた。「いえ変じゃないです。」否定する事無く慌てて肯定する汐。千津香こそ憧れの恋する女子生徒なのだ。テンパリながら少しでも喜んでもらおうとする姿を純夏は、冷めた目で本棚の影から見つめていた。夜、空手道場を営む自宅に帰宅した純夏。「お弁当は何がいいですか?」母親から翌日の要望を聞かれ「タコさん・・・・いや何でもない。」汐が食べていたタコさんウィンナーを頼もうとしたが、直ぐに撤回した。同じ物を考えたものの気が乗らない。「あーあやれやれだ。」2ショットの写真が飾られる自室で、思わず想いが伝わらないつらさを洩らすのだった。



 翌日の昼休み、純夏がお弁当に「タコさん」ではなく「蛸」が入っている事を知りキョトンとしている一方で、汐は昨日の千津香の言動を嬉しそうに話していた。「彼氏とかいるんじゃないの?そんなに可愛いなら。」のろけまくる汐に釘を刺すように、純夏の嫉妬を含んだ言葉が飛んだ。「いないもんそんな人。」舞い上がっている親友にとって、他人の存在は信じられない。「どうせ自爆するだけでしょ?1人で盛り上がって勝手に思い込んで、結局断られるんだからいい加減止めればいいじゃん。」過去と同じ勝手に舞い上がって、相手も好きだと思い込んで断られる自爆行為を繰り返すだけ。純夏の冷たく言い放つ言葉が場の空気を険悪にした。「そうそう風間さん美人だし、彼氏だっていくらでも・・・・・・」きよりがフォローするが、完全に否定された汐はそのまま立ち去ってしまった。「純ちゃんのバカ。」放課後図書委員の仕事をしていても、汐は未だに引きずったままだった。そんな時隣に座る千津香の手が震えながら、目の前の男子生徒に対し「返却は21日になります、ありがとうございました。」またありがとうと言った。(凄く人間の嫌な部分を表現していると思いました。想いを伝えきれない純夏が、楽しそうに話す汐に冷や水を浴びせる嫉妬心が、ああいう言葉になったと感じました。非常に心に訴えるいい作品ですね。百合だけどこれは男女関係なく恋愛のつらさや切なさや人の黒い部分が表現されています。)