つながり | ひとにぎりの星の下で

ひとにぎりの星の下で

空の神秘について、ひと一倍興味があるのに、天体のことを何一つわかっていない。でも、夜空の星を見上げるときはわくわくする。地上のみんなに幸せが降り注ぎますように。
短編小説とエッセイを、載せていきます。

$ひとにぎりの星の下で


小さな事務所を、やっとの思いで、恵比寿のはずれにかまえた頃まもなく、一軒のコンビニが近所にできた。
中国人夫婦が経営していて、昼間は奥さん、夜から深夜にかけては旦那さんが交代で店番をしていた。
学校を終わった小学校の子供が、店番をよく手伝っていた。母親から何かを窘められたのだろうか、涙をこらえてレジの前に立っていたのを見かけたこともある。
何かなつかしい、自分の子供の頃の「家族」を見るような思いだった。
都合で事務所を移転しなければいけなくなった私に
「社長さん、寂しいね。うちの売り上げ減っちゃうよ!」
っと笑って見送ってくれた。
何時の頃か、誰から聞いたのか、彼らは私を、「社長さん」と呼ぶようになっていた。

あれから何年経ったのであろう、通りがかりにに懐かしく思い立ち寄った店には、丸顔の奥さんが変わらずにいた。
びっくりした顔を向けて、機関銃のように世間話をはじめた。
この大競争時代に、店を続けてやっていけていること、その場所に今もいてくれていた事を、素直に、嬉しく思った。
特に用事はなかった。ブラックの缶コーヒーを一本買って帰ろうとしたとき、「社長さん、ちょっとまって」っといいながら、何かメモのような紙を持ってきた。
「あのね、これ、おかしいところがないか、ちょっと添削して」
中国に進出した日本の有名な企業への入社を希望した、自己紹介文であった。
誰か知り合いが、応募するのであろう。彼女はしきりに自分がおかしいと思った箇所を説明して、私の意見を求めた。

偶然訪ねた自分ではなく、他に誰かがいたであろうに、と思いながらそのような大切な文章を私に見せてくれた事に、奇妙な喜びを感じた。
独立して、社会に対して大事な一歩を、同時期に、踏み出し始め「お互いがんばろうね」っと、声をかけ合ったあの時からのつながり。

覚えてくれていた事よりも、「その場所に、よくぞいてくれた」ことへの感謝が大きかった。
「またよってね。」
隣のビルにいた頃と同じ言葉で送り出された戻り道、冬の夕暮れの懐かしい風景の中で、飲みかけの缶コーヒーの最後の一口がほんのり甘く感じた。

(了)

第3回オリジナル小説書いたよトーナメント 参加