龍宮の神のもとへ 《前編》 | 天川 彩の こころ日和

天川 彩の こころ日和

作家・自然派プロデューサーである

天川 彩(Tenkawa Aya)が

日々の中で感じたこと、出会ったこと、
見えたものなどを綴る日記です。

志賀島(しかのしま)。先日、福岡へ向かう飛行機の中から海神の島の全貌を目の当たりにして、胸が高鳴りました。この島に最初に訪れたのはいつだったのか、正確なところは覚えていません。ただ、縁あるところは通うことになっているようで…。




緊急事態宣言下ではあるものの、どうしても行く必要を感じ、トンボ帰りに近い状態でしたが、この島に行ってきました。


志賀島といえば、一般的には子どもの頃社会の教科書に出ていた金印(日本で出土した純金製の王印『漢委奴国王印』)が見つかった島として広く知られています。


でも、それ以上に重要なことは古代から続く海人・安曇族の本拠地であるといえこと。海神である綿津見(ワダツミ)の神の総本社である『志賀海神社』があるのです。



綿津見神とは、表津綿津見神、仲津綿津見神、底津綿津見神の三柱の神様の総称であり、綿津見三神は、古来より「海の守護神」「禊祓の神」そして「再生回帰の神」として知られています。


信州の安曇野や渥美半島など(あづみ)(あつみ)の地名がついた場所は、この安曇族の人々が移り住んで付けた地です。何故、安曇族が全国各地に移動したのかは、諸説あるようですが、今も安曇族直系の末裔の方が志賀海神社で綿津見神をお守りし続けています。


有り難いことにご縁があり、権禰宜の平澤憲子さんと親しくさせていただいている中で、復曲能『わたつみ』が志賀島神社本殿で行われる事を知りました。


復曲能というのは、かつて上演されていた作品が時代の流れの中で衰退。いつしか忘れかけられていたものが専門家の手を借りて、今の世に再び蘇らせることが出来た能のことです。


ちょうど今年の3月、観世流能楽師シテ方、鈴木敬吾さんの奥様から声をかけていただき『名取の老女』という復曲能を国立能楽堂で鑑賞しました。この復曲能は、数百年ぶりに復曲されたものだそうで、熊野権現と熊野権現に導かれた老女の東北が舞台となるお話でした。


その翌月となる4月、同じく国立能楽堂で、志賀島を舞台とした『わたつみ』の復曲能が行われた、という話を知りました。この復曲能は、志賀海神社に伝わるもので、観世流能楽師シテ方の片山信吾さんが5年かけて復曲。2017年に完成し、その年、志賀海神社で奉納し、福岡の能楽堂で初演。次に京都で。そして今年の4月に国立能楽堂で、という流れでしたが、いよいよ本拠地、志賀海神社で七夕祭薪能というカタチで、復曲能『わたつみ』再演のお知らせが。


私は何故か「海の神様が動かれる!これは行かなければ!』と直感的に強く思い、迷うことなく行くことにしました。



志賀島までは、陸路で行くこともできます。ただ今回だけは、海の神様から呼ばれてのこと。

海を渡って向かうのが筋であろうと思いました。


まずは志賀海神社へお参りに。

参道に並ぶ家の前には、七夕のお飾りが出ていました。



それも7月7日でも旧暦でもなく、8月6日から7日に七夕行事を行う風習のようで、故郷の北海道と同じで、何とも懐かしい感覚に。


志賀海神社は先にも書いたように「禊祓」の神でもあり、御塩井と呼ばれる清めの砂で自ら清めて参殿へ。



志賀海神社は、別名「龍の都」とも呼ばれており、龍宮の神の場でもあるのです。

七夕祭のこの日は、龍の絵が描かれた灯籠がいつくも並んでいました。



お参りを終えて、色々手配いただいた権禰宜様にご挨拶をした後、お宿に向かおうとした時、神社の法被を着てお手伝いをされていた男性が、

「薪能は夜だけど、夕方5時からご神事があるよ」と教えてくださいました。


私は一旦宿に戻り、5時に再び神社へ戻ることにしました。


宿は、島の北側、勝馬という地区にありました。



勝馬の浜は、かつて神功(じんぐう)皇后が三韓併合の折、この地で馬から降りられたことされています。


神功皇后は、海人族の長であり海の底に棲む安曇磯良(いそら)を待ちますが、なかなかやって来なかったので、この浜で篝火を焚き神楽を奉して呼び出します。磯良は、亀に乗ってやって来た折、龍神より借り受けた千球満球を持って来るのですが、その球を乗皇后に渡したことから、皇后は三韓を平定し無事に帰還したという伝説が残っています。


この勝馬は、志賀海神社の元宮となる表津宮(うわつぐう)・仲津宮(なかつぐう)沖津宮(おきつぐう)の3宮から成っていました。時代は定かではありませんが(2世紀〜4世紀頃)表津宮が、志賀島南側の勝山地区の現、志賀海神社境内に遷座され、仲津宮、沖津宮は摂社となっています。


調べると、沖津宮は浜の先、海に浮かぶ小島にあり、仲津宮は宿からさほど離れていないところにあることがわかりました。それも、中津宮は古墳であり、海人族の長のお墓だということもわかりました。


17時からの神事に参列する為には16時半に宿の前から出るバスに乗る必要があり、ほとんど時間はありませんでした。でも海の神である『わたつみ』の復曲能を鑑賞する前に、どうしても行かなければ…と思い、私は地図を頼りに中津宮古墳に向かいました。


              《後編》へ続く