今年18歳になる娘は
ゆとり教育とよばれる教育を受けて育ってきました。
それまでの
「つめこみ教育」を見直し
自分で生きる力を身につけていくため…という名のもとに
国が打ち出した教育に沿って
学校での勉強や、生活がすすめられてきました。
娘が小学校に入学したあたりから
完全週休2日になったのかな…
勉強内容も、私が学んできたものとは
ずいぶん違うのね~と驚いた記憶があります。
小学校低学年の授業の中には「理科」「社会」という教科はなくなり
「せいかつ」という教科書。
漢字や、算数のお勉強も
母が習ったものとは、変化しました。
競争をなくしましょう!的な風潮のもと
運動会では、勝ち負けよりも、みんな一緒に!
徒競走も、みんなで手をつないでゴールだったり
事前に、タイムをはかった上で、なるべく差が出ないように走らせたり…
学芸会の主役も、同じ役の人が同時に何人もステージに上がる。
「うちの子、主役なんです」の家庭が、いくつもあったり(笑)
それが、悪いことだと言うつもりはありませんが。
最近、ふと思うんです。
国は、一体どんな人間を育てたかったのかな…?って。
教え込む教育から
共に生きる共育へ…
それって、本当に、子供たちにとって必要な学習だったのだろうか…。って。
大人が、お試し的に行った教育の中で育ち
社会の中で生きている子供たちは
少なくとも、その社会の風の中で
戸惑っているのではないか…?
その教育に、子供たちが納得できる一貫性はあったのかな…?
共に生きる
自分で考えて生きる
競争をなくして生きる
それは、学校で教えられなければ
そういう環境を作らなければ、本当に学べないことだったのかな…?
私は、専門的なことはよく分からないけれど…
娘を見守る1人の親として
ゆとり教育をうたった国の方針と
実社会で、そんな子供たちを待ち受けている環境とのギャップに
疑問を持ってしまったりする時があるのです。
これから社会に出ていく子供たちが
どうか
自分という存在に、自信をもって生きていけますように…。
不安や、疑問をもちながら
一歩を踏み出していく子供たちを
しっかりと受け止め、受け入れてくれる社会でありますように…




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