内面的な拠り所の存する場所 - 書評 - 夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録
僕はあまり戦争の記録というものに目を向けたことがありません。
受験主体の歪んだ歴史教育で得られた程度の知識しか持ち合わせていませんし(そもそも暗記はあまり得意ではなかったので「知識」すら怪しかったわけですが)、時が経つにつれて僅かながら学んだ記憶も忘却の彼方に消えてしまいつつあります。
しかし、ビジネス書を読み込み、「知の巨人」と称されるような方々の幅広い「教養」を目の当たりにするにつけ、自分が恥ずかしくなるような想いが生じていたことも事実です。
密かにシャーロック・ホームズのような偏った知性に憧れを抱いていたりもするのですが、彼ほどに極めた分野もないままでは、単なる常識知らずになってしまうわけです。
そんな自らのプレッシャーもあり、手に取ったのが「人なら読んでおくべき」と評判の高い本書です。
副題に「ドイツ強制収容所の体験記録」とありますが、僕の乏しい知識では、ドイツ強制収容所と聞けば条件反射のようにアウシュヴィッツという名前を連想します。
僕以外にもそういう方がおられるかもしれませんが、本書はアウシュヴィッツの記録ではありません。
ちなみに本書には旧版と新版が存在しています。
僕はどうせならと言うことで両方を読んでみましたが、旧版に断然衝撃を受けましたので、旧版を元にして紹介させていただきます(引用なども全て旧版です)。
旧版と新版の違いは、元になった原著自体の版も異なりますし、訳者も異なるわけですが、最大の違いは旧版にのみ存在する「解説」「写真と図版」です。
特に僕のように知識が乏しい人には、是非とも「解説」「写真と図版」も読んでいただきたいです。
本書の主眼は、そのとき何が行われたのか、という歴史的な記録というよりも、心理学的な見地から分析した、収容された人間そのものに関する記録にあるのですが、「解説」「写真と図版」による知識の補足なしには、そこで語られることの意味するところの受け止め方に違いが生じると思います。
※ とはいえ、決して読んでいて無感動でいられるようなものではなく、「解説」「写真と図版」からは強烈な負の感情を想起させられますので、読まれる際にはご留意ください。
著者のフランクルさんは、精神医学を専門とする医師です。
強制収容所に収容された方の中でも、医師という特別な知識を持っている方には、一般的な囚人の方々とは違った待遇を受けることのできた方もいらしたようですが、フランクルさんは最後の一時期を除いて、基本的には一般の囚人として収容されていました。
したがって、本書はまさに「囚人」としての目線で捉えられたものという点が生々しさを伝えます。
そこで起こっていた数々の出来事についての詳細は、本書を当たってください。
人間性のかけらもないような扱いの中にあって、人間はいったいどうなっていくのか……そんなことは想像もしたことがありませんでした。
そこで行われていた非人間的な行為は聞きかじったレベルでも想像を絶するものですが、フランクルさんをはじめとして、そこを生き抜いた方々がいたという事実には驚嘆するばかりです。
無感動で「内面的な死滅」が始まりながらも、耐え抜いた、その最後の拠り所とはいったい何なのでしょう。
実は、そこには本書が伝えてくれる大きなメッセージがあると思っています。
極限状態にない僕らでさえも、未来への希望を信じて拠り所にできているかどうか怪しいですが、当時の囚人たちは、いつ終わるとも知れぬ戦争のせいで「期限なき仮の状態」という精神的に非常にきつい状況に置かれていたことを忘れてはいけません。
非人間的な日常がいつ終わるとも知れない、永遠に終わらないかもしれないとさえ思える中にあって、未来への希望を信じるなどということは、どれほど難しいことでしょう。
しかし、極限状態を耐え抜けたその差を生み出した一つの大きな要因がその点にあったことは、僕らも心に刻んでおくべきでしょう。
では、いったいどうしたら、そんな極限状態の中でも「未来への希望」を失わずにいられるのでしょうか。
それは自らの内に、拠り所となるべき強い想いを持っているか、ということに他ならないと思います。
愛する人間への想いもそうですし、フランクルさんのように学問への強烈な欲求もそうです。
(フランクルさんは、強制収容所の極限状態にあっても、必死に小さな紙へ記録をしていたそうです。
訳者の霜山さんはその紙片を見せていただいたそうですが、あのような状態の中で隠れながら記録をつけていたということは凄まじいとしか言いようがありません。)
最後の支えになるのは、そうした「日常」の中にあるのだということを感じずにはいられませんでした。
極限状態に置かれた人間を通してこそ見えてくる人間の真実。
追体験することなどできないし、したいとは一片たりとも思わない体験ですが、そこに見えたものを噛みしめ、生きる意味を考えさせていただけることに、ただ感謝するのみです。
二度と起こしてはならない事態の記録と記憶として、そして生きるということを考えるために、是非読み継がれていってほしい一冊です。
■ 第71回書評ブロガー達が勝手にインパク本レビュー
本レビューは本魂!(ホンダマ)が企画するイベントで、同じく参加されているブロガーの方々のレビューは以下のとおりです。
是非、それぞれのブロガー独自の視点を比べて楽しんでもらいたいと思いますが、さらに、本書をお読みいただき感想を聞かせていただけたら、非常に嬉しいです。
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■ 基礎データ
著者: V.E.フランクル
訳者: 霜山徳爾
出版社: みすず書房 1985年1月
ページ数:208頁
紹介文:
<評する言葉もないほどの感動>と絶賛(朝日新聞)された史上最大の地獄の体験の報告。人間の偉大と悲惨を静かに描く。
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