■書評■ 怒らないこと
僕は控えめに言ってもあまり穏やかなほうではないと思う。
細かなことでイライラしたり、つい声を張り上げてしまったり。
それでも、自分では「怒りっぽい」とは思っていなかった。
それは「怒り」ではないと思っていた。
しかし、本書を読んで、僕の抱いていたそれらの感情は紛れもなく「怒り」であり、恥ずべき、唾棄すべきものであることを思い知った。
本書はスリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)の長老であるアルボムッレ・スマナサーラ氏によるものであり、仏教法話である。
長老は日本の滞在も長いようで、翻訳書ではなくご自身で語られる日本語そのままのような調子で書かれており、なぜだかすっと心に染み入るよう。
別に仏教徒になれと説くものではなく、ただお釈迦さまの正しい教えを伝えてくれている。
このように愛情と怒りを対比して並べられると、自分がいかに「怒り」の感情に支配されて行動していたのかを浮き彫りにされる。
例えば、軽視すること、張り合うこと、嫉妬すること、後悔することなども全て「怒り」に分類されることになる。
思い返せば、そういう意味での「怒り」の感情を自分の中に感じると、確かに何かを壊しているような気持ちがするし、何も生み出していないことは明らかだ。
「怒り」で蝕まれるのは自分だけではなく、なんと他人の幸福までも奪うことにつながるという。
●●保護団体などが「●●の保護を考えないなんて最低だ!」などと「怒り」に震えた声で訴えてみたところでダメで、人類すべからく「怒らないこと」に取り組まなければいけないということか。
しかし、本書ではその具体的な方法論を授けてくれるわけではない。
「怒らないこと」は喫緊の課題ではあるけれど、それを達成するためには気の長い取り組みが必要なのである。
仏教的には、「不正を正し、悪と戦う正義の味方」なんていう存在も、結局は「不正に対する怒り」がその内側に隠れているために認められない存在なのだとか。
とすれば、どうすればそんな「怒らないような人格」になれるかといえば、その一つにはキリスト教の教えにもある「赦し」という行為がとても大切なのだという。
ただ、そんな高潔な人格は、一朝一夕でなれるものなどではない。
凡人であり、「怒り」の感情に満ちた生活を送っている僕は一体どうすればいいのか。
本書で長老が示してくれている心得をいくつか書き出してみよう。
長老も「なかなか難しいですが、そうるすべきだということだけはしっかり覚えておきましょう」と書かれているように、それぞれ簡単なことではないけれど、「覚える」ことも、自分に言い聞かせることも今すぐにできる。
今までの自分は簡単には変われない。
どれだけ「怒っていない」と思ったところで、声を張り上げる自分がいれば、それは「怒り」の感情に支配されているのであって、これからの日々で、自分のことをバカだバカだと言わなければならない場面は急には減らないだろう。
それどころか、本記事を読んだ妻に「今怒ってるよ、バカだよ」と言われることは増えるかもしれない。
しかし、僕は長老の書かれた次の言葉に共感させられたので、これからの長い人生(いや「人生は短い」のか…)、少しでもまともな人間になりたいと思う。
人生を豊かに生きたい人、自分は「怒りっぽい」と自覚症状のある人に是非お薦めの一冊。
後悔は「怒り」の感情だから抱きたくないけれど、もっと早く読んでおきたかったと思わずにはいられない。
全てとは言わないけれど、僕の愚かな行動のいくつかは起こらなかったかもしれないのに…。
■ 関連リンク
日本テーラワーダ仏教協会
■ 基礎データ
著者: アルボムッレ スマナサーラ
出版社: サンガ 2006年7月
ページ数: 203頁
紹介文:
昨今では、怒って当たり前、ややもすると怒らないと不甲斐ないとでも言わんばかりです。ブッダは、これに真っ向から反対します。怒ってよい理由などない。怒りは理不尽だ。怒る人は弱者だ。怒らない人にこそ智慧がある。怒らない人は幸せを得る。人類史上もっとも賢明な人は、なぜ怒りを全面否定したのでしょうか。最初期の仏教であるテーラワーダ仏教の長老が、その真意を平明に解き明かします。
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