フェイク (角川文庫)/楡 周平

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☆☆☆
銀座の1流クラブ「クイーン」で働く3流大卒の陽一。新卒で入社したはいいものの月給15万の素人童貞で性病にまで悩まされている。そんな冴えない生活を送っている陽一にも転機が訪れる。若干26歳で年収1億を稼ぎ出す銀座界隈でも有名な摩耶ママはクイーンに移籍して間もなく、陽一を運転手に指名する。摩耶ママからのお手当てで給料は倍に、しかも彼女のベンツも仕事以外で乗り放題の特権つき。しかし彼女からの依頼は後に続く本題への布石でしかなかった。

「Cの福音」で知られる楡周平の作品です。私は本作で楡周平デビューをしたわけですが、小説を書くのが非常に上手い作家ですね。
「小説家なんだから、小説を書くのが上手いのは当たり前だろう」と言う反論が聞こえてきそうですが、ここで言いたいのはラストまでつまることなく流れるように読める、ということです。これを体現できる作家って著名な方を含めても意外と少ないんですよね。
様々な要素で高得点を獲得できないと、必ずどこかで引っ掛かりが生じます。まずてにをはの使い方などの基本的な文章執筆力があることは大前提です。その上で矛盾や拍子抜けするほどご都合主義や唐突な展開がないこと、相当丁寧に読み込まないと理解できないような専門知識を利用しないこと(または利用してもストーリーの流れの中でスマートに読者に面白くわかりやすく伝えられること)、いちいちページを戻って読み返さないとストーリーが終えないような複雑な構造にしないこと(複雑でも構成力が高い場合は可ですし、あまりの驚きに思わずページを戻ってしまうのは当然ありです)等など、挙げだせばきりがない要素で全て合格点を取る必要性があります。

さてさてストーリーのご紹介に戻りますが、本作はあらすじを書くのが結構大変な作品でした。というのもストーリーの本筋がどれなのか、読了後でも判然としないからです。本作のテーマは「フェイク」おそらく「虚構」「見せかけ」といったことだと思うのですが、ストーリー自体はそのテーマを軸にどんどん展開していくので、あらすじとしてどこまで書けばネタバレと言えるレベルになるのか、逆に何処までは書かないとあらすじと呼べないか、といった判断が難しい作品でした。例えば本作には主人公が片想いする女性や、主人公の親友が登場し、かなり重要な役割を背負うのですが、彼らのことはあらすじでは紹介しにくいです。でも紹介するべき役割は背負わされているし、いいキャラしてるんですよね。
背表紙を読むとコン・ゲームとの記載があり、詐欺を題材にしたストーリーに思えます。実際そういう要素もあるんですが、化かしあいの心理戦を想像すると少々期待はずれです。かといってミステリーと言うには落ちが弱いし、じゃあ文学かって言うと、軽すぎるんですよね。まあ娯楽小説と言うのが適切なのかな?

ストーリーに関しては解説が難しいので本作の魅力をいくつか。
まず舞台やエピソードのリアリティーがあります。冒頭に出てくる怪しげな性病科なんて、生涯見ることはないだろうけど(わざわざあんな病院を選ぶ気が知れない)、いかにもありそうな感じですし。クラブの仕組みや内部も非常にリアルです。そういった細かい積み重ねが本作全体の魅力に繋がっています。
登場人物好感が持てます。
銀座高級クラブ、新宿歌舞伎町の酒屋、競輪場にノミ屋、闇金と、少々(?)危険な匂いのする場所が作品なの主要な舞台になっていますし、騙し騙され、といった悪辣な話も出てくるのですが、基本的には憎みきれない人たちで構成されています。まあ普通に生きていれば絶対悪なんて存在に出会うことはありませんから、その辺も含めてリアルなんでしょうが、悪いけど弱みがあったり、騙しながらも事情があったり人間くさいキャラたちには好感を持てます。

ちなみに本作3つ星か4つ星か最後まで悩みましたが結局3つ星にしました。読んでいる最中は冒頭に書いた理由から完全に4つ星クラスの作品だ、と認識していましたが、星をつける段階になって他の4つ星作品と比べると満腹感に欠けていることに気づきました。よくよく考えると心にひっかるものが少ないんですよね。文学的な余韻はないし、良作ミステリーのような騙された!見事だ!っていう感嘆もないですし。そんなわけで3つ星です。とは言え傑作なのは間違いないので是非です!!

そうそう、amazonのあらすじ紹介には素人探偵という言葉が出てきますが、本作にはその要素は全くありません。何でこんなキーワードが出てきたのか全く分かりませんが、購入を検討する際にはご注意を!!


日本語てにをはルール―知っているようで知らない/石黒 圭

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