TENGU (祥伝社文庫 し 8-4)/柴田 哲孝

¥680
Amazon.co.jp

☆☆☆
以前、ご紹介した「下山事件」の著者 柴田哲孝が描くミステリー。

26年前、まだ新人だった中央通信の道平記者は、群馬県の寒村を襲ったとても人の仕業とは思えない連続殺人事件を取材する。事件は凄惨怪奇を極め、人々はこれを天狗の仕業と、呼んだ。
結局、この事件の謎は解明されないまま道平はその村を引き上げることになる。その村で出会ったある女性と切り離すことができない心の傷となったまま。

あれから26年、デスクとなった道平は唯一の物証である犯人の体毛を、当時まだなかったDNA鑑定を行うことで事件の真相に迫ろうとする。彼の調査が導き出す結論、それはこの事件が文字通りただの人の仕業でないことを証明していくものであった。

ノンフィクションライターの柴田氏が、通信記者の視点から事件を描くミステリーを書く、ということで強い期待を抱いて購入しました。その理由は彼のノンフィクション「下山事件」があまりに素晴らしかったです。

ただ読んでみての感想は正直期待していたほどのものではなかった、というところです。想像していた通り「記者が主役で過去の事件を洗いなおす」というプロットは、当時の世界情勢や事件に触れながら進んでいき、今作の事件と合わせて現実の事件をも洗い直しなおしていくような感覚にさせる構成がとられていました。
しかしながらその試みがあまりに雑です。「ミステリー」を「ノンフィクション」という自分の土俵に無理矢理持ち込んだ感が見え見えです。話の深みを引き出すため、というよりは自分が書きやすいから現実の世界情勢と強引にリンクさせた、というように見えなくも無いです。
これに近い手法をとっているのが京極夏彦の「塗仏の宴」や「邪魅の雫 」です。実在の事件を話の根拠として活用しながら実在した人物までを回想シーンに利用しているのですが、この手法が話しに強い説得力を持たせます。結果として彼の作品は、一体何処までが現実の事件で、どこからが創作なのか分からなくさせるほど、それらが渾然一体となって溶け合っています。これは単に持ってる知識を無理矢理流用したわけでなく、作品を描くに当たって必要な材料を吟味しながら調査した結果、その本当に僅かな部分だけ作品内で匂わせるためにストーリーに信憑性と整合性をもたらしているのです。

もう1点、本作には致命的な欠点があります。それは遺伝子に関することなのですが、この点はあまり書いてしまうとネタばれになるのでよしておきますが、読んでいて知識の浅さを感じてしまいました。これも過去に書評した小笠原慧の「DZ」と比べるとため息が出るレベルです。まあ小笠原さんは現役の医師ですから、しょうがない部分もあるのですが、ストーリー作りに関してもレベルが違います。

全体的には、つまらないと言うようなレベルではなく、「それなりに楽しめたが消化不良」といった感じです。ではなざここまで酷評したのかというと、柴田氏の経歴や特性がまるっきり活かせていないからです。それどころかそれらの特性を利用して、持ってるものだけでちゃちゃっと書いたという印象を受け、それがどうにも納得がいきませんでした。

京極夏彦ほど長く複雑ではなく、小笠原慧ほど難解ではない、軽めの衒学小説(知識をひけらかす、雑学が増えると言うような意味です)を楽しみたい人にはお奨めできます。逆に京極や小笠原読者で重目の衒学趣味をお持ちの方はやめておくことを推奨します。