冷たい密室と博士たち (講談社文庫)/森 博嗣

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☆☆
さてさてS&Mシリーズ第2弾です。
今作は犀川&萌絵が所属する大学の某研究所で起きた密室殺人事件です。
と、言うことで、彼らの友人知人も登場して物語は踏み込みがたい人間関係や、聞き取りがたい事実関係をはらんで更に複雑になって…

いかないんですね。

いや~、前回に続きさっぱりした人達だこと。
・自分の研究室の学生が死んでも何も感じていない助教授。
・学生達も同じく。
・警察を呼んだ後だと言うのに、死体を確認しないと気が済まないのかずかずか現場に入る人達。
・しかもその現場にはまだナイフを持った犯人がいるかも知れないってのに警戒しないことしないこと。
・可愛い姪の頼みだからと言って、極秘の事件報告書をあっさり渡す刑事本部長。

今作を読んで2つ感じたことがあります。
1つは人の死に対してあまりに何も感じない人たちばかりが登場しすぎます。
2つ目は事件情報の得かたがいくらなんでも強引過ぎる点です。

ただし前回も感じた1つ目の感想は本作内のある描写で、作者が何を考えてそうしているか、その理由が分かりました。

研究室で同ゼミ内の研究生と、教員が、血まみれの死体を見たときの描写です。
>悲鳴を上げたり、取り乱す者は1人もいなかった。少なくとも全員が論理的な頭脳を持った人間で助かった、と犀川は思う。

著者は血まみれの友人の死体を見ても論理的な頭脳を持った人間であれば、取り乱すことはない、と思っているようです。私自身、他殺体など見たことはないから断言できませんが、論理的な思考回路を持っていようといまいと、やはり友人の死体を見たら取り乱すのが普通ではないでしょうか?叫んだから、あるいは腰を抜かしたから事態が好転することはない、なんて程度の思考は誰だって出来ます。しかしそう思えることと、実際に平常心でいられるかは別問題でしょう。これは頭の良さとは何の関係もないことだと思います。百歩譲ってそうであったとしてもたかだか理系の院生というだけで誰もが平常心を失わないなんていう発想は荒唐無稽もいいところです。

次に2つ目の疑問についてですが、本作はミステリーですから事件現場を素人探偵たちが検証しないと話しにならないのは理解できます。
しかし本作の場合、その為に強烈なコネクションを持つ素人探偵萌絵がいるわけですよね。そんな人が居るならわざわざ強引に現場に入らなくても事件の情報は手に入れられるわけで、強引に探偵に現場検証をさせる必要はないはずです。どちらか1つで充分ミステリーを描くことが出来るのに、1個だけでも無理のあるネタを2つ重ねるわけですから、ちょっと頭を傾げます。
もっと言えば前作「すべてがFになる」でたまたま事件現場に居合わせ、事件解決に導いたわけですから、その功績を利用して事件に積極的にかかわらせる手もあるわけです。このやり方、探偵小説の王道ですしね。むやみに色々やりすぎて興ざめになる箇所が多いです。

さてさて批判ばかりしてきましたが、今作の密室に対する取り組み方は中々見事です。本格、といって差し支えない構造の今作ですが、私が良作ミステリーの条件と考える、
・犯人、トリックを推測できるだけのヒントが読者にも与えられている。
・トリックに破綻がない
・そのようなトリックを使った必然性がある
この3つの条件が綺麗に守られています。特に3つ目は見事です。一般的に密室事件と言うのは何故に密室になったかを描くのが困難かつ大切なわけです。外部犯に見せるためには外に逃げた痕跡を造った方が有効だし、逆もまた然りです。本作はそれが非常に綺麗に描かれています。勿論トリックも秀逸です。
ただし1つ目の情報開示については聴き取り調査がまとめられたものや、調査書の文書としての登場が多く、情報の羅列、と言う印象強く少々退屈です。
全体を通しては本格としては前作以上の出来だがストーリーとしては凡庸といった印象です。犯人の動機の一部も理解できませんし。

ここまで書評はお終いです。以下は動機ネタばれです。






かつて自分をレイプした男が、そのフィアンセにも事実を話してるだろうからフィアンセも殺すしかない、ってどういう判断ですか。普通そんなことフィアンセに話すはずがないって考えるのが普通だと思うのですが。しかもそれを言うなら研究所内の他の人間にも既に伝わっている可能性大ですよね。実際彼が自殺した理由はそれだったわけですし。