硝子のハンマー (角川文庫 き 28-2)/貴志 祐介

¥780
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☆☆☆
モダンホラーや新感覚ミステリーの傑作を数々生み出している貴志祐介が初めて書き下ろした本格ミステリーです。
個人的には「貴志祐介に失敗作はない」と断言できるほど天才的な書き手だと思っています。彼の上手さは本格ミステリーでなくとも読み手が事件の真相にたどり着くことが出来る誠実かつ破綻のないストーリー。多くの複線が1つに収斂していく構成の妙です。
その貴志祐介が初期から手をつけてこなかったのがキャラクター物と本格ミステリーです。そもそも彼の小説の多くは普通の人が事件に巻き込まれていくというもので、主体が普通の人間だからこそ彼の描くある種不気味な世界に自分を置き換えることが出来たわけです。そこで極めて特殊な職業(今作が正にそうですが)やいかにもキャラクターというキャラクターを主役にしてしまうと、ただでさえありえない世界が完全にフィクションな世界になってしまうわけです。当然こうなると作品全体が持つ恐怖もどこか他人事になってしまうわけです。
ところが今作では初の本格ミステリーと言うことで、ガチガチのキャラクターを1人登場させました。そのキャラが男女の組み合わせということからもシリーズ化が期待できるわけですが(どうもまだ未読の最新作「狐火の家」のシリーズ2作目なようですが)やっぱり本格には明探偵が必要ですよね。
感想としては、ん~、正直本格には向かないかな?と思いました。構成やプロットの上手さは相変わらずなんですが、息苦しい密室、試行錯誤しながらも読者より1歩も2歩も前にいて我々をヤキモキさせる明探偵。別にそれが出来ていないとは言わないんですが微妙にツボをずれてしまっているんですよね。本格ではありませんが、こういった分かりやすいエンタメ作品なら五十嵐貴久などの方がスカッと読めてかつ楽しめると思います。勿論、貴志さんの才能は本物ですし、今作も普通の物差しで計れば良策の部類ではあると思います。でもこの人が書くなら違うジャンルの方が、というのが本音です。