あるさの日々これ出会い

観に行った舞台やライブなど、思いつくままに書いてます。

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大人の麦茶第23杯目公演『おしり筋肉痛』の初日、自分がもらった(もちろんチケットを買って)席は、前から3列目あたりの一番右、とても観やすい席でした。

その席のすぐ右側、舞台用語でいえば上手側に、舞台への出入り口が一つあって、そこから役者が出てくるとすぐに、ちょっとお立ち台のようになっている台があり、芝居はそこでも行われていました。

物語の前半、この台の上で、岩田有弘さんがしばらく立っている時間がありました。

彼がこの舞台で演じている新宮之一(しんぐうゆきかず)という男は、特に物語の前半では非常に無口なため、上に書いた、有弘さんが立っている芝居の間も、彼にはセリフがまったくありません。

しかしそれでも、すくっと立っているその姿から、強い存在感が感じられ、「有弘さんも立っているだけで芝居になる役者になったのだなぁ」と、感慨深いものがありました。



有弘さんと同じく、大人の麦茶という劇団に途中参加した宮原将護さんは、これも有弘さんと同じく、かつて即興演劇バトルのアクト・リーグで、「ミラクル・アクト・スターズ」のBチーム(リザーブチーム)に属していた“若手”俳優でしたが、そろそろもう、若手という言葉が使えない年齢になりました。

将護さんは近年、オトムギの外の様々な演劇に積極的に関わっていますが、特に広島の中学校での演劇経験が、何か大きなものを、彼にもたらしたようです。

それも含め、ここ1~2年で将護さんが関わったオトムギ以外の舞台を、自分はすべて観ているわけではありませんが、少なくとも観ることができた舞台には、良質の作品が多かった気がします。

そしてそれらの舞台を通して、将護さんの芝居が少しずつ深化しているように、自分には感じられました。

例えば六本木の俳優座で上演された『横浜グラフィティ』という舞台に、将護さんは初演時と再演時、いずれも同じ役で出演しています。

それは同じ舞台なので、細部は異なっていても、将護さんが演じた役は、基本的に同じ作中人物でした。

しかし自分は、初演の時より再演の時の将護さんの演技に、よりリアリティーを感じました。

今回のオトムギ『おしり筋肉痛』で将護さんが演じた坂本立羽(たては)という役は、この作品に登場する人物の中では、「善」か「悪」かにステレオタイプ的に色分けするのが、少し難しい人物です。

というよりも、基本的には「いい人」であるものの、人間としての弱さを持ち合わせた人物、というべきでしょう。

そんな人物の陰影を、微妙に演じた将護さんを観ていて、「やっぱりこの役者の芝居を、これからも観続けていきたい」と思いました。



神木優さんが今回のオトムギ『おしり筋肉痛』で演じた矢吹健之介は、「ファミリオーネかつやま南」に、どうやら長期滞在しているお客さんです。

その矢吹は、さっきあげた「善」か「悪」かの区別でいえば、明らかに悪いヤツです。

彼は、金持ちのボンボンという雰囲気を漂わせていて、周りが彼についてそう考えるのを、口では違うといいながら、本気で否定しようとはしません。

しかし実態は、この宿泊施設にたむろしながら、大物議員の懐に食い入って甘い汁を吸おうと考える、ヤクザまがいの男です。

また彼は、フェミニスト的な仮面を被っていながら、一皮むけば実に暴力的で、将護さん演じる立羽も、あるきっかけで彼の暴力の餌食となります。

そんな、文字で説明すると人としてなかなかに最低な矢吹ですが、実際にこの舞台を観た方ならわかるように、それでも神木優さん演じる矢吹には、ある種の魅力があります。

それはもちろん、塩田さんが書いた役そのものの魅力であることは確かです。

ですが、これも舞台を実際に観た方なら、そのホンをもとに神木優さんが創造した、浴衣を着流して歩く矢吹健之介という人物に、神木優さんでなければ醸し出せない、独特の雰囲気、独特のこだわり、独特の軽みがあることを、きっと感じたことでしょう。



この『おしり筋肉痛』観劇ブログの「その2」でも書いたように、もしこの作品に物語の軸を定めるとするならば、それは主に40代同級生グループであり、従に20代従業員グループでありましょう。

しかし、この物語が豊かな群像劇となっている鍵は、30代グループともいうべき、この魅力的な3人の役者にあるのです。


(その5へつづく)
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大人の麦茶第23杯目公演『おしり筋肉痛』は、本当にいい作品で、芝居としてはほとんど文句のつけようがないのですが、一つだけ、この舞台を最初に観たときから、どうしても納得できないことがあります。

ただしこれは、この芝居の内容や良し悪しとはまったく関係のない、自分の個人的な好みに関する問題です。


一つ前のブログ「その2」でも少し書いたように、この芝居には、勝山南小学校という、今は廃校になってしまった小学校の、もと同級生たちが、全部で5人出てきます。

そのメンバーは、まず「その2」にも書いた、池田稔さん演じる「なかみん」こと前田将太と、なみちょうさん演じる「とべちゃん」こと十倍力三(とべりきぞう)の2人で、この2人は小学校以来の親友であり、今回の舞台では、「ファミリオーネかつやま南」の宿泊客として登場します。

それから、「みおりん」のお母さんの、「マッカーサー」こと松川栞(しおり)で、これも「その2」で書いたように、彼女は現在「ファミリオーネかつやま南」の教務長(ホテルでいう支配人)をしています。

この「マッカーサー」を演じているのは、松田かほりさんです。

さらに、「その2」ではまだ出てきませんでしたが、辻久三さん演じる奥出こうぞうという、地元千葉県の県会議員が、なかみんやとべちゃんとよくつるんでいた同級生の一人として登場します。

そしてもう一人、浅田光さん演じる「おやんぎ」こと、青柳青奈(あおやぎせいな)が、この同級生グループの最後の一人です。

彼女ははじめ、少し気弱な保健室の先生(この宿泊施設の主治医?)として、つまりはマッカーサー教務長の部下の一人という立場で、物語に登場します。

しかし実は、彼女こそがこの「ファミリオーネかつやま南」のオーナーであることが、物語の進行とともにわかってきます。


と、ここまでは、登場人物のうち40代グループの人物紹介だったわけですが、話の本題、自分がどうしても納得できなかった点は、この先に出てきます。


この物語全体の「背骨」は、池田稔さん演じる「なかみん」が、小学校で出会った「おやんぎ」に恋し、それ以来、この芝居の「今」である40代後半まで、その「おやんぎ」のことを、ずっと一途に好きでいることです。

一途と言っても、男も40代になれば色々あるわけで、その色々の結果、石井杏奈ちゃん演じる「みおりん」が生まれたのですが、そのバカな色々があってもなお、「なかみん」は結婚もせず、「おやんぎ」を想い続けています。

しかし、確かに「おやんぎ」役の浅田光さんはとても素敵なのですが、自分はこの舞台を最初に観た時から、「好きになるなら『マッカーサー』でしょう!」と思ってしまったのです。

そう思わせてくれるほど、松田かほりさん演じる「マッカーサー」は魅力的でした。

もちろん、例えばピンク・レディーのミーちゃん派とケイちゃん派の争いのごとく、二人の女性のうちどちらが素敵か、などという問題は、100%個人の好みの問題なわけで、劇中で「おやんぎ」の助手として登場する純平くん(林田航平さん演じる飛神純平)に言わせれば、「青柳先生の魅力が理解できないなんて、あんたは人間か!」ということになってしまうでしょう。

とはいえ、この物語全体のキモである「(マッカーサーではなく)おやんぎに恋するなかみん」という図式に納得がいかなければ、これは芝居としては大問題か、ということになりかねません。


しかし、しかし。

こう書きながら、実は自分は、まんまと塩田マジックにはまってしまったのではないか、という気が、しないでもないのです。

というのも、なかみんはずっとおやんぎを想っていながら、20代にあった同窓会で、思わぬ展開からマッカーサーと一夜をともにしてしまい、みおりん(石井杏奈ちゃん)が生まれるのですが、この物語の最後に、おやんぎがある実験の結果から、「なかみんは実は遺伝子的には、マッカーサーのような世話焼きの女性に惹かれることになっている。」という結論に達するからです。

つまり、なかみんはずっとおやんぎを好きでいながら、実は遺伝子レベルではマッカーサーを求めており、だから彼女とたまたま結ばれてみおりんが生まれたことは、間違いではなく正しいことだったのだ、ということです。

だから、みおりんがいい子なのも、納得です。

そして、その結論に達するには、観客にマッカーサーが素敵に見えていることは、やはり間違いではないのです。


とはいえ、話がここまで来ると、これは観劇感想というより、妄想の類いでありましょう。

言えることはただ、松田かほりさんが素敵な演技をしたこと、それだけです。


最後にひとつ。

この芝居のラスト近くで、おやんぎが、上に書いた実験結果からの推測を語るとき、その前に一言、「こんな研究ばかりしている私みたいなのをずっと好きでいてくれてありがとう」的なことを言うのですが、その台詞を聞いた時、マッカーサー派のわたくしは、思わず「おやんぎ、かわいい」と思ってしまいました。

まあつまり、結論は、男ってバカね~


(その4へつづく)

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「出演者の中では、私一人だけ子供で…」

大人の麦茶第23杯目公演『おしり筋肉痛』の千穐楽、ダブルカーテンコールの後、座長の池田稔さんから指名を受けて挨拶した、「みおりん」役の石井杏奈ちゃんは、そう切り出しました。


房総半島南端にある町の、廃校になった元小学校を舞台とする、オトムギの今回の芝居は、作・演出の塩田泰造さんが得意とする“群像劇”の中でも、とりわけ登場人物全員がそれぞれに生きた、素敵な作品でした。

その登場人物たちは、40代から10代まで、年齢設定は様々ですが、この作品では、2つの年齢層グループが芝居の中心となっていました。

一つは、稔さんやなみちょう(並木秀介)さんたちが演じる、この小学校の元同級生グループで、役の年齢設定はみな、40代後半です。

もう一つは、その小学校がリニューアルされて宿泊施設となった「ファミリオーネかつやま南」の従業員たちで、中でも若い20代設定の従業員たちが、前述の40代グループと対比されるように描かれています。

さらにここに、おそらく30代設定と思われる、訳あり宿泊客の矢吹(神木優さん)、彼のことを知っているらしい同じく訳あり宿泊客の新宮(岩田有弘さん)、「ファミリオーネかつやま南」の従業員で矢吹や新宮とやがて絡むことになる坂本立羽(宮原将護さん)という、三人の30代グループがいて、前述の40代・20代グループと、様々に絡み合って物語が進行していきます。


そんな中、この芝居に登場する10代設定の登場人物は、石井杏奈ちゃんが演じる「みおりん」こと松川美織(まつかわみおり)、ただ一人です。

そして実年齢も、おそらく杏奈ちゃんだけが、10代の「子供」です。


ただし彼女が、自分「だけ」子供だと言ったのには、想像ですが、おそらくもう一つ別の理由があります。

石井杏奈ちゃんは、モーニング娘。などが所属しているアップフロントという芸能グループが関わる、「演劇女子部」に属しています。

この「演劇女子部」というのが何なのかを一言で説明するのは難しいのですが、出資関係などを無視して大雑把に言うと、ハロプロ所属のアイドルたちを中心にした舞台を行う、ハロプロ(アップフロント)の演劇部門、というイメージで理解すると、ある程度わかるかと思います。

例えば、ハロプロの公式サイトの中にこの「演劇女子部」のページがあり、また、ハロプロ所属のアイドルグループやハロプロ研修生が出演する近年の舞台のほとんどは、「演劇女子部」名義で行われています。

そして、この演劇女子部に属する女優さんが何人かいて、石井杏奈ちゃんもその一人です。

そのような経緯があるため、石井杏奈ちゃんのこれまでの出演作品には、上述のハロプロ関係のものが圧倒的に多く、彼女がハロプロの「外」の芝居にも参加するようになったのは、比較的最近のことです。


今回のオトムギ『おしり筋肉痛』に出演している役者たちは、舞台経験や年齢に差はあるものの、みなさん様々な演劇経験を積んでこの舞台に結集した、演劇界を回遊する魚たちです。

そこに参加した石井杏奈ちゃんは、少し妙な例えかもしれませんが、生まれ育ったうちを離れてはじめて世界を旅するニモのごとく、小さな勇気と大きな不安と、情熱と期待と驚きを携えて、大人の麦茶にやってきました。

そんな、自己認識では「一人だけ子供」な杏奈ちゃんは、しかしこの物語で、なくてはならない重要な役割を果たしました。


杏奈ちゃんが演じる「みおりん」は、宮原将護さん演じる坂本立羽(たては)に、ほのかな恋心を抱いています。

その恋心は、ロボットには「ここぽん(心)」がないから、という理由で、立羽の前でだけロボットを演じるような、そんな恋心です。

それは、甘く切ない10代の恋なのですが、その切なさの奥に、観客には気づかれないほどの、かすかな悲しみが流れています。

「みおりん」のお母さんは、ファミリオーネかつやま南の教務長(支配人)の「マッカーサー」こと、松川栞(しおり)で、彼女は、先に書いた40代の元小学校同級生グループに属する人物でもあります。

そして「みおりん」に、お父さんはいません。

やがて物語が進み、みおりんの父親が、池田稔さん演じる「なかみん」であるらしいこと、彼女が生まれたいきさつが、この「なかみん」と、その親友の、なみちょうさん演じる十倍力三(とべりきぞう)、当時20代だったこの二人の、バカな過ちによるものだったことが、明らかになってきます。

そして「なかみん」が、じゃあそのバカな過ちから生まれた子供は、生まれなければよかったのかと聞かれたとき、言葉につまってしまった「なかみん」の代わりに、観ているお客さんたちは心の中で、「そんなことないぞ!」「みおりんが生まれてきてよかった!」と叫んだのです。

そんなみおりんを、石井杏奈ちゃんは、誇張せず、型にはめず、どこか遠くをみているような瞳で、静かに静かに演じきったのでした。


「出演者の中では、私一人だけ子供で…みなさんに迷惑をかけてばかりで…」

千穐楽のダブルカーテンコールの後、そう挨拶した杏奈ちゃんに、劇場の客席の上の方にいた塩田さんから「迷惑なんて一個もかけてないよね!」と声が飛びました。

杏奈ちゃん、迷惑なんて、一個もかけてないよ。


(その3へつづく)
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今年もまた、「オトムギの季節」がやって来て、あっという間に過ぎ去っていきました。

今年の大人の麦茶本公演・第23杯目公演『おしり筋肉痛』(4月19日~4月23日)は、近年のオトムギ公演の中でも、とりわけ心に残る、よき舞台となりました。

いつものように、この後少し時間をかけながら、何回かに分けて、この公演を振り返ってみたいと思います。

ネタバレもたくさん書きますが、千穐楽の幕が下りた後なので、ご容赦のほどを。


さてその一回目は、オトムギの公演を観るたびに必ず最初に言及する、舞台美術の田中敏恵さんが建てたセットの話です。


自分は、自他ともに認める田中敏恵ファンなのですが、今回の舞台セットには、もはや「好き」を通り越して、完全に惚れ込んでしまいました。

千穐楽の終演後、舞台の際まで行ってセットを見たのですが、もしスタッフの方が誰もいなければ、そのまま舞台上に登って、目の前でしばらくながめていたいところでした。

いやいっそ、舞台セットをそのまま壊さずに残してもらって、二~三日そこに住みたいくらいでした。


今回のオトムギの芝居は、公演日程が、もうひとつの大好きな劇団である「激嬢ユニットバス」の公演と完全に重なってしまったため、全部で3公演「しか」観に行くことができませんでした。

その1回目である初日に、公演劇場である下北沢の「ザ・スズナリ」に入って、開演前に最初に舞台上を見た時、「あれ?スズナリの舞台って、こんなに広かったっけ?」という印象を受けました。

まあ、前回スズナリで芝居を観たのは、一年前のオトムギの第22杯目公演だったので、もう舞台の大きさを忘れているのだろうと、その時はそのまま、観劇に突入したのですが…


芝居が終わって、田中敏恵さんのすてきなセットをもう一度見ていたら、ふとあることに気がつきました。

今回の芝居の舞台設定は、ある廃校になった小学校をリニューアルして、宿泊施設として再利用している、というものです。

なので、セットは小学校の教室が再現されています。

そのため舞台上には、教室の窓が大小あるのですが、その窓枠が、四角くないのです。


今回の教室のセットは、昔よくテレビのバラエティー番組に出てきたような、教室を真横から見た形のセットではなく、舞台の中央付近に教室の角(かど)があり、そこに向かって左右から教室の、本来は90度に交わる壁の部分が作られています。

この舞台を観ていない方のためにわかりやすく書くと、今あなたが室内にいるなら、その部屋の壁ではなく、角(かど)を見てください。

そうすると、その部屋の角というか隅というかに向かって、左と右に、壁が見えるでしょう。

それが今回の舞台セットの、基本構造です。

つまり、もし形が忠実に再現されているなら、舞台の中央付近が一番奥になる、三角形の「教室の角(かど)」、それが舞台の形になるはずです。

しかしもちろん、実際の舞台は客席に向かって、ほぼ長方形に、四角にできています。

田中敏恵さんは魔法使いなので、三角のものを四角の上に再現できるのですが、さっき私が気づいた、四角くない、奥に向かって歪んだ台形となっている窓は、その魔法を形づくる、様々な呪文の一部です。

そして実は、田中敏恵さんが舞台上に書き込んだ呪文の中では、窓の形などはほんの一部にすぎず、教室の上にある梁の大きさや高さ、入り口の位置、ガラスが入っていない窓、その他様々なものが、物理的にいうと、すべてありえない角度で、ありえない形に交わっているのです。

そして田中敏恵さんという魔女の一番恐ろしいところは、それらのすべての奇妙な形が組み合わさると、我々がよく知っている小学校の教室が、まったく違和感なく、そこに再現されてしまうということです。

その結果として我々は、元々そこにある狭い舞台空間を、実際より広い場所として認識することになります。

それは、舞台芸術という非日常の不思議な世界に、役者の芝居が始まる前から、我々がすでに、引き入れられているということにほかなりません。

(その2へつづく)
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大人の麦茶の新しいメンバーの一人、岩田有弘さんに会うと、いつも気持ちのよい風が吹きます。

オトムギのメンバーたちは、そもそも皆さんフランクで、舞台の前後に会っても気軽に話してくれる方ばかりですが(池田座長も怖くないよ!シャイなだけだよ!どんどん話しかけよう!)、中でも有弘さんは、体内に陽の気が満ちているようで、話していて嫌な気分にさせられることはありません。


そんな人柄のゆえか、舞台上でこれまで有弘さんが演じてきた役もまた、時に爽やかで時にコミカルな、憎めない役が多かった気がします。

それは今回の「その酒」で彼が演じた大滝洋平という人物にもいえることです。


この芝居の舞台となった居酒屋「舌足らず」は、今は白旗そよこ・たかみという若い姉妹によって切り回されていますが、元々はおそらく、彼女たちの両親が経営していたお店だと思われます。

彼女たちの父親は、近くの料亭からVIPに出す刺身を引いてくれと依頼が来るほど腕のいい職人で、大滝洋平は若いころ、この大将のもとで修行していました。

そしてこの芝居の冒頭、トラックに突っ込まれて店が大変な状況になると、今は有名寿司店の板前である彼は、白旗姉妹を助けに「舌足らず」にやってきます。


彼は原口夏予という、丸々とした彼女をつれてきていて、劇中では彼女のことをブスだデブだと罵倒するのですが、それは、かつて半人前だった自分が今ではいっぱしの人間になったことを白旗姉妹に見せたいがための、一種のパフォーマンスで、実際には彼は夏予にメロメロです。

夏予の聞こえないところで「かわいいやつめ」を連発し、夏予が歌っていると、文句をいいつつ最後は一緒に歌い、芝居のクライマックスでは、事情があって結婚に踏み切れない夏予に、一途な思いで愛を伝えます。

大滝洋平は、実に有弘さんが演じるにふさわしい「いいヤツ」です、今までの岩田有弘であれば。


しかし、この舞台を観ていて、自分はこの大滝洋平という人物に、舞台を降りた岩田有弘さんに感じるような、爽やかな陽性を感じませんでした。

それどころか、舞台をラストシーンまで観終えても、大滝洋平がいい男だとわかった後でも、自分は彼に、ある種の怖さ、未熟さ、不完全さを感じていました。


今は有名寿司店で働いている洋平は、おそらく腕のいい職人なのでしょうが、彼が周りの人間との間で結ぶ関係、周りの人間に自分を示そうとするやり方には、どこかにトゲが、人としての幼さがあります。

実は洋平はかつて、白旗姉妹の妹・たかみと付き合っていて、それが破局した理由がたかちゃんの立場から語られるのですが、おそらく二人がうまくいかなかった原因は、洋平の方にもあります。


ここから先は全くの想像ですが、いくら大将が腕のいい職人だったとはいえ、下町の庶民的な料理屋で修行をはじめた洋平は、料理人として恵まれた出発点をきったとは、とうてい言えません。

何か家庭に問題があったのか、芝居の中ではまったく語られないのでわかりませんが、おそらくは半人前の尖った若造だった彼は、この店の大将に拾われ、厳しく料理の腕を鍛えられたのでしょう。

やがて有名寿司店で働くまでになった洋平ですが、町中の小さな居酒屋で修行してきた彼が、有名な寿司店で他の従業員たちから、暖かく迎えられたとは、考えにくいところです。


そのような背景のもとに、芝居の中に唐突に登場する洋平は、もちろん作者の塩田さんによって、このような人物として創造されたのですが、そこには、今このときにこの役を岩田有弘という役者に演じさせてみたいという、塩田さんのメッセージが感じられます。

そして有弘さんは、この芝居で、「岩田有弘」とはまったく異なるメンタリティーを持った別人「大滝洋平」を、見事に演じきったのでした。



有弘さんは昨年、銀岩塩というプロジェクトを中心となって立ち上げ、年末年始に下北沢の本多劇場で旗揚げ公演をやるという、かつてなら考えられない「無謀な」挑戦をしました。

その重圧、苦労は、外から見ているだけの我々にははかり知れませんが、おそらくはこの試みが、人間としてだけでなく、役者としても、有弘さんを成長させたのでしょう。

大人の麦茶では中神一保さん、和泉宗兵さんが劇団を去り、有弘さんは宮原将護さんとともに、劇団の中心として活動する立場となりました。

彼が長年関わってきたエンターテイメント風集団・秘密兵器も、今年の夏の最終公演をもって、活動停止に入ります。

様々なことが変わっていく中、役者・岩田有弘は、これからもまた、変化し、進化していくことでしょう。

そんな有弘さんを、そして大人の麦茶を、これからも楽しみに観ていきたいと思います。

(この項・了)


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大人の麦茶22杯目公演『その贈りものの酒は封が開いていた』、略して「その酒」は、今までのオトムギ公演同様、群像劇です。

そのため、さまざまな人物が、脇役というより、それぞれの背景を持った独立の人格として物語の中に登場します。

それは、(前)に書いた瀬川社長や翼翔(せすな)さんのような、すでにその人物のための物語が別に存在している場合だけでなく、この22杯目公演で初めて登場した人物についても、言えることです。


劇団「大人の麦茶」の作演出家である塩田泰造さんは、物語を作るとき、よく「あて書き(宛て書き)」という手法を用います。

この手法は、物語を先に作ってあとから配役を決める、というやり方の逆で、まず出演する役者がいて、その特定の役者のために役を作る、というものです。


劇作家が「あて書き」をするとき、おそらく頭の中では様々なことが複合的に行われているのでしょうが、とりあえずその現実の過程を少し脇に置いて、あえて「あて書き」をおおざっぱに分類してみると、パターンは2つに分かれます。

ひとつは、役者本人がどういう人間かを考えて、その人の特徴を反映させた人物を書くこと。

もうひとつは、役者の現実の人間像に寄せて登場人物を創造するのではなく、作家がその役者に「こういう人物を演じてほしい」と思った役柄を、その役者にあてて書くことです。


前者の場合、作り出される登場人物は当然、それを演じる役者本人によく似た、あるいは、劇作家がその役者にいだくイメージを反映した人物になります。

しかし後者の場合、例えば劇作家が、とても温厚な人柄の役者に、サイコな殺人鬼を演じさせてみたいと考えてあて書けば、生まれる登場人物は、あて書かれた役者本人からはかけ離れたキャラクターとなります。


とはいえこの二分類は、人間という複雑な生き物と、芝居という訳のわからない企て、その両方の特質をあえて無視した分類で、実際の「あて書き」は、そう単純ではありません。

例えばきわめて精神力が強いと見える役者の中に、本人も気づかない脆(もろ)さがあり、作者が一見すると役者本人とはかけ離れた弱い人物をあて書いた結果、その役者の新しい側面が引き出される場合もあるでしょう。

あるいは逆に、とてもその役者「らしい」役があて書かれた場合でも、芝居とはフィクションである以上、演じられる人物が役者本人そのままであるはずはなく、そこに発生する違和感が、新しいなにかを産み出すこともあるでしょう。



オトムギ22杯目公演「その酒」に登場する、なみちょうさん演じる清広という人物には、なんともいえない魅力があります。

彼はまず、この物語の中に、一種の敵役(かたきやく)として登場します。

白旗姉妹の切り盛りする居酒屋『舌足らず』が、事故に巻き込まれ大きく破損すると、清広は自分が経営する夜のお店の女の子たちを引き連れて登場し、『舌足らず』に恩を売ろうとしてきます。

彼にはすでにこの商店街で、いくつかの店をいわば乗っとって事業を拡張してきた経緯があり、白旗姉妹と常連たちは、『舌足らず』も自分のものにするつもりかと、清広を警戒します。

しかしやがてこの清広は、外部からやって来た地上げ業者のような人物ではなく、この商店街で生まれ育った、この商店街を何とかして再生しようとしている人物であることがわかってきます。


ところで、この人物の魅力を形成しているのは、この後者の「いい人」ぶりだけではありません。

彼には、その立場が明らかになった後にも、ある種のいかがわしさ、怪しさが感じられます。

この人物の過去については、物語の中ではほとんど明らかにされませんが、劇中の他の人物の台詞から、清広が若い頃は相当なやんちゃ(というか不良)だったことが推測されます。

そこからのしあがってきた清広には、おそらく闇の部分があるはずですが、それは地元商店街を守ろうと考えるメンタルと、彼の中で共存しています。


この清広という人物の中に、おそらくはなみちょうさんという役者の持つ人格の一部が反映されているのではないかと、自分には感じられます。

それがなみちょうさんご本人のどの部分であるのか、どんな風に反映されているのかは、うまく説明できないのですが、少なくとも清広から感じられる「カッコよさ」に説得力があるのは、なみちょうさんが演じているからこそなのだと、自分には思われてなりません。



なみちょうさんについて書いているうちに、すっかり長くなってしまいました。

岩田有弘さんの芝居については、項を改めまして、また。


(後につづく)

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先週の水曜日(5/11)から日曜日(5/15)までの5日間、下北沢のスズナリで、大人の麦茶第22杯目公演『その贈りものの酒は封が開いていた』が上演されました。

自分も、もちろん観に行ってきました。

行けたのは残念ながら、初日、二日目夜、千穐楽の3公演だけでしたが、今回の公演もまた、いい舞台でした。

以下ではいつものように、勝手な思い込み満載で、少し観劇感想を書きたいと思います。



初日の劇場の客席に入ってまず嬉しかったのが、オトムギ公演定番の、田中敏恵さんが建てた美術セットです。

田中敏恵さんのお仕事は毎回、自分の中にある美的快感中枢を刺激してくれます。

それは過去に何度も書いたように、うまいとか美しいとか言うより、「気持ちいい」と表現したくなるものです。

自分は彼女の作ったセットだけで、ごはん3杯は食べられます。



さて、今回のオトムギ22杯目公演には、いままでのオトムギの舞台と比べて、ある特徴があるように思えます。

それは劇中に、作演出の塩田さんが過去に手掛けた作品からの(広い意味での)「引用」が、数多く登場することです。


例えば、池田稔さん演じる工務店『越瀬(こわせ)』の瀬川社長(代表取締役)と、全原徳和さん演じるその店の若頭(かしら)赤池榮二は、2013年上演のオトムギ大人の特別公演『ベッドにもなるソファー』に登場したコンビ。

傳田圭菜さん演じるリフォーム会社『間に合ップ』店長の鳴滝翼翔(なるたきせすな)は、2014年に塩田さんが脚本を書いた、傳田さんの属する劇団「激嬢ユニットバス」の旗揚げ公演に登場したキャラクターです。


このような直接的な「引用」は他にもあるのですが、さらに今回の舞台の中には、作演出の塩田さんが意図したものかどうかは別にして、過去にオトムギとなんらかの関係があった舞台からのイメージが、投影されていると思われる部分があります。

例えば今回の物語の舞台となる「舌足らず」という居酒屋は、白旗そよこ・たかみという姉妹が切り盛りしていますが、それは大人の麦茶第12杯目公演『ちがいますシスターズ』でお店をしきっていた姉妹を思い出させます。

また、並木秀介さん(なみちょうさん)演じる清広という人物が、地元商店街のステークホルダー(企業や地域の利害関係者)を自称して登場し、劇中でその商店街を1艘の海賊船に例えるのですが、これも、なみちょうさんが2014年に奔走して実現させた自主公演『海賊屋万次郎がゆく』と響きあいます。


そういった関連性は、長年大人の麦茶やその劇団員たちを見てきた人間にとっては、なかなかに楽しいものです。

しかしもちろん、この舞台ではじめてオトムギの芝居を観る方々にとっても、この作品は、そんな過去のあれこれを知らず思わずとも、十分に楽しめる内容になっています。



ここまで、過去作との関連性について書いてきましたが、今回の22杯目公演には、新しい側面もありました。

このブログの後半では、特になみちょうさんと岩田有弘さんの芝居を中心に、新たなオトムギの可能性について書いていこうと思います。


(中につづく)

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色々あって、なかなかブログを書けない日々でしたが、久々に舞台関係で書きたいことが出てきたので、書きます。



3月の頭から、千駄ヶ谷の旧国立競技場近くの小さなキッチンスペースで、“激嬢ユニットバス”という団体が、『dishes』という公演をやっています。


この演劇ユニットについては、以前にこちらのブログでも少し公演感想を書いたことがありましたが、大人の麦茶の公演にも出演されていた傳田圭菜さん、今井和美さん、うえのやまさおりさんらを含む8人の女優陣により2年前に立ち上げられました。


その初公演が、オトムギの塩田さんの作・演出だったことや、オトムギのメンバーが客演したり、激嬢ユニットバスのメンバーがオトムギのイベントに来てくれたりと、オトムギとの関係が深かったため、自分もよく彼女たちの公演に足を運ぶようになり、やがてこの演劇ユニット自体のファンになりました。


今上演中の舞台『dishes』は、その激嬢ユニットバスの所属メンバー8人のうちの半分である4人(+1人)、今井和美さん、関根麻帆さん、傳田圭菜さん、日和佐美香さん(+南かおりさん)に、神木優さんという役者さんを加え、劇場ではなく、キッチンスペースのあるワンルームマンションのようなスタジオで上演されています。


自分はこの芝居を、初日の3月1日に観に行き、3月4日にも、もう一度観て来ました。


もともと、小さなスペースで行われる観客との距離が近い舞台は好きで、この演劇ユニットの所属メンバーたちの演技も好きだったので、初日を楽しく観たのですが、昨日観た自分にとって二回目の公演が、最初に観たときからまったく鮮度の落ちない公演だったので、すっかりこの舞台を気に入ってしまいました。


この激嬢ユニットバスに属する8人の女優さんたちは、全員が主役をはれるくらい力が拮抗していて、今回の4人もそれぞれにすばらしいのですが、特に今回は個人的に、関根麻帆さんの演技に光るものを感じました。



この舞台では、チケットの種類によって、キッチンスペースで準備された料理を公演後にいただくことができるのですが、日和佐美香さんによる味付けが、絶妙に美味しいです。


3月6日の日曜まで公演が続くので、もう1公演、観に行く予定です。


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しばらくお金も時間もなくて、映画館にまったく行けなかったのですが、久々に一本観てきました。


前の日に朝から晩まで仕事して疲れきっていたので、軽く楽しめるものと思って選んだのが、『脳内ポイズンベリー』。


主人公の櫻井いちこ(30歳)の脳内会議が出てくる、どう予想しても漫画的でコミカルな内容になるはずの映画で、実際そうだったのですが、しかしこれが、予想外に「いい映画」でした。


そして改めて、「いい映画」であることの条件を、考えてしまいました。



主人公役の真木よう子さんの演技が、抜群によかったのは間違いありません。


なかなかに面倒くさい人物を、真木さんがとても魅力的に演じていて、惹きつけられました。



主人公の脳内で、人格のいくつかの側面を担当している5人のうちの1人・神木隆之介くんも、とてもよかったです。


彼は、主人公・いちこの人格のポジティブな側面を代表しているのですが、不思議な説得力があって、彼の話を聞いていると、なんとかなりそうな気になります。



脳内人格のもう1人、いちこの「衝動」を演じた桜田ひよりちゃんが、またよかったです。


この子はまだたぶん12歳くらいだと思うのですが、新しい世代の女優さんがやってきた感じです。



他の俳優さんたちもそれぞれに魅力的で、その芝居をながめているだけで楽しいのですが、しかし映画を終わりまで観ていたら、どうしてもこの作品のよさが、役者たちの演技だけには還元されない気がしてきました。


おそらくこの映画を、ただ楽しいだけではない「いい映画」にしているのは、監督です。


ゴールデンタイムのテレビドラマになりそうな題材を、こんないい作品にしてしまうこの監督は、きっと「確信犯」でしょう。


ちょうど、同じ材料から同じような作り方で料理を作っても、本当に優れた料理人の手にかかれば、極上の逸品が産み出されるように、たぶんこの映画の監督には、何かが見えていたのでしょう。


映画のあとにパンフレットを買って、監督名を確認して納得しました。


監督の名は、佐藤祐市さん。

あの傑作刑事ドラマ『ストロベリーナイト』シリーズの演出家・監督でした。


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