ブログラジオ ♯29 Moon Is Mine | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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フェアーグラウンド・アトラクション。
移動遊園地の出し物、というのが、たぶん
厳密に本義に近い訳語になるのではないかと思う。
大規模なサーカスみたいなものが随時町を回っていく、
そんな感じなのだと思う。50~70年代を舞台にした
映画なんかでは割とそれっぽいものが見つかったりする。
すぐにどれとは恐縮ながら出てこないのだけれど。
たぶん『ダーティー・ダンシング』や
最初の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』辺り。
でもどっちにもそんな景色はなかったかもしれない。

だからこのバンドは、自分たちはそういう場所で歌うんだと、
最初からそんなふうに宣言していたような気がしてくる。
それはたぶん、非常に深読みをしてしまえば、
音楽は決してビジネスなんかじゃないんだよっていう
ある種控えめなプロテストだったんじゃないかとさえ思う。

そしてその言葉通り、音の編成はアルバム全体を通して
非常にシンプルである。もちろん電源など一切不要。
ギターはアコギで、ちょっと変った音色を聴かせる低音は、
ウッドベースではなくギタロンという楽器によるものである。
これ、メキシコの民族楽器なのだそう。
実際この楽器の存在そのものも彼らによって教えられた。
たぶん使われていたドラム・セットも至極簡単なもの
だったのではないかと思う。

カントリー・ミュージック、フォークソング
トラッド、あるいはスキッフル。トラックによっては
ニュー・オルリンズ風とでも形容すべき、
シンプルな様式のジャズの影響を取り込んでもいる。
端的にいえば極めてアコースティックなスタイルである。

バンドのデビューは88年。思い返せばまさに
シンセ・サウンド全盛の時代であった。
ちなみに同年のヒット曲を挙げてみる。
PSBやフィル・コリンズ、元ワム!のジョージ・マイケル。
そういった顔ぶれに混じって、リック・アストリーが
突然ブレイクし、チャートを席捲していた時期である。
しかも前年に発表されたマイケル・ジャクソンのBADと
ガンズ&ローゼズのAppetite for Destrubtionという
二枚の怪物みたいなアルバムがなお勢いを失わずに君臨し、
両輪として市場を引っ張っていたような按配だった。
もっともAppetite~は二枚組みなので、厳密にいえば
二枚といういい方は決して正しくはないのだけれど、
そこは御容赦いただきたいなと思う。

とにかくむしろこういった状況下で、彼らのようなサウンドを
商業ベースに乗せようと考えることのできた
RCAレコード・イギリスのディレクターこそ、
あるいは一番賢明だったというべきなのかもしれない。

レコーディングに費やされた時間はわずか一月足らず。
まあ、あのビートルズはデビューアルバムを
一日で録音してはいるけれど、時代が違い過ぎて
到底比較にはならないだろう。それでこの完成度である。
ほとんど何もいうことはない。
その証拠に、最初のシングルとなったPERFECTは
瞬く間に全英一位を獲得してしまう。

ところが残念なことに、バンドとしての活動は
わずか二年余りで終焉を迎えてしまう。
セカンド・アルバムさえついに完成されることはなく、
シングルのカップリング曲などの
アルバム未収録音源を集めたコンピレーション盤が
このフェアグラウンド・アトラクションの
二枚目にして最後の作品となってしまうのである。

デビューアルバムの邦題が『ファースト・キッス』で
最後のアルバムのそれは『ラスト・キッス』である。
もちろん国内の担当者のアイディアではあるのだろうけれど、
こうして振り返ってみると、多分に偶然の産物だったとはいえ、
一つの物語としてなんだかひどく、
それこそ付け入る隙さえどこにも見つからないくらいに
すっかり完成されてしまっているように思えて仕方がない。

今回ピック・アップしたMoon Is Mineは
原題をThe First of Million Kissesという
その鮮烈なデビューアルバムに収録されているトラック。
シャッフル気味の軽快なリズムにエディ・リーダーの
澄んだヴォーカルが一層小気味よく載っている。
どこかちょっと、ジーン・ケリーやフレッド・アステアが
歌っていたような全盛期のハリウッド・ミュージカルの
においを感じさせるメロディーラインを有している。
全編を通して鳴るヴィブラフォンが一層、
そのテイストを強固にしている。
やや大袈裟な感じのしないでもない終わり方もまた然り。

思えばアメリカに由来する様々な音楽のスタイルを、
非常に上手く噛み砕いたソングライティングであり、
またグループだったといえるのかもしれない。
そういえばComedy Waltzなんてトラックには、
どこかトム・ウェイツにも通じそうな気配さえある。

その後、エディはソロ・シンガーとして
ラフ・トレードなるレーベルと契約を結び、
間隔こそ空けてはいるが何枚かのアルバムを発表しつつ、
現在も音楽活動を続けている模様である。

やがて彼女たちがシーンに打ち込んだある種の楔は、
次回紹介する予定の同じイギリスのサンデイズや
あるいは後にスウェーデンから登場してくる
カーディガンズなるバンドへと
受け継がれていくことになったのだと思う。


トリビアという訳でもないけれど、上でちらりと言及した
ラフ・トレードというレーベルを代表するアーティストが
やはりこちらもここで幾度か名前を出している、
ザ・スミスなるバンドである。
一時期カルト的な人気を誇っていた彼らの解散は87年。
そしてこの出来事が、次に取り上げる
ザ・サンデイズというバンドの歴史に
小さくはない影を落としてしまうことになるのだけれど
その詳細はまた次回ということで。


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