浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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テーマ:
今週はアレサ・フランクリンである。
フリー・ソウル : クラシック・オブ・アレサ・フランクリン/アレサ・フランクリン

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代表作のアルバム・タイトルから
レディ・ソウルなどとも
呼ばれることもあるようだし、

もっと断定的に
クィーン・オブ・ソウルと
形容されたりもする。

確かにたぶん僕らが、
ソウル・ミュージックという
言葉によって

真っ先に思い浮かべる種類の
歌い方に一番近いのは

この人の歌唱なのでは
なかろうかとも思う。

だから、個人的には
ディーヴァという言葉が
一番ハマるのは

やはりこの方ではないかと
思っていたりもしないでもない。

もちろん所詮個人的な
見解に過ぎないので念のため。

それにそもそもたぶんこの
ディーヴァなる語、
元々はオペラの用語である。


今でもその意味が
第一義的なものとして
通用しているのかどうかは
正直よくわからないけれど。


それからさらに
今のうちに言い訳しておくと、

この人の全盛期についても、
僕自身はリアルタイムでは、
ほとんど知らないといっていい。

そもそもが名前が最初に
頭に入ってきたのも、
当時夢中になって聴いていた

ワム(♯33)の
ジョージ・マイケルや


ユーリズミクス(♯26)の
アン・レノックス、あるいは

スクリッティ・ポリッティ(♯62)の
グリーン・ガートサイドなんかが

こぞって共演したがったり
さもなければ
献辞なり曲中なりで

彼女に言及することが
あまりに多いものだから

知らないうちに大御所として
インプットされてしまっていた、
まあそういう感じであった。

もっとも、80年代にも
何枚かのアルバムを
発表されてもいるのだけれど、

これらにも手を伸ばしてはいない。

たぶん最初に
お声を拝聴したのは、
ユーリズミクスの

Sisters are Doin’ It for
Themselvesという
些か長いタイトルの曲での

アン・レノックスとの
デュエットだったのでは
なかったかと思う。


ああ、この声が
アレサ・フランクリンなのかと
そんなふうに思った記憶がある。

そういう訳でこの方については
少し前の
レイ・チャールズ(♯178)と
同じような感じで、

最初からすでに歴史のような
印象だったものだから、

当時から今なお
現役でいらっしゃることに
感服していたような感じだった。

でもまあ、確かに、
アン・レノックスの
あのヴォーカルを


これだけの迫力で
受け止められる人は

なかなかいないよなとか
思ったことは本当である。

龍虎の激突といったら
字面はいかにもいかめしいが、

でもまあ、
そんな感じだったのである。


そもそも彼女のデビューからして、
僕が生まれる五年も前の
61年の出来事になる。

しかもそれよりさらに
二年だか三年前には、

聖歌隊の一員としてではあるが、
すでにレコーディングの経験も
持っていらっしゃったらしい。

たぶん十二かそのくらいの年。

というのも、実は彼女の父親が
聖職者といおうか、

あるいは説教師と訳すしか
ないかとも思われるのだが、


とにかくあの
キング牧師のような
いわゆるプリーチャーとして

ここでも何度か触れている
チェス・レコードから、

説教の録音を出したりも
されていたのだそうである。

そういう縁があったものだから
こんな話が実現したらしい。

映画『ドリーム・ガールズ』にも、
キング牧師のLPが


発売されるエピソードが
ちらりと紹介されているけれど、

そんな商品というか、
文化が成立するような

社会の状況というのは、
昔も今もさすがに僕では
上手く想像することができない。

ターンテーブルにレコードを載せ、
そこから教会で聴くような
スピーチが出てくるというのは

いったいどんな時間なのだろう。

しかもこのフランクリン氏の
説教レコードの発売タイトル数は

一説によると
80にも昇るのだそうで。

だからそういった言葉が
人々に力を与えていた時代、

逆にいえばそういうものを
よすがにしながら

どうにか日々を
生き抜かなければならなかった人々が
存在していた時期というものが


かつては確かにあったのだと
まあそんな具合に
理解するしかないとは思うのだが、

奴隷制という
非常に歪んだ形の人口の移動が、

やがてキリスト教というものを
たぶんある種奇妙な形へと

徐々に変質させてしまうという、
そういう動きが背後にあってこそ、

R&Bもロックもジャズも
あるいはレゲエも
そしてそもそもゴスペルも


たぶんこの世に生まれることが
できたのだろうなあと、

最近はなんとなく
そんな理解で間違っては
いないんだろうとも

少しずつ思えるようになって
来てこそいるのだけれど、

それでもそこに生じる感情は
やはりなんだか複雑である。

特にゴスペルというスタイルが
強烈に心に届いてくる何かを

ほぼ必ず秘めていることは
揺るがしようもなく確かな訳で、

だけどもしそれが
ある種の抑圧の中からしか
生まれてこないものだとしたら、

その美しさを簡単に
言祝いでしまっていいものか、

なんだかどうにも
そんな気がしてしまうのである。


さて、だからたぶんこの
アレサを語る際には


こういった人種的かつ
宗教的なバック・グラウンドに

触れざるを得ないのでは
なかろうかとも思ったもので、
この話を書いた訳なのだが、

たぶん彼女の本質というのは
ソウルというよりは

その原型のゴスペルに
より近いのだと思われる。

いや、より正確にいうなら、
それこそレイ・チャールズの時に
少しだけ触れてみたように、


この当時の人々が
ゴスペルをポップの範疇に
昇華していくことによって、

ソウルというスタイルが
生まれてきたのだと断言して
かまわないのかもしれない。

さすがにその
草分けともいうべき存在の
一人であるものだから、

とにかく彼女の場合
どの曲でも
ヴォーカルがとても素晴らしい。

迫力とか表情とかが
図抜けていることも
もちろんなのだが、

つねに祈りのようなものが
背後に感じられるのである。

そこがやっぱり
すごいのだと思う。

そういえばG.ガートランドも
彼女のように祈るといった
感じの副題を

どの曲だかに
つけていたはずである。

でも、なんか曲自体はあんまり
それっぽくはなかった記憶も
なきにしもあらずではあるのだが。



さて、確かにこの人の歌い方は
そう簡単に真似のできる
ものでは絶対にない。

本当に誰の曲を歌っても、
自分のものにしてしまう。

Eleanor Rigbyなんかは
ちょっとびっくりしてしまった。

レイ・チャールズのヴァージョンは、
まだオリジナルが
十分に想起されるのだが、

この人の録音は
まるっきり別の曲みたいに響く。


ついでなのでまたちょっとだけ
横道に逸れておくと、

このEleanor Rigbyの
オリジナルの方もまた、

前々回の
Lovin’ You(♯188)と同様に

トラックに打楽器を
一切使っていない一曲である。

全米では残念ながら
1位を逃してこそいるが、

全英のチャートでは
見事トップにまで
ちゃんと昇り詰めているので、

やはりこれも非常に希有な
一曲ということになろう。

いや、まあ
ビートルズのカタログを
つかまえて

今更いうべきことでも
まったくないとは思いはするが。

もちろんこの打楽器云々は
原曲の方の話であって、


アレサのヴァージョンは
すっかりサザンソウルに
装いを変えている。

むしろノリノリ。

マッケンジー神父が
今にもそれこそ
キング牧師ばりの
説教を始めてきそうである。


ちなみに今回の表題にした
A Natural Womanは

こちらは近々扱う予定の
キャロル・キングの
筆によるもので、


彼女の名盤TAPESTRYにも
収録されている。

ただしまあこれはアレサが
既存曲をカヴァーしたという
訳ではなく、

そもそも彼女への
提供楽曲だったものを

キャロル本人が後に
セルフ・カヴァーしたという
経緯であったそうで。

なお、このタイトル
正確には冒頭に
(You Make Me Feel Like)のように
つくのが正しい。

今回は字数の関係で
省略させていただいている。

こちらもまた名曲である。

あとほかには
マーヴィン・ゲイのカヴァーの
Wholy Holyも

彼女のスタイルが
存分に発揮された
聴き応えのあるトラックだった。


実際アレサ・フランクリンの
レコーディングというのは
相当膨大な数に上るので、


そのうちの本当に
ほんの一部しか
耳にしていない上で

このテキストを書いているのは
少なからず気が引けないでもない。

それでも今回彼女のキャリアを
改めて追ってみて
非常に興味深かったのは、

上述のように、
デビューは非常に早いのだけれど、

現在に繋がる大ヒットが出て
彼女の地位を確立されたのは、


それから五年余りが経って
レコード会社を移籍し、

このゴスペルのフィーリングを
前面に出すような

プロデュースなり録音なりの
路線が敷かれてからの
ことだったという点である。

この指揮を執ったのが、
ジェリー・ウェクスラーという

アトランティック・レコードの
半ば伝説的な重鎮なのだが、

アーティストの本質を
的確に見抜き

それを着実にレールに載せていく
A&Rの存在というのは、

やはり大事なのだなあと
つくづくそんなことを考えた。

ウェクスラーその人に関しては、
時代が時代なので
あまりよくは知らないのだが、

レッド・ツェッペリン(♯4)と
まず契約を交わしたのがこの方らしい。


この一事だけでも、その先見性が
十分察せられようというものである。


さて、では締めの小ネタ。

このアレサ・フランクリンは
時に未だ来日が実現していない

最後の大物というふうにも
称されることがあるらしい。

それもそのはずで、
彼女は大の飛行機嫌いとして
知られているのだそうで、


基本的には北米地域以外には
ツアーには出ず、

その移動もすべて
車なのだそうである。

いや、鉄道を使う可能性も
決して皆無ではないとは思うが、

でもたぶん基本は
ツアー・バスであろう。

そもそもは盟友ともいうべき
存在であったであろうあの

オーティス・レディングが
67年に事故死してしまって以来、

彼女は航空機による移動を
頑なに拒んできたらしい。


もっとも後年には
ヨーロッパでのライヴが

数えるほどではあるが
実現してもいる模様なので、

今はもう、絶対という
訳でもないのかもしれない。


人というのは
なんやかんやいって

変わることの
できるものなのだろう。


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