浅草の雷門通りに尾張やという蕎麦やがある。
川に近いほうが大きいので本j店だと思う人が多いようだが、実は大きいほうが支店で田原町に近いほうの小さいほうが本店である。
この店の一番人気が天丼で、私もしばらく食べないでいると無性に食べたくなる味である。
しかし私はお花見と言うと必ずこの店に予約を入れて持って行きたいものがある。
それは蕎麦寿司である。
この蕎麦寿司は3月いっぱいでメニューから消えてしまうので、桜が早く咲かないと桜の下で食べる事ができないのだ。
だから私は折りあるごとに、当代のおかみさんに、「花見の時の楽しみを奪いやがって、冗談じゃないよ、せめて桜が散るまでは蕎麦寿司を作れよ」と言っているのだ。
気心の知れた者ならではこその悪態である。
「だから、修ちゃんが何時作っておいてくれって言ったら作るわよ」と言い返す。
「何言ってやがる、俺だけが食おうって訳じゃねえや、浅草の花見客のために言ってんだ」
そんな言い合いを毎年することがもはや年中行事のようになっている。
そして先程尾張屋の前を通りかかると、表のケースに蕎麦寿司が並んでいた。
これを見ると桜はまだ蕾だが、頑張っている当代に私の面子も立たないから、なるべく早いうちに蕾見物に行かなきゃならない。
ちなみに蕎麦寿司は2人前からのようで、一折りを半分突っついてくれる人を今から探さなきゃならない。
最近は、缶ビールを2缶買って、近所ののん兵衛どもの店の前で、「閉店まで待っていてやるから蕎麦寿司突っつきながら飲もうぜ」という、誠に色気のない蕎麦寿司を食べている。