荒井修のブログ

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春時雨だの春霖(しゅんりん)と言うには少々早いのかもしれないが、朝から袖笠雨が降っていた。袖笠雨とはそでで笠の代りに避けられる程度の雨の事であるが、それも上がり今では道も乾き始めている。こんな雨が春を呼ぶ雨なのだろう。

それにつけても江戸っ子と言うものは気が早く出来ているようで、正月になると「三社様が近づきましたね」と言い出し、明けましておめでとうなどという挨拶をすっかり忘れているおじさん達がいたものである。

そんな浅草であるから2年ぶりのお祭に燃えないわけはなく、町では祭りの話題があちこちの立ち話で聞かれるようになってきた。

祭りの話と言うのはいろいろあって、一昔前なら1年前の祭りの時の喧嘩の遺恨だの、隣町より少しでも華やかになどと言う話が後を絶たなかったが、今では仲間内で作った半纏だの、着物だのの話が多いようであり、平和になったものである。

平和と言えば子供達の町会半纏は、成長が早いのですぐ着られなくなり、お母さん達が「うちの子が小さくて着られなくなった半纏があるけど、○○ちゃんなら着られるんじゃない」というお母さん同士の会話も始まり、これなどは聞いていてほほえましくなる良い光景である。

それに引き換えると我々の方は、3月17・18日の示現会の総予算に対し、「どこの経費が予算を上回っていて」とか、「警察との打ち合わせで企画を練り直さなきゃ」とか、「警備陣の人数がこのくらいで大丈夫か?」など現実的過ぎて面白くも何ともない話が多く、当日を前にくたびれてしまいそうである。

しかし日にちは刻一刻と迫り、話の内容がつまろうとつまらなかろうと進めざるを得ないのである。

こんな事があってこそのお祭りであり、そんな会合も含めてのお祭り騒ぎなのだから、会合で意見が合わなかった相手とも、祭りの当日には「おう、いっぺいやろうじゃねえか、どうだい、めでてぇな」といきたいもんである。

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実は「フォーラム歌舞伎を支える」の開演前の打ち合わせの時、私は舞台から落ちて足を痛めていた。

それは舞台上のスクリーンの見え方が気になり、舞台の際から花道の付け際に斜めに飛び移ろうとした時の事であるが、左足が照明の溝に落ち、足首から先がその溝で固定されたまま落ちたために、一瞬折れたかな?と思った程の痛みであったのである。

松竹の支配人はじめ多くの人がすぐに駆けつけてくれてアイシング用のスプレーをかけてくれたり、シップを貼ってくれたのでその冷たさに感覚は麻痺して全く痛みは感じなくなり、無事に終演を迎えたのだが、その打ち上げが終わり家に帰ろうとした時にはずきんとして歩くのがやっとであった。

私は自分の歩いている様子が「これじゃ芝居の注進の様だな」などとのんきな事を呟きながら歩いた。

そして一夜明けた時、その痛みは冗談も言えないほどになっていた。

私はすぐに一之江のゴットハンドこと岡野先生に電話した。

「先生捻挫しました、痛くてたまりません」と言うと、昨夜来の雪のせいでキャンセルが入ったからすぐに来るようにといわれ、一之江に向かった。

治療の途中、いつもの治療では考えられないほどの手荒い目にあったが、「捻挫の箇所は治したから、あとはとにかく冷やせ」と言われた。昨日はかなりの痛みがあって店に出られなかったが、今日は足を引きずりながらも店に出ている。

この分なら後3日もすれば治ってしまうだろうと思っているが、しばらくは足元に気をつけて下を向いて歩く事にする。

何か拾い物でもしたら、その時またブログに書くことにする。

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「歌舞伎を支える」と言う副題のもとで行われたトークであったが、国立劇場顧問の織田紘二氏、藤浪小道具の顧問の湯川弘明氏の二人会はなかなか出すことの出来ない空気になった。

私はそのコーディネーターという役を与えられたのだが、開幕5分前になって「すっぽんから出たらどうですか?出の囃子はお祭りを用意します」と舞台監督に言われた。

一瞬ためらいはあったものの、この期を逃すともう2度と出来ないだろうなと思い、その言葉に甘えてすっぽんで出させていただいた。

この時点まではご機嫌であり、有頂天気分満点だあった。

そして平成中村座の舞台の間口が8間であるのに対し、幕末の頃の中村座の間口は6間であったので、実際には江戸時代の中村座はかなり狭かったと言うような簡単な話をして織田さんにマイクを渡し、しばらくすると、もう舞台は織田ワールドであった。私と彼の付き合いは40年近いのだが、彼が絶好調になるともう誰も手がつけられず、彼に任せるしかないのである。

気が付くともう織田氏の持ち時間は終了している、にもかかわらずまだまだ話は続き、結局10分オーバー。

トイレ休憩を15分取っていたが10分でご勘弁をとお客様にお詫びし、第2部は5分押しから始まった。

第2部はいよいよ湯川さんと織田さんのトークである。ここで5分を取り返さねば私のコーディネーターとしての仕事はしくじりと言うことになるのだが、2分が始まってすぐに私は私の役目の成功を諦めた。

というのは、湯川さんの話は10分たっても小道具のネタにならず、1部で織田さんが話しをした中村座の引き幕の話を又してもとうとうとしゃべり始めたのである。

私が何とか口を挟んで小道具の話しにしようとして割り込めない様子にお客様が気づき笑いが出始めた。

こうなったらこの湯川トークの面白さを生かしながら次々に小道具を手にとって、聞き出して行こうと思った時、私だけではなく織田さんもそう思ったらしく、後はアイコンタクトと、わざと見え見えの合図で進めていった。

お陰で私は暫の大太刀も、助六の刀も、意休の刀も、四谷怪談の抱き子も、妹背山の菊も、いろいろな物に触れることが出来た。フィナーレではお客様5人を指名して蜘蛛の糸を撒かせて終わったが、お客様たちは皆口々の「楽しかった」と言って頂け、10分オーバーということについてのクレームはまったく無かった。

まずは本当にほっとしたが、あの二人を相手にコーディネーターなど私にはとても出来ないということだけはよく分かった。

おつかれさま。

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