中村屋との思い出 要 | 荒井修のブログ

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歌舞伎の役者さんと言うのは、小道具に大変デリケートな人が多いようで、今日要をしめて欲しいと言い出す人がよくいる。

ある時の事、中村屋から電話があり、「今日要をしめに来て欲しい」というのである。

その時の中村屋は確か京都の南座に出演中のはずだと思っていたので、「えっ、何処へ行けばいいの?」と聞くと、平然と「南座」と云う。

僕は頭の中で、「今日の予定」「京都まで」「中啓の要」「宿」などいろんな言葉がぐるぐる回った。

尚且つ中村屋の言葉は続いた。

「職人らしく着てね」

こうなりゃトコトン注文通りで行こうと決めた。

「了解」

僕は道具袋に、要打ちに必要な道具と要の材料を、万が一の場合まで想定しいろいろ詰めた。

そして今日の予定をキャンセルすると、職人らしい仕事着に着替え、楽屋を汚さないように敷物として大きめな風呂敷まで用意し、麻裏草履を突っ掛けると新幹線に飛び乗った。

仕事を済ませたらすぐに新幹線に乗り込めば宿はとらなくても大丈夫と、宿の事は頭から消した。

南座の楽屋口を入ると中村屋のお弟子さんがそこにいた。

楽屋に入ると「本当にその格好で新幹線に乗ってきたんだね」

「勿論、だって職人で来てって云ったじゃない」

中村屋はまさかそこまではと思っていたようである。

そして要をしめるのにかかった時間は20分ほどであった。

じゃあ終わったから帰ります。

と言って立ち上がると、

「この後これを使って踊ったら終わりだから、一緒に飲めるでしょ?」という。

どうやらこの日のメンバーも座敷の予約もしてあった様で、座敷に入ると顔なじみが次々に入ってきた。

なるほどこういう趣向だったのか。

僕はその時初めて中村屋の趣向を知った。要は確かにきっちりしまっていたわけではないが、今日の今日というほどではないなとは思っていたが、ここまでの趣向を考えていたとは、まことに恐れ入った。

他にもいろいろな御趣向に引っかかった事のある僕には、こんな思い出が山ほどある。

中村屋は本当に人を楽しませる事がすきなのだろう。