コジロウの突発SS。一発書きです。
とある可能性の話。

 触らぬゴッデスに祟りなし

「なー、みっちゃん」
「はい、なんでしょう? おはぎでしたら、もうしばらく掛かりますけど」
 浄法寺の台所で、柔らかく炊いた餅米を丸めていた手を止めて、設楽道子は法衣姿のサイボーグに振り返った。
「みっちゃんってさ、未だにニルヴァーニアン共が蠢いている異次元宇宙と繋がってんだろ?」
 寺坂は粒餡を纏ったばかりのおはぎが盛られた大皿に手を伸ばしてきたので、道子はその手を弾いた。
「ええ、まあ。それがどうかしましたか?」
「その異次元宇宙の量子コンピューターを使って、仮想現実とか作って遊んだりはしねぇの?」
「しますよ。普通に」
 メイド服姿には似付かわしくない和菓子を手際良く作りながら、道子はしれっと言った。人類の叡智を越えた電脳体であり、異次元宇宙に命を預けている道子にとっては、ニルヴァーニアンが構築した異次元宇宙は庭も同然だからだ。
「たとえば?」
「そうですね……。まず最初に、太陽系を模した星系を作って、地球型の惑星が出来上がるまでガスや塵を混ぜて捏ねて、適度に加熱して育てるんです。あれ、結構楽しいですよ。パン作りみたいで。それで、地球型惑星が出来上がったら、知的生命体が育つための土壌を作ります。簡単に言えば、2001年宇宙の旅に出てくるモノリスになるんです、私が。んで、知的生命体がすくすく育って宇宙進出するようになったり、ならなかったり、宇宙進出しても他の知的生命体とか宇宙生物と諍いを起こして全滅したり、とか。面白いですよー、リアルなシムシティみたいで。色んな世界を作りましたよ。昆虫が異常進化を遂げた世界とか、人間とそうでないものがナチュラルに共存している世界とか、ドラゴンが実在している世界とか。まあ、ただの思い付きなんですけどね」
「そりゃリアルだろうなー。ちょっと見てみたいかも」
 寺坂は法衣の袖の中に手を入れて腕を組み、柱にもたれかかる。
「あ、でも、それはちょっとお勧めしませんねー。どの宇宙に置いても、観測者がいるというだけで事象が大きく変化するので、下手をすると寺坂さんが神様になっちゃう世界が出来ちゃいます。そうなると、どうなるのか想像が付きすぎるので」
「真顔でとてつもなく失礼なこと言わないでくれる? んで、面白そうな仮想世界は出来たのか?」
「ええ、いくつか」
 出来上がった粒餡のおはぎを皿に並べ終えると、道子は一度手を洗い、黄粉を入れた皿を引き寄せた。
「特に面白いなーって思ったのが、爬虫類型の知的生命体が繁栄した世界ですね。狩猟本能が弱いくせに知的水準だけが高くてバランスが悪かったので、ひたすら貪欲になるようにしてあげたら、途中で何かを間違えちゃったみたいで、侵略することでしか繁栄出来ない種族になっちゃいましたよ。んで、彼らは銀河を平らげる道中で出会った宇宙生物、っていうか、要するに怪獣ですね。その怪獣を色々といじくり回して乗り物にしちゃって、まー、てんやわんやでしたね」
「選択肢を間違えまくったゲームの末路って感じだな」
「まー、私はゲームのつもりでしたけど、爬虫類型知的生命体は生き物をいじくる技術の研究と開発と並行して、意識が存在する領域に関する研究にも踏み込んでいたので、もしかしたら物質宇宙に来ているかも……」
 道子は不意に手を止め、遠い目をした。寺坂は半笑いになる。
「おいおいおいおいおいおい」
「冗談ですよ、量子コンピューターにも限界はありますって。でも、仮想現実とはいえ、私は彼らに可能性を与えただけであって、彼らを導いたわけじゃないんですよね。それは現実にも言えることですけど。だから、おはぎにマヨネーズが合うという可能性も否定出来ないんですよ! ってああ、寺坂さん、なぜマヨネーズを奪って逃げるんですかぁ!」
「俺はともかくとして、他の連中にそんなもん喰わせられるかー!」
 廊下を突っ走りながら、片手にマヨネーズを握り締めた寺坂は怒鳴り返してきた。道子はむっとしたが、寺坂を追い掛けていくとおはぎを作る時間がなくなってしまうので、柔らかい餅米が残っている蒸し器に向き直り、再び餅米を丸め始めた。
 可能性を否定されたら、出来上がるものも出来上がらなくなってしまうではないか。一通り仕事が終わったら、久し振りに異次元宇宙で神様ごっこに勤しもう。その世界では、マヨネーズ入りのおはぎが通用するように仕向けてみよう。それが成功すれば、寺坂や他の皆もきっと道子の料理を認めてくれるはずである。と、拳を握った拍子に丸めた餅米が吹き飛んで壁やら何やらに飛び散った。
 さながら、仮想現実で進化に失敗した惑星の如く。