前回同様、時系列は手戦だけど登場人物は鋼鉄というややこしい番外編の番外編。そして殴り書き。
リボルバーと鈴音の話。鋼鉄から十六年も過ぎれば大人の関係になってます。

 スコーチド・アース

 後頭部できつく巻いていた髪を解き、背もたれに寄り掛かった。
 コーヒーの苦みが残る唇を舐めてから肺に溜まった空気を絞り出すように吐き出してから、高宮鈴音は長い髪を掻き上げた。金に物を言わせて手入れを欠かしていないおかげで、日々激務をこなしていても髪や肌の色艶は変わらない。フェラガモのハイヒールを履いてピエール・マントゥーのストッキングに包まれた両足をデスクの上に投げ出してから、鈴音はもう一度ため息を吐いた。
 全ては順調だ。マシンソルジャーとの接触と彼らからの技術提供を切っ掛けにロボット産業に着手した高宮重工は、それまでの重機生産と平行し、軍事、産業、民間と様々な需要に沿ったロボットを生産して軌道に乗せてきた。おかげで高宮重工は世界に名だたる大企業に成長したが、鈴音が一任されている人型兵器研究所の力なくしてはここまでの結果は産み出せなかっただろう。それはひとえに、彼とその兄妹達の協力があってのことだった。
 政府高官との会議中に飲み過ぎたコーヒーの苦みを洗い流そうと思い、鈴音はエルメスのバーキンからコントレックスのペットボトルを取り出そうとデスクに手を伸ばした。それらしい格好をするために買っただけで大して愛着のないバッグを探り、三分の二ほど中身が残ったミネラルウォーターを引っ張り出して男のような仕草で呷っていると、認証もなく、ドアが開いた。

「行儀が悪いぜ、姉さん」

 鈴音の城であり機密情報が詰まった所長室のドアをワンテンポで開けられるのは、彼しかいなかった。高宮重工の内部ではプロメテウスの通称を持つマシンソルジャーの長兄でありリーダー、レッドフレイムリボルバーだった。彼はその体格にはやや小さいドアの隙間を滑り抜けて入ってくると、コンソールの操作もなしに無線操作でロックを掛け、ドアを封鎖した。

「鍵を掛けておいたからよ」

 鈴音は身を起こすこともせず、リボルバーを見上げた。両肩に弾倉と銃身を備えた大柄な戦闘兵器は、目も覚めるような真紅に塗られた分厚い装甲を纏い、右目に被っているライムグリーンのゴーグルには不機嫌そうな顔の鈴音が映っていた。

「で、不肖の息子の未来はどうなるんだ?」

 リボルバーは最新型のパソコンの傍に書類がタワーを成しているデスクに近付くと、鈴音はペットボトルに残っていた生温い水を飲み干してから答えた。

「取引は上々よ。K-9シリーズは、礼子ちゃんの下で鍛え上げられた九号機が返還され次第、量産体制に入るわ。アサルトシステムの不具合も、礼子ちゃんが実戦データを与えてくれたおかげでどうにかなりそうよ。あの子は本当によくやってくれるわ。有能なんてもんじゃない、最高よ」
「だが、ちぃと働き過ぎだな」
「ええ。このままじゃ、礼子ちゃんの身が持たないわよ。うちの子達のボディはいくらでも換えが利くし、人工知能だってバックアップさえあればいくらでも再生出来るけど、礼子ちゃんだけはそうもいかないわ。もちろん、神田君と朱鷺田隊長もね。特殊機動部隊に配備出来そうな人員を洗い出してはいるけど、まだまだ採用には至らないわね」
「礼子がどうにかなっちまう前に、なんとかしてやらねぇとな。それが俺達がしてやれる礼ってもんだ」

 リボルバーはデスクの脇を回り、鈴音の傍に来た。鈴音は椅子を回し、リボルバーの胸に肩を預けた。

「ええ」

 間近に接した装甲の奥からは、機械熱とモーターの唸りが伝わってきた。彼の性格と同様に、武骨でありながら抗いがたい熱を帯びた音色に耳を傾けながら、鈴音は急に喉の奥が詰まった。リボルバーのセンサーは鈴音の表情の細かな変化を見て取ったのか、戦士らしからぬ柔らかな仕草で、鈴音の戦闘服とも言えるアルマーニのスーツに覆われた肩を包み込んできた。鈴音はリボルバーの手に自分の手を重ね、きつく握った。

「疲れてんのは、姉さんも同じだな。また長いこと休みを取ってねぇんだろ? 仕事が忙しいのは解るが、適当に
折り合い付けて、ちったぁ休んでくれや」

 リボルバーから労われると、鈴音は首を横に振った。

「そうじゃない」
「じゃあ、何か」
「ただ、辛いのよ」

 鈴音はマスカラが剥げるのも厭わずに顔を覆い、胸中から迫り上がる嗚咽を堪えた。リボルバーやその兄妹の性能と構造を簡略化して地球の規格に合わせて開発した人型自律実戦兵器は、誇らしい子供達だ。だが、彼らを兵器として生み出したのは過ちだと何度も思う。何度も何度も。リボルバーの暑苦しいほどの思いに応えるためなら、彼らに銃を持たせる必要はない。戦場に送り込む意味はない。愛情を込めて育てた人工知能を武器の固まりに詰め込むことはない。高宮重工が利益を出すためには不可欠な産業であり、同業者達に大きく差を付けられるような有利な情報を得ていたとしても、だ。
 若い頃は、鈴音も会社を大きくしようと必死だった。リボルバーが授けてくれた、銀河の向こう側の惑星で造られた戦闘兵器の設計図やコンピュータープログラムの解析に心血を注ぎ、そして人型自律実戦兵器の開発にこぎ着けた。兵器である彼らに対しては、与えてくれた情報で同等かそれ以上の兵器を造り出すのが感謝の意を示すためには必要だと思っていた節もある。だが、時折我に返る。兵器ばかりを造っていたら、行き着く先は一つだけだ。会社も世界も自分も友人も何もかもが自らが手掛けた兵器に破壊され、地球には放射能まみれの焦土しか残らなくなる、と。科学が発展すればするほどに、人間の愚かしさはデフォルメされていく。どれほど愛情を込めて造ろうとも、やはり、彼らはどこまでも機械であり悲しいほどに道具なのだ。

「姉さん」

 リボルバーは鈴音の顔を上げさせ、柔らかな金属製の口元を緩めた。

「俺の子供らなら、大丈夫だ。万が一馬鹿共に利用されそうになったら、その時は俺が壊してやるさ」
「それだけじゃないわ」

 鈴音はリボルバーの首に腕を回し、彼を引き寄せた。

「子供を作るにしたって、もうちょっとやり方があったはずなのに。なんで私は、あんたに似せた子供達を造ろうだなんて思っちゃったのかしら。単純な工業用ロボットだけに止めておけば、よかったのに」
「だが、あいつらは世の中から必要とされていたんだろう?」
「ええ。でも、そんなのはただの言い訳ね」

 リボルバーの冷たい唇に首筋を探られながら、鈴音は目を伏せた。南斗、北斗、そしてK-9にリボルバーの面影が残る人格とフェイスカバーを授けたのは、呆れるほど短絡的な思考の結果だ。マシンソルジャーであるリボルバーと人間である鈴音の間では、何をどうやっても遺伝子を継ぐ存在は産み出せない。体を重ねても形だけで、どれほど満たし合おうとも最後に残るのは生温い体液の雫だけだ。

「それでもいい」

 リボルバーはデスクに投げされていた鈴音のしなやかな両足を持ち、横抱きにした。

「最後がどうなろうと、俺は姉さんさえ幸せなら構いやしねぇよ」
「今の私がそう見える?」
「ああ、物凄くな」

 リボルバーが鈴音をデスクに押し付けると長い髪が扇状に広がり、書類のタワーが崩れ落ちて床に散った。タイトスカートのスリットの限界まで開かれた足の間に、リボルバーの硬く太い足が挟まったが、鈴音は逆に自分の足をリボルバーの足に絡み付かせた。

「…そうね、ボル」

 少なくとも、不幸ではない。鈴音はリボルバーを見上げ、挑発的に口紅を載せた唇の端を曲げた。

「だったら、うんざりするほど幸せにしてちょうだい。でないと、ネジの一本になるまで分解してやるんだから」
「そいつぁ怖いぜ、機械としちゃあな」

 リボルバーは鈴音の華奢な腰に手を添え、力強く引き寄せた。これから始まるであろう、非生産的極まる時間を思うだけでぞくぞくしながら、鈴音は手の甲で口紅を拭ってからリボルバーに顔を寄せた。
 いつの時代も、兵器は最高と最悪の双方を併せ持つ悪魔じみた発明となる。リボルバーと鈴音が大企業の技術力と資金力を利用して生み出した愛すべき子供達もまた、同じ道を辿るのが目に見えている。けれど、彼らが世界最悪の兵器となろうとも、幾人の人間を殺そうとも、鈴音の心は痛まないだろう。痛むとすれば、リボルバーの要素を含んだ個体が、愛する男の分身が無惨に破壊された時だけだ。人間としては大いに歪んだ感情だが、兵器の恋人としては妥当な感情ではないだろうか。
 たとえ、この星が焦土になろうとも、彼と彼の子供達さえ無事なら鈴音は涙も零さない。リボルバーから注がれる荒っぽい愛情を全身に浴びながら、鈴音は熱い吐息を零した。
 狂おしいほど、幸福は甘くなる。