時系列は手戦だけど登場人物は鋼鉄というややこしい番外編の番外編。今日もまた殴り書き。
ディフェンサーと律子のその後とインパルサーがちょっと絡む話。

 騎士よ、光であれ

 次兄から転送された画像データのロードは、0.1秒も掛からずに終わった。
 視界の左側を占めたのは、白いドレスを着て微笑む彼女と、高校時代の面影を残すその友人達の画像だった。晴れの舞台ではさすがにメガネを外していて、トレードマークだった三つ編みも解き、長い髪はアップにされてヴェールの下でまとめられている。時間の経過と共に成長して女性らしい丸みを帯びた体を包むマーメイドタイプのドレスは胸元があまり開いておらず、彼女の大人しい性格を如実に表していた。画像を注視したまま、五分以上黙していたが、イエローフォトンディフェンサーは口を開いた。

「悪いな、兄貴」
「いえ」

 フォトンディフェンサーの隣に立つ次兄、ブルーソニックインパルサーは首を横に振った。

「僕が出来ることと言えば、これくらいですから」
「で、どうだったって?」
「とても良い式だったそうです。律子さんも幸せそうでしたって、皆、言っていました」
「…だろうな」

 そんなものは、彼女の表情を見れば解ることだ。ディフェンサーは画像を閉じずに、右目だけで外界を見下ろした。二人が立っているのは都市の中枢を成す高層ビルの屋上であり、屋上の中央を陣取るヘリポートには高宮重工の名が大きく印されていた。吹き付ける夜風は厳しかったが、超合金製の外装に覆われた戦闘兵器には冷たくもなければ痒くもない。日が落ちても休むことを知らない人間達の息吹を感じながら、ディフェンサーは律子に思いを馳せた。
 旧姓、永瀬律子。新姓、光井律子。ディフェンサーのコマンダーであり、かなり無理はあったが楽しかった高校時代の友人の一人であり、そして思い人である彼女は、音大時代の同級生と結婚して人妻になった。マシンソルジャーによって引き起こされた戦いに関わった人間の中では、律子だけがこちら側には来るまいと必死に踏ん張っていた。美空由佳はジャーナリストとして活動する傍らでマシンソルジャーと人類の関わりを追い掛け、高宮鈴音はマシンソルジャーの技術を用いた人型自律実戦兵器の開発に取り組み、神田葵は自衛官となって人型自律実戦兵器と共に国防に携わり、神田さゆりは高宮重工に就職して人型自律実戦兵器から派生した新型特殊兵器開発チームの一員となり、美空涼平はエンジニアとして人型自律実戦兵器だけでなくマシンソルジャーそのものをも扱える技術力を身に付けようとしている。そんな中で、律子だけは普通に生きた。彼女らとの付き合いは止めなかったが、流されまいとするように地方の私立音大を受験して合格し、東京から離れて暮らし始めた。高宮重工とシュヴァルツ工業の小競り合いが始まってからは、ディフェンサーも兄妹達と同じように彼女と会う頻度は格段に減ったが、それでも律子との繋がりはあった。他の兄妹のような恋愛関係に至っていたし、かなり照れ臭かったが好きだなんだのと言い合い、それらしいこともした。だから、律子と自分もずっと傍にいるものだと信じていた。兵器と人の壁を越えられたのだと、根拠のない思いを抱いていた。
 けれど、大学を卒業してからは、律子はディフェンサーと距離を置くようになった。最後に会ったのは律子が卒業記念の一人旅をしている時で、寂しい海岸でのことだった。律子はディフェンサーを前にして、ごめんね、ごめんね、と泣くばかりで、ディフェンサーは何も言えなかった。後から考えれば、その時に愛しているだの好きだの守るだのと言ってしまえば良かったのだろうが、ディフェンサーの音声回路は凍り付いて思考回路は固まった。律子を泣かせてしまったことに対する罪悪感に縛られたからだ。涙が枯れるのではないかと思うほど泣いた律子は、掠れた声で、ごめんね、と最後に一言だけ言ってディフェンサーから離れていった。
 それきり、彼女には会っていない。大学卒業後、律子はピアノの先生をしながら生計を立てていると兄妹やその恋人達から聞いたが、住所までは聞き出さなかった。未練がましいし、格好悪いと思っていたからだ。そうこうしている間に律子は人並みの恋をして伴侶に相応しい男性を見つけ、今日、結婚した。

「こういう時、どういった言葉を掛けるべきなのか、僕にはプログラミングされていませんけど」

 インパルサーは無数のビルの窓明かりをレモンイエローのゴーグルに映し、俯いた。

「傍にいることぐらいは出来ますから」
「俺はそこまで柔じゃねぇよ」

 ディフェンサーは毒突いてみたが、感情回路はリミッターが弾けかねないほど痛んでいた。過電流による負荷が胸に収めたコアブロックを軋ませ、ケーブルがずきずきする。律子が離れていった時に覚悟を決めていたはずなのに、抗いきれぬ現実を思い知らされるのは耐え難かった。彼女の判断を尊重して、ただの友人に対する感情に切り替えたはずだったが、戦闘兵器が味わうには優しく穏やかだからこそ果てしなく残酷な恋愛感情は抜け切らなかった。何度となく思考したが結論が出ない事項が、思考回路を空しく駆け巡った。

「俺は、律子の何だったんだ?」

 ディフェンサーは小柄な体格に反比例して巨大な腕を上げ、拳を固めた。

「ただの友達か? 都合の良い道具か? 恋人ごっこをしただけなのか? 俺が律子を好きだと思っていたのは、俺だけの思い込みだったのか? 俺が人間だったら、律子は俺と結婚したのか?」
「それを律子さんに聞いてみましたか?」
「聞けるわけがあるか。そんなもん聞いて良い返事が返ってきてみろ、俺は律子をどうするか解り切ってる」
「ええ、そうですね。僕にも解ります」

 インパルサーは都会の明るい夜空を仰ぎ、人工衛星の過ぎる様を見つめた。

「きっと、宇宙に攫ってしまいます」
「…だから、俺はあいつから離れたんじゃないか!」

 ディフェンサーは呻くように吐き出し、両の拳をフルパワーで握り締めた。過ぎた力を持っているからこそ、マシンソルジャーはどの惑星の人類とも融和出来ない。解り合えたとしても、決して壊すことの出来ない壁が立ちはだかっている。その壁を越えて人間と愛し合えたとしても、その先はない。だから、たまに思ってしまうのだ。未来がないのなら造り出してしまえばいい。誰にも邪魔されない、何者にも妨げられない、閉じた世界の内に甘く美しい宇宙を内包してしまいたい、と。愛する彼女を地球から奪い、別の宇宙に旅立ちたいと。
 そんなことだから、律子は離れていったのだ。ディフェンサーが思考回路の奥に抱いた危うい思考を感じ取り、距離を置いたのだろう。それが正しいし、彼女自身のためでもある。それなのに、律子を責めたくなるのはなぜだろう。なぜ俺を放っておいた、なぜ俺ではない男と結婚した、なぜこちら側に来ない、と。

「もう一つ、由佳さんから頂いたファイルがありまして」

 インパルサーはディフェンサーの了承を得る前に送信し、ディフェンサーは軽く苛立ちを感じつつ受け取った。

「今度は何だよ」
「再生してみてください」

 インパルサーの指示通りにファイルを展開すると、ピアノの音色が始まった。だが、それはディフェンサーの記録装置にもなければ、律子との付き合いの間に学んだ地球人の作ったどの音楽にも当てはまらない、一度も聴いたことのない音楽だった。滑らかだが力強さが感じられる音色は、律子のピアノに間違いなかった。

「結婚式で律子さんが弾いた、律子さんが作った曲です」

 インパルサーは弟と同調する形でファイルを展開し、再生しながら、静かに呟いた。

「題名は、光の騎士です」

 それが誰を指すのか、教えてもらうのは無粋だった。数時間前に、ウェディングドレス姿の律子が奏でていた音色には、以前にディフェンサーが戯れに教えた音波を用いた暗号のパターンが組み込まれていた。不協和音になりそうなところを、見事な流れに仕上げているのはさすがだった。

  愛しの光の騎士へ。あなたを愛する気持ちは変わりません。
  裏切りだと思うのなら、そう思ってくれて構いません。人らしく生きることを望んだ私を恨んで下さい。
  どうか、自分を責めないで。いけないのは、あなたに全てを捧げる覚悟が出来なかった私の弱い心。
  だから、これからは、あなたとあなたが愛する人達を守って下さい。
  もう、私のことは守らなくていいから。
 
 再生が終わると、ディフェンサーは発声装置を切って慟哭した。弟の異変を察したインパルサーは、敢えて弟には声を掛けずに黙していた。マグマのような熱く激しい感情の波が去った後も、ディフェンサーは拳を緩められなかった。

「…馬鹿言うな」

 精一杯の意地と渾身の思いを込め、ディフェンサーは震える声を発した。

「俺が守らなきゃ、誰がお前を守るんだよ」

 次兄に肩を叩かれ、ディフェンサーは引きつり気味の笑みを浮かべた。喜ぶべきなのか、それとも新婦に裏切られていることを知らない新郎の不幸を笑うべきなのか、嘆いてやるべきなのか、判断を付けかねたが、一つだけ言い切れることがある。ディフェンサーは、律子の騎士で在り続けることを許されたのだ。
 この宇宙の何よりも、律子を愛しているからだ。