“愛里跨(ありか)の恋愛スイッチ恋愛(なごみちゃん編29)” | 愛里跨の恋愛スイッチ小説ブログ

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29、彼は私のヒーロー

 


吸い込まれるように自然に見つめ合う。
お互いの名前を何度も呼んで愛を確かめ合う。
これまで誰とも体感したことのない甘く幸せな時間。
全身がとろけてしまいそうなほどの余韻の中で、
私は彼の頬に手を伸ばす。
その指を八神さんは甘噛した後、
暫く私の胸に頬をつけていたけれど、
顔をもたげて優しい口づけをした。
窓の外はすっかり暗くなっていた。

 

新  「お兄さんと会う前なのに、ごめん。
   感情を抑えられなかった。
   これ以上、我慢できなかった」
なごみ「そんなに謝らないで。
   なんだか、悪いことしてる気分になる」
新  「まったく悪くない。
   むしろ俺は良かったって思ってる。
   もっと早く、こうなるべきだったとも思ってるよ」
なごみ「うん。私も。
   すごく愛されてるって感じたから」
新  「そう。俺もそうだよ、なごみ」
なごみ「うん。ただ、ね……」
新  「ん?何。もしかして満足できなかった?」
なごみ「ううん!すごくすごく満足した。……あっ」
新  「ん。……ぷっ!あはははははっ!
   やっぱ。ムード壊すの、俺の予想以上。

   ここまでくると天才的だな」
なごみ「もう!素直に言っただけなのに」
新  「ごめんごめん。
   で?ただ、何なの」
なごみ「新は私の未来のビジョンは視えた?
   以前は手に触れただけで視えてたでしょ」
新  「あぁ。心像視のこと」
なごみ「ええ」
新  「視えなかった。
   なごみは抱き合ってる最中、俺の過去現在未来が視えた?」
なごみ「ううん。あれ以来視えない。
   紘都さんとの関係が終わってからは予知もないの」
新  「そう。まぁ、いつも視えてちゃ気が抜けないからな。
   警告や必要に迫られた時だけ視える、それでいいんじゃないか」
なごみ「本当にそれでいいのかな。
   もしかしたら、かづきさんに掛けられた呪いのせいで、
   新も私も力を奪われてるとしたら」
新  「もしそうなら、俺は君と抱き合ってないさ。
   俺の心も身体も想いのままに素直に稼動中だ」
なごみ「う、うん」

 

 

キス2

 

 

私は不安だった。
郡司さんの彼が媚薬のせいでかづきさんに奪われたと聞かされたから。
そして彼女がこっそり八神さんに飲ませたという薬の存在も。
もしその恋の呪いが効いてしまっていたら。
彼から愛されて敏感になっている今だからなのか、
いつか彼女に奪われるのではないかという恐怖が増幅してる。
私は思案顔で八神さんを見つめた。

 

 

なごみ「本当に?かづきさんから色仕掛けで言い寄られても、
   誘惑に負けることなく跳ね除けることができる?」
新  「ああ。彼女に支配されることは絶対にない。
   俺はなごみがいいんだ。
   ほかはどうでもいい」
なごみ「う、うん」
新  「もし、万が一でも大雅さんを裏切るような行為が遭ったなら、
   俺は迷わず自らを屍にして墓場を選ぶ」
なごみ「そんな。新……」
新  「これでもまだ不安がある?」
なごみ「……ううん。ない」
新  「それなら良かった。
   7時を過ぎたな。
   そろそろ服を着よう」
なごみ「うん。シャワー、先に浴びていいよ。
   リビングを出て右奥がシャワー室だから。
   タオルもラックに入ってるの自由に使って」
新  「OK。分かった」


八神さんは横になっている私をゆっくり起こしハグした後、
頬に触れて再び熱い口づけを落とした。
そしてブラウスを私の肩に優しく掛け、自分の洋服を掴むと、
立ち上がりシャワー室に入っていったのだった。

 


 

午後8時過ぎ。
一階正面玄関のインターフォンが鳴る。
私はワイドモニターの前に行き、画面を確認して「はい」と応対した。
そこには黒縁メガネに紺色のトレンチコート姿の兄と、
白のニットに黒のタイトスカート、
ベージュのロングカーディガンを纏った妹の姿が写っている。
「僕だ。早く開けろ」という兄の不機嫌な声がスピーカーから流れると、
緊張から私は一瞬言葉を飲み込む。
それでもすぐに「どうぞ」と言って解錠した。
二人がエレベーターに乗り上がってくると意識すればするほど、
身体の奥底からこみ上げてくる緊張で小刻みに震えだす両手。
しかし八神さんは透かさず私を後ろからハグし、
全身の震えを一瞬で止めてくれたのだ。

 

 

なごみ「うまく説明できなかったらどうしよう」
新  「今まで起きたことを、ありのまま話せばいい」
なごみ「ありのままが通用する相手じゃないの、兄は。
   もし届けを取り下げないって言ったらどうしよう」
新  「なごみが手に負えくなったら、俺が変わって説明する。
   だから何も考えずありのままを話せよ」
なごみ「新」
新  「大丈夫。俺がついてる」
なごみ「うん」

 


三分後、玄関横のインターフォン音が鳴る。
私はもう一度八神さんとハグした。
セクシーでスパイシーな彼の香水の香りが安心感をくれる。
ゆっくり玄関に向かい、のぞき窓に顔を近づけ二人を確認すると、
玄関の鍵を解除してドアを開いた。

 

 

みのり「お姉ちゃん。本当に無事だったのね」
なごみ「みのり。ふぶき兄さんも」
風吹 「……」
なごみ「どうぞ、上がって」
みのり「うん。お邪魔します」

 

 

兄はへの字口で玄関に揃えらた八神さんの靴を見ていたけれど、
無言で靴を脱ぎすたすたとリビングへ入っていく。
後に続いたみのりは部屋へ入るやいなや、
一礼をする八神さんに驚きフリーズした。
しかし兄は一貫して態度を変えず、相変わらず不機嫌だ。

 

 

みのり「道明寺、新……
   あの動画、本当だったんだね、お姉ちゃん」
なごみ「みのりったら、失礼でしょ。
   お兄ちゃん。こちらが」
風吹 「おまえに言われなくても知ってる」
新  「初めまして。八神新と申します」
みのり「八神?八神が本名?」
なごみ「みのり」
風吹 「なごみの兄の天羽風吹と言います。
   おい、なごみ。これはどういうことだ」
なごみ「説明するから、とにかく二人とも座って?
   八神さんも。
   今、あったかいコーヒーを入れるから」
風吹 「コーヒーなんかいい。
   僕たちは遊びに来たわけじゃない」
なごみ「分かってるけど、順序立てて話したいの」
風吹 「順序だ?笑わせるな。
   おまえが実家に帰ってきて説明するのが筋で順序ってもんだ」
新  「まぁ、そう言わずに座ってください。
   話はそれからでもいいでしょう」
風吹 「……」
みのり「何度見返してもカッコイイ。
   声も姿も、テレビに出てるまんまだもんね。
   なんでお姉ちゃんと彼が一緒に居るのか教えてよ」
なごみ「それは後で話すから」

 

 

 

 

私はコーヒーの入ったマグカップを、座っている兄の前に置き、
みのりと八神さんにも手渡した。
すると抑えていた苛立ちの堰が切れたのか、
凄まじい怒りを眉間に寄せて怒鳴りだす。   

 

 

風吹 「いい加減にしろ!
   世間を騒がせるほどの事件を起こしておきながら、
   何がコーヒーだ。
   何が順序立ててだ!
   おまえは天羽家に泥を塗り、世間に恥を晒したんだぞ!」
みのり「お兄ちゃん、ちょっと言い過ぎだよ。
   お姉ちゃんが犯罪を犯したわけじゃないのよ」
風吹 「みのりは黙ってろ」
なごみ「私は、天羽では恥なの?」
風吹 「そうだ。おまえは天羽家の恥晒しだ」
なごみ「……」
風吹 「おまえは昔からそうだった。
   何かに取り憑かれたみたいに変なことばかりほざいてた。
   そして少しは働きだしてまともになったかと思ったら、
   こうやって変な奴らと非現実的な生活をしているじゃないか。
   勤め先では横領容疑で謹慎処分。
   男遊びの成れの果てに三角関係のもつれから傷害で警察沙汰。
   それが健全な人間のやることか!?」
なごみ「なんですって。
   久しぶりに会って何を言うかと思えば……
   私をいくら悪く言ったっていい。
   家族が言う戯言だもん。
   いくらでも我慢する。
   でも、私の仲間を悪く言うのは許せない。
   私のことも、私を救ってくれた人達のことも、
   これまで何が遭ったのかも知らないくせに、
   頭ごなしに何でも決めて、
   ふぶき兄さんはどうしてそんなひどいことが言えるの!?」
風吹 「言えるね。ああ、何度でも言ってやる。
   おまえはもう天羽家とは関わりのない人間だからだ。
   父さんもなごみはこの世に居ないと思うってさ。
   大学卒業からまともに家に帰ってこないしな」
なごみ「帰れないわよ!」
風吹 「家族がおかしくなったのもなごみ、全ておまえのせいだ。
   順序立てて説明するだと?
   自分が仕出かしたことを正当化するな!」
なごみ「家族がおかしくなったのが私のせいならそれでもいい。
   何かが起きる度に誰かのせいにしたいなら全て私のせいにすればいい。
   でも、そんなことなんてどうでもいい!
   今の私は、何を思われても言われても動じない。
   お願い、今から警察に連絡して」
風吹 「はぁ?何をいきなり言い出すんだ」
なごみ「兄さんが提出した私の捜索願い、
   今から取り下げてほしいの。お願いします!
   そうしないと、私を助けてくれた八神さんや逢坂さんが、
   罪人扱いされてしまう。
   八神さんは身体を張って私を守って怪我をしてしまった。
   逢坂さんは怪我をした八神さんと、
   私たちを襲った人を病院に連れて行ってくれただけなの。
   だから無実の人を、犯人扱いしてほしくない。
   お願いします。警察に私は無事だと連絡してください」
新  「……」

 


私はその場に座り込み、両手をついて床に額がつくまで頭を垂れた。
立ち上がった兄は私の姿を見下ろし、
鼻で笑うと八神さんを睥睨する。
私と兄のやり取りを見ていたみのりは困ったように口唇を噛み、
そして八神さんは兄の理不尽な言動にも表情一つ変えずに、
事の成り行きを傍観している。
けれど、兄のある言葉でやっと口を開いたのだ。

 


風吹 「みのり、帰るぞ」
みのり「えっ!?
   お兄ちゃん、お姉ちゃんは無事だったんだし、
   警察に連絡してあげようよ。
   道明寺さんと逢坂さんがお姉ちゃんを助けてくれたのなら、
   お礼を言わなきゃ」
風吹 「ふん。話にならないな。
   どうせ、この男からあれこれ悪知恵を吹き込まれたんだろ」
新  「ええ。俺はなごみさんに悪知恵を吹き込みましたよ。
   『ありのままを話せばいい』ってね」
みのり「えっ」
風吹 「なんだって?」
新  「だからありのまま、本心をお伝えしてると言ってます。
   捜索願を取り下げるには、届けを提出した本人しかできません。
   全くの他人が勝手に取り下げて問題が生じたら警察も困りますしね。
   だからなごみさんは提出した貴方に土下座までしてお願いしているんです。
   それでも、警察に連絡したくなければそれでも構いませんよ。
   その場合、行方不明者の安否が分かっているのに、
   故意に取り下げないとなると、
   警察は貴方方ご家族を何と思うでしょうね。
   捜査過程で再度、天羽家に連絡した時は……
   こういう家族だからなごみさんが家に要られないのだろうと、
   感の鋭い警察官だったら疑うかもしれませんね。
   まぁ、結果困るのは、なごみさんや俺たちじゃありませんが」
風吹 「……くそ!
   わ、分かった。
   連絡して、と、取り下げればいいんだろ!」
新  「はい。ありがとうございます。
   なごみさん、良かったな。
   分かってもらえたぞ」
なごみ「新、さん?」
風吹 「おい。あ、あんた!
   え、偉そうに、いったい何様なんだ」
新  「俺ですか?
   俺は、なごみさんと交際している八神新と言います。
   今の職業はフリーのカメラマンです。
   時々は週刊誌に載せる写真を撮ったりもしますし、
   結構恐ろしい世界の住人ですよ。
   今回は俺を引きずり降ろそうとしている輩に、
   逆に撮られてしまいましたけどね」
風吹 「……」

 

 

 

彼が何者なのかって?
彼は私のヒーロー。
悪に立ち向かい、身を挺して戦ってくれる。
そんな錯覚まで感じてしまうくらい、
八神さんの眼は、言葉は、心は、
そして愛情は私を大きく包んで守っていた。
それでも容赦なく心無い兄の言葉はだらだらと聞こえてくる。

 


風吹 「な、なんだ。僕を脅してるのか?」
新  「いいえ。自己紹介をしたまでです。
   それにどんなに腹立たしい暴言を吐かれたとしても、
   貴方は俺の愛するなごみさんのお兄さんですからね。
   いずれ義兄弟になるかもしれないし」
風吹 「兄弟!?
   僕はあんたを義弟なんて絶対に認めないぞ。
   父さんも天羽家一同もね」
新  「そうですか。それは残念だな」
風吹 「会社の金に手をつけて首寸前のやつなのに、
   よく真剣に愛せるな。
   人類愛のつもりか?それとも今でもヒーロー気取りなのか。
   甘いマクスで自分を売ってきたあんたも、
   一般人の妹に引っ掛かったらただの男だな。
   本当に憐れだよ」
新  「例えば。
   俺が、物心つくかつかないかくらいの小さな頃に、
   両親と離れ離れになって家族の愛を知らない人間だったとしても、
   ただの変わり者であっても残忍な人間とは限らない。
   貴方のように両親の元で何の苦労もなく育った人でも、
   言葉や態度で人を支配しようとする冷酷な人もいる」
風吹 「なんだって!?」
新  「親兄弟の権力に抑圧されて育った人間でも、
   生まれて今日までの間に、たった一人の誰かの本物の愛に触れれば、
   それを他人にも与えることだってできる。
   幼少期に虐待やいじめ、
   ネグレストなんていう辛い過去を抱えていてもだ。
   その体験が想像力を伸ばして、
   強いインスピレーションや心のコントロール、
   特異な才能を開花させることもできるんだ。
   鈍感で非情な貴方と違って人間のスケールが違うんですよ。
   貴女の妹、なごみさんはね」
風吹 「あんた、さっきから好き勝手なことばかり言ってるが」
新  「あぁ。それから、お兄さん。
   今までの会話、しっかり録音させて頂きました。
   言葉の暴力も立派な犯罪になりますからね」
風吹 「えっ!?」

 

兄は八神さんの一撃で完全に言葉を失った。
暫く八神さんを睨みつけ考え込んでいたけれど、
コートのポケットからスマホを取り出し、
その場で警察に連絡をしたのだ。
兄は対応する警察官からいくつかの質問を投げかけられていたようだった。
スマホを持ちハンカチで汗を拭いながら必死で話している。
戸惑う姿を八神さんはソファーに座って静観していた。

 


みのり「道明寺さんって……
   素の状態でも映像と同じでかっこいいね。
   す、すごくいいよ!
   お姉ちゃん、今幸せでしょ」
なごみ「……ええ。最高に」
みのり「いいな。どうしたらあんな素敵な人と巡り会えるの?」
なごみ「それは、神様にしか分からない」
みのり「はぁ。私もあんな素手機で頼りになる彼がほしいよ。
   たっくんなんて全く頼りにならないし、
   服についてる蜘蛛を退治してって言ったら、
   私を置いて一目散に逃げちゃうんだよ。
   最悪な彼でしょ!?」
なごみ「みのり。
   (実はね。私もつい最近、毒蜘蛛に襲われそうになったの。
   でも彼は、全てを飲み込んじゃほど大きな蜘蛛にも立ち向かう人なの。
   彼は私の最愛の人で、私のヒーローなのよ)」

 

 


(続く)

 

この物語はフィクションです。

 

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