ライが亡くなったのは、去年いっしょに桜を見たあとだった。
あのあと髪を切った。長めのボブからマッシュルームに変えて、気に入ったので、それを伸ばしてカレンカーペンターかABBAみたいになったらいいなと思ってがんばっていた。しかし一年育てたマッシュは巨大キノコになっただけだった。
また春がきたし、もう伸ばすのをやめて切った。
美容院で床に落ちた髪を見て、この一年のことを思った。心の中は夢と幸せに満ちた時間だったけど、体は故障しつづけていた。今まで生きてきた中で、気づかずに続けていた癖にどんどん気がついた。いらない癖をやめていく。いらない物も片づけていった。
違う形になった髪は、風を受けると新しい波を描く。小さく細かく揺れるのだ。
キーマカレーの美味しいお店に入る。
そこには、亡くなった夫のサインが未だに飾られている。わたしにとってはその思い出は、前世の記憶かと思われるくらい現実味がない。彼の記憶は、夢を見ていたのと同じことになっている。
マスターと奥さんが
「元気?」
と聞いてくれる。それは、一人になってつらく淋しくないか?という意味だ。彼らの記憶の中では、私たち夫婦の姿がきっと昨日のことのように思い出されているのだろう。わたし自身はこんなにも別人だというのに。
ライの記憶ももう、すでに悲しみではなくなっている。1年前のわたしすらもうここにはいないのだ。
街も少しずつ店が入れ替わる。
毎日そこにいると気づかないけれど、しばらくぶりに訪ねる街は、もう思い出の街とは違う顔をしている。
今日のあの人は、今日のこの街は、今日限りでもう会えないのです。