小泉のイラク戦争支持とメディアの責任 | 永田町異聞

小泉のイラク戦争支持とメディアの責任

2003年3月18日、小泉首相は、米国のイラク戦争を支持する意思を表明した。


この戦争に正当性などなかったことは、今や世界の常識である。


ブッシュに追従したオランダや英国ではその反省の機運が高まって、政府の独立調査委員会が検証を進め、オランダでは「イラク戦争は国際法違反」と結論づける報告書が公表された。


残念ながら、日本では政権交代したにもかかわらず、英国やオランダのような政府の取り組みは見られない。


今日の朝日新聞朝刊で、松本一弥記者は、どういう経緯で、日本がイラク戦争に加担する羽目になったのか、日本版「イラク戦争検証委員会」を立ち上げるよう求める記事を書いている。


委員会立ち上げには大いに賛成する。ただ、小泉首相がそういう判断をした背景に、朝日も含む日米欧のメディアがイラクの大量破壊兵器保有というニセ情報に踊らされていた側面があることを見落としてはならない。


メディアの問題は後述するとして、まず松本記者の記事を概観しておこう。松本記者は、閣内の議論を欠落させたまま、小泉首相が唐突にブッシュの戦争を支持したことを、当時の防衛庁長官、石破茂氏や、官房長官だった福田康夫氏の証言から指摘する。


「閣僚懇談会のような場で、イラク戦争支持の是非を議論したことはなかった」(石破)


「小泉氏からイラク戦争を支持するという言葉は明確には聞いていない」(福田)


つまり、小泉首相の独断に、国家の命運を委ねていたのが実態だった。


米軍イラク侵攻前の小泉官邸の状況を、元首席総理秘書官の飯島勲が著書「小泉官邸秘録」のなかで、こう書いている。


「米国のイラク攻撃は時間の問題という情勢になってきた。一方、米国にいかなる形で協力していくかについては、なかなか検討が進まない。防衛庁担当の小野秘書官や防衛庁から来ている黒江参事官に聞いてみるが、要領を得ない」


「前のめりになっている外務省、安全第一で腰が引けている防衛庁、取りまとめに当たるべき内閣官房も力量に欠けているという状態。これではさすがの古川官房副長官もはっきりした方針を固めることができなかった」


外務省も防衛省も内閣官房も、小泉首相にメディア報道以上の判断材料を提供できなかった。そして、小泉首相はブッシュにおもねるように、戦争支持の決断を下したということなのだろう。


松本記者の記事には、開戦当時の内閣官房副長官補、谷内正太郎(元外務事務次官)の長い談話が添えられている。その一部を抜粋する。


「日本にとって最も重要な同盟国の米国が、国際社会の反対を顧みず武力行使に踏み切ろうとしている時、『やめておけ』という態度は取り得ないのではないか。・・・小泉元首相は、開戦直後に米国を支持する考えを表明したが、それで日米同盟の役割は半分以上果たしたと思う」


これが、外務省の典型的な外交防衛認識なのだろう。たとえ間違っていても、米国には従うほうが得策だという卑屈な精神が、かえって日本の信用を貶めている。


さて、松本記者の記事に欠けている視点は、イラク戦争に関するメディアの責任だ。


筆者は、今年3月18日に発行したメルマガ「暗躍する情報工作員に踊らされる日米メディア」のなかで、イラク戦争における情報詐欺師の存在を取り上げた。下記はその一部だ。


◇◇◇

イラク開戦から1年4ヶ月ほどさかのぼる2001年12月20日のこと。ニューヨークタイムズは一面にでかでかと辣腕記者のスクープを掲載した。


イラク人亡命者アル・ハイダリーなる人物がこう証言したという記事だ。「1年前までイラクで、生物・化学兵器や核兵器の貯蔵施設建設にたずさわっていた」


さすが、NYタイムズの権威と影響力は半端じゃない。「やはりサダム・フセインは大量破壊兵器を隠し持っている」。さまざまなメディアを通じ、あっという間にそのニュースが世界を駆け巡った。


もちろん日本のマスコミも、これを機にイラク大量破壊兵器の恐怖、イラクとアルカイダとの関係など憶測記事を書きたてた。


しかし、それが全てウソだったことが後に判明した。


なぜ、一人の亡命イラク人の証言だけを信じてこの世紀の大誤報がつくられたのか。その足跡をたどると、米国政府内の権力闘争が深くからんでいることがわかる。

そして、最終的にはいわゆるネオコンといわれる高官たちの暴走が戦争を引き起こした経緯が浮かび上がる。


アル・ハイダリーをNYタイムズのミラー記者のもとに送り込んだのは、反サダム・フセインの亡命イラク人組織「INC」である。


2001年の9.11テロ以降、アフマド・チャラビ率いるこの組織はフセイン打倒のチャンスとみて、米政府高官やメディアへの情報売り込み工作を展開していた。


これを利用すべく飛びついたのが、ユダヤ系を中心とする米政府の超タカ派グループだ。


いわゆるネオコンと呼ばれるチェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、ウオルフォウイッツ国防副長官、パール国防政策諮問委員長といった面々である。


武器商人と結んだ軍産複合体の中核をなすメンバーと言い換えてもいい。彼らはサダム・フセイン抹殺のため、9.11とイラクが結びつく情報を探していた。


「テロリストだけであの大規模なテロ事件を起こせるはずがない、イラクのような国家がからんでいるはずだ」


そういう見方をメディア関係者に吹聴し、新聞や電波を通じて反イラク感情を米国内に醸成しつつあった。


これに対して、国務省のパウエル長官とCIAのテネット長官は、イラク問題に慎重な姿勢を示していた。


CIAは9.11が起きる前、アルカイダメンバーの暗躍をつかみ、政府にテロの危険性と対策の必要性を進言していたが、イラクとテロリストたちのつながりについては否定的だった。


しかし、チェイニー副大統領はイラク攻撃の口実となりうる材料を求めて、しばしばCIAを訪ね、分析官に圧力をかけ続けた。


分析官たちはその意を受けて懸命にイラクの大量破壊兵器保有や、アルカイダを支援している証拠を見つけ出そうとしたが、何も探し当てることはできなかった。


にもかかわらず、ネオコン一派による執拗なメディア操作は、イラク攻撃へと世論の流れを確実に導きつつあった。そこに結びつき、イラク脅威論を補強したのが前述の「INC」によるニセ情報だった。


チェイニーやラムズフェルドらの影響力は、ブッシュ政権内で高い信頼を築いていた国務省のパウエル長官、アーミテージ副長官ら穏健派高官を凌駕し、ブッシュ大統領を開戦決断へと駆り立てた。


CIAなどインテリジェンス・コミュニティも、結局はこの流れに抗しきれなかった。


米議会から情報評価を求められたインテリジェンス・コミュニティが提示した分析結果は以下のような内容だった。


「イラクは生物・化学兵器を保有し、近い将来、核兵器を手にするだろう」


これを決定打に、米議会は上下院とも軍事行動を承認する決議を可決し、アメリカは最悪の選択へと突き進むことになる。


イスラエルロビーや武器商人と結ぶ米政権内の軍事強硬派が、有力マスメディアとつるんで幻想をつくりあげ、なんら正当性もなく他国を攻撃したという事実。


そこには、危険きわまりない戦争プロパガンダのメカニズムができあがっていた。


亡命イラク人組織「INC」のニセ情報は、ネオコンの牙城、国防総省と、NYタイムズなど有力メディアに流される。


記者たちは、同じ情報を持っている国防総省から「ウラ」を取って記事にし、逆に国防総省やホワイトハウスはそうした記事を根拠として、国民にイラク脅威論を吹聴する。


結局、同じニセ情報が権力の間を巡っているのだ。これでは、一般国民はなすすべもなく洗脳されてしまうだろう。


メディアは正義の仮面をかぶった情報詐欺師に引っ掛かりやすく、庶民を騙しやすい装置なのだ。

◇◇◇


米国は新自由主義のもと、イラクやアフガニスタンにおける戦争で多くの人命、財産を破壊したあげく、金融資本の暴走の果てのクラッシュにより、その国力の衰退を招き、超大国として世界をリードする力量を失った。


米国の疲弊こそが日米同盟の弱体化を感じさせる根っこの問題であり、それゆえに、尖閣や北方領土など対日戦略において、中国やロシアにつけ入る隙を与えている。


松本記者は「イラク戦争検証委員会」立ち上げを求める理由をこう述べる。


「国の行方を左右する外交上の判断を迫られる事態がこの次に起きた時、日本はどうするか。英知ある判断は、過去を振り返り、誤りがあれば正して次に生かすという姿勢からしか生まれないだろう」


それならば、朝日新聞は、「検証委員会」の設置を政府に促す言論を今後も継続し、イラク戦争への日本政府の対応と、自らを含む報道のあり方がどうあるべきだったかを、たえず問いかけ続ける必要があるだろう。


  新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)