むかし言論人ありけり | 永田町異聞

むかし言論人ありけり

戦前、満州進出で全国紙が軍部礼賛に染まるなか、地方紙に反骨の言論人がいた。桐生悠々(きりゅう ゆうゆう)。信濃毎日新聞の主筆である。


日本が国際連盟を脱退した昭和8年、彼は「関東防空大演習を嗤ふ」という社説を書いた。


陸軍が、国民の好戦気分をあおるため思いついた防空訓練。空襲を想定し灯火を消して、お祭り騒ぎで行われた。


桐生悠々の社説、概略はこうだ。


「そもそも敵機が日本の上空に来る状況になったら、紙と木でできた東京の街は滅茶苦茶に破壊されて、日本の大敗北に決まっている。敵機が来襲するようなことがないようにすることが大切であり、このような架空の演習は何の意味もない」


その後の軍部の怒りは当然予想していただろう。案の定、信濃毎日に対し在郷軍人会の不買運動が起こり、桐生は退社を余儀なくされた。


そのころのマスコミ全般の報道がどうであったかを考えると、桐生の記事がいかに特異であるかがわかる。


軍部の暴走を新聞、ラジオが後押しする。その関係は昭和6年の満州事変からはじまった。


マスコミを利用して国民の好戦気分を盛り上げたい軍部と、「勝った、勝った」とお祭り騒ぎの戦争報道で部数を増やしたい新聞、ラジオの思惑がぴたりと一致した。


新聞社の幹部連中が、星ヶ岡茶寮などの料理屋で陸軍の機密費による接待を受けていたことが、永井荷風の日記などからうかがえる。


戦地に派遣されたエース級の記者がどんな記事を送ってきたのか。半藤一利氏の「昭和史」に、朝日新聞の荒垣秀雄氏の記事が紹介されている。


「眉間から入った弾が頭蓋骨と皮膚の間をクルリと通って後頭部からぬけたのをホンの軽傷と思って戦っていた北山一等卒」


「胸部から背中に穴をあけられて息をするごとに出血しながら敵と格闘していた米山上等兵」


あり得ないような話を書きなぐり、日本兵の武勇をたたえ、国民はそれをそのまま受け取って、勝利の報道のたびに、ちょうちん行列で気勢を上げていたのだ。


ちなみに、荒垣氏は戦後、「天声人語」の執筆者として著名になった大ジャーナリストである。


桐生悠々は信濃毎日を退社後、「名古屋読書会」を主宰し太平洋戦争開戦直前に亡くなった。


桐生悠々のように、世の中の大勢に逆らって、身を危険にさらしてでも、信じる言論を貫くジャーナリストが今の日本にどれだけいるだろうか。少なくとも全国に情報発信する大マスコミを見渡す限り、探し当てるのは難しい。


地方紙はどうか。残念ながらそれぞれに目を通すことはできないが、おそらく全国紙とは趣の異なる紙面を展開している新聞社もあることだろう。


ただ、昨日、共同通信や一部の全国紙がネット上で紹介した、小沢一郎に関する「岩手日報」の論説には、いささかガッカリさせられた。


「小沢氏の去就『使命』果たしたのでは」 と題する宮沢徳雄氏の論説である。いわば引退勧告だ。小沢氏の地元紙でさえこう言っている、というのが全国紙にとってのニュースバリューなのだろう。


では、宮沢氏が小沢氏に引退を勧める理由を記事のなかから確かめてみよう。


小沢氏は辞任時の会見などで「一兵卒」と言いながら、9月の代表選に向けて「先頭に立つ」と意欲を隠さない。(中略)参院選を前に小沢氏が9月の代表選に言及したことは不可解だ。不意の「ハト鉄砲」を食らって冷静な判断ができなかったか。「しばらくは静かにして」と注文した菅首相の言葉に心を乱したのか。


以上の部分でひとつの事実誤認、もしくは、ごまかしがある。


小沢氏は地元支援者へのビデオメッセージで「参院選で勝利し、政権を安定させることで初めて本当の意味の改革ができる」「そのとき、自分自身が先頭に立って頑張りたい」」などと語った。


しかし「代表選に向けて先頭に立つ」とは言っていない。いかにも代表選に意欲があるように書き立てたのはマスメディアである。次に、このような記述がある。


世論は鳩山、小沢両氏につきまとった「政治とカネ」に嫌悪感を抱いているのが明らかだ。どうだろう。この辺で鳩山前首相と共に政界から身をひくことを考えてみては。


「政治とカネ」の名のもとに、「嫌悪感」を理由として、政界から身をひけ、という。


検察が暴走し、マスメディアの派手な後押しで、世間につくりあげた誇大な「政治とカネ」の「嫌悪感」。


軍部の暴走を新聞、ラジオが後押しして生まれた大陸進攻の「大衆熱狂」と重なる不合理な理屈で、政治家に引退勧告する新聞の、どこに言論機関としての矜持があるだろうか。


桐生悠々は、時の熱狂的な気流に流されることなく、合理的に、当たり前にものごとを見たから、あのような記事を書いた。


そのごくふつうの見方が、いまの多くのマスコミに欠けているといわざるを得ない。


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