検察は小泉自民党政権の操り人形だった? | 永田町異聞

検察は小泉自民党政権の操り人形だった?

大阪高検公安部長検事だった三井環が、大阪地検に逮捕されたのは2002年4月22日の朝だった。


300円の住民票を騙し取った詐欺容疑。競売で手に入れたマンションを居住地と偽り、登録免許税の軽減をはかったというのが検察の筋書きであった。


こじつけのような逮捕容疑に、検察の裏金問題を暴こうとしていた三井の口封じだと、司法関係者、ジャーナリストの誰もが思ったに違いない。


しかし、その後の検察リークでメディアが「悪徳検事」のイメージを世間に流布し、問題は闇のなかに紛れ込んだ。三井の内部告発を取り上げようとしていた新聞もテレビも沈黙した。


一方、当時の首相、小泉純一郎は その前年秋、福岡高検検事長に加納駿亮氏を充てる人事の承認を、原田検事総長から強く要請されていた。


加納氏は高知地検と神戸地検の検事正だったころの裏金づくりについて、三井と懇意の高松のミニコミ紙社長から刑事告発されていたのだ。


三井は高松地検次席検事時代に加納検事正とソリが合わなかった。「最初は私憤で告発資料を提供した」と率直に述懐している。


ミニコミ紙社長は森内閣の高村法相秘書官に告発資料を持ち込んでいた。小泉政権の森山法相はそれを考慮し、この人事について再考を促した。


しかし、原田検事総長は聞き入れず、小泉首相への直談判に及んだというわけだ。


この人事がうまくいかないと、検察の裏金がオモテに出る。それを恐れたのではなかというのが三井の見立てである。


小泉首相は結局、裏金問題を知りながら原田検事総長の懇請を聞き入れたが、その代わり、検察の首根っこを押さえることになった。検察は自民党政権の操り人形だった、と三井は言う。


ならばその年、無理筋と思える国策捜査が横行したのは偶然ではないだろう。


5月14日に外務省のロシア専門家、佐藤優。6月19日に衆院議員、鈴木宗男。7月18日に衆院議員、辻元清美が、それぞれ国策捜査のワナにかかった。


鈴木宗男はその著書「汚名」のなかで、「宗男潰し」を依頼したハンターこそ、小泉政権の官房長官、福田康夫だったとし、以下のように、ことの推移を綴っている。


2001年4月に発足した小泉政権の人気は、生みの母、田中真紀子に支えられていた。


外務省幹部は、邪魔者である真紀子の更迭を官邸に働きかけた。だが真紀子更迭には支持率低下のリスクがある。


それでも小泉首相が踏み切ったのには、理由があった。鈴木を「生贄」にしてリスク軽減をはかったのだと、鈴木は言う。


2002年1月24日の衆院予算委員会で、田中外相は、アフガン復興支援国際会議へのNGO参加に関して鈴木が圧力をかけたという趣旨の発言をした。


火を噴いた真紀子vs鈴木の対立。これを官邸は利用した。鈴木は「二人を戦わせ共倒れさせるリングをつくりたかったのだ」と表現する。


結局、田中真紀子は小泉首相に更迭され、鈴木も小泉の秘書官、飯島勲に促され衆院議院運営委員長の職を辞することになる。


その後、国後島のプレハブ宿舎、いわゆる「ムネオハウス」の入札にからみ談合を指示したという疑いで、東京地検特捜部が鈴木の公設秘書、宮野明らを逮捕した。


ムネオハウスに関する鈴木の認識はこうだ。工事を請け負った日本工営と日揮が地元業者を紹介してほしいと申し出てきたので、宮野秘書が根室の業者を紹介した。


一方、特捜部は、宮野秘書が「地元業者を紹介するから工事にかませろ」と鈴木の名前で圧力をかけた、というストーリーを描いた。


鈴木は外務省と官邸が国策捜査で自分を潰そうとしていると感じたという。


その根拠として、福田康夫官房長官が担当記者とのオフレコ懇談会で「鈴木宗男の捜査はどんどんやったほうがいい」「逮捕されても政権に影響はない」と語っていたことをあげる。


以上は筆者が要約した内容であるが、ここからは鈴木の思いのこもった原文のまま、掲載する。


「オフレコでの談話ゆえ、新聞記事として報じられることはない。が、官邸のナンバー2がそう発言したとなれば、それはすぐさまメッセージとして多方面に伝わる。まず、マスコミが同調し、それが世論となり、最終的に検察を動かす力となる」


三井環、鈴木宗男。両氏とも、私憤があることは否定できない。検察にもメディアにも言い分はあろう。ただ、逮捕、拘留され、取調べをうけた体験者の声でしか、われわれは知りえないことがある。


国民は、このところの検察のありように「権力の濫用」の懸念を抱き始めている。そのことをしっかりと司法当局に受けとめてもらいたい。


圧倒的にゼネコンとの結びつきが強い自民党議員の献金問題は棚にあげておいて、昨年来、小沢一郎とゼネコンとの関係ばかりをマスコミへのリークによって世間に流布し続ける姿勢は、やはりどこかバランスに欠けているといわざるを得ない。


検察の正義とは何か。功名心、出世欲に自らの判断と行動を支配されていることはないのか。ここは、一人ひとりの検察官にじっくり考えていただきたい。


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