2010年01月18日(月)

検察「魔法の杖」に踊る司法記者クラブ

テーマ:政治

なぜ小沢一郎は検察の事情聴取に応じないのか。マスメディアは一本調子に批判する。


実のところ、その理由くらい、ジャーナリストなら分かっているはずだ。事情聴取という、検察の用意した舞台に上がりたくないというのが、小沢の心境だろう。


経験者の具体的な話を紹介するのが、いちばん手っ取り早い。


2002年6月19日、斡旋収賄罪で東京地検特捜部に逮捕された鈴木宗男は、その三日前、全日空ホテルで事情聴取を受けた。


「その取り調べは、セレモニーに過ぎなかった」。鈴木は著書「汚名」のなかで、そう書いている。


鈴木は必死になって身の潔白を主張した。必要な資料も提出するし、証人を集めることも約束した。しかし、検事らは聞くだけ聞いて、あっさり切り上げた。


そのとき彼は「“事情聴取を受けた”という既成事実を作るために呼ばれたことを理解した」という。


「東京地検特捜部、鈴木宗男議員を事情聴取」というニュースが列島をかけめぐったのは言うまでもない。


否認し続け、4畳のコンクリートの独房で耐えた437日間にわたる拘留劇の序章となった。


検察と対峙しつづける小沢が、政治資金規正法の虚偽記載ていどで、あっさり事情聴取に応じるなどと、検察も考えていないだろうし、記者たちも同じだろう。


事情聴取に応じることは、メディアに「金権政治家」の派手なレッテルを貼られに行くようなものだ。


それでも、大手メディアが「事情聴取に応じるべきだ」と、検察側に立ったタテマエ論に執着するのは、なぜなのか。


その深層をさぐるには、霞が関の東京高裁内にある「司法記者クラブ」をのぞかねばならない。


加盟するメディアは朝日、読売、共同など新聞・通信13社と、NHK、日本テレビなどテレビ6社。担当範囲は、検察庁、裁判所だ。


ふだん、記者たちは裁判を傍聴するか、地検幹部、すなわち検事正、次席検事による記者会見を聞いて、原稿を書く。取り調べにあたっている検事に直接、取材することは許されていない。


ならば、記者はどうやって「生の情報」にアクセスできるのだろうか。


警察マターの殺人事件や交通事故なら、「現場」というものがある。そこに駆けつけた記者が状況を観察し、周辺の人々から聞き込みをすることができる。


刑事顔負けの名探偵ぶりを発揮する事件記者もいて、新聞紙面には独自につかんだ情報が織り込まれる。


ところが、贈収賄、政治資金規正法違反、脱税など政治家がらみの経済事犯には、「現場」がない。


容疑をかけられている人物の周辺をかぎまわって情報を集めようにも、公権力のない者がカネの動きをつかむことなど不可能だ。せいぜい、いくつか噂話を集めるくらいだろう。


つまるところ、検察取材では「生の情報」など、ほぼありえないということだ。


記者にもたらされるのは検察幹部のフィルターを通した管理情報であり、しかも、その内容のほとんどは密室の取り調べで引き出した供述である。


厳重に管理され、ひょっとしたら都合よく加工されたかもしれない情報でも、それに頼らなければ、検察捜査に関連する記事を書く手立てはない。


しかも、その管理下情報を入手できることが、メディアのごく一部に過ぎない司法記者クラブ員のみに与えられた既得権である。


大手メディアが検察を批判できない構造が少しずつ見えてきたのではないだろうか。


司法記者クラブ員は、検察がいったん大きなヤマを手がけ始めると、揃って検察幹部宅に夜回り取材をかける。そして酒を飲み交わしながら禅問答のようなやり取りで、検察の捜査状況についての感触を探る。


このような交流のなかで、記者の頭はしだいに検察の論理に染まっていく。


検察幹部に気に入られることが、情報をリークしてもらうために大切なのだ。


逆に、検察の気に入らない記事を書けば、その後は出入り禁止か、情報の遮断で日干しにされる恐れがある。


すべて検察の思うがままにメディアは操作されている。それでも、餌に食らいつき、記事を本社に送るのが彼らの仕事だ。「原稿はまだか!」。矢の催促が飛んでくる。背に腹はかえられない。


逮捕のずっと前から、検察リークをそのまま書いて、狙われた人物を極悪人のように一般国民の頭に植え付ける作業に加担させられる。


書かなければ、他社に出し抜かれて「特落ち」になり、本社デスクにダメ記者の烙印を押されてしまう恐れがある。


検察が、捜索の場所や日時を記者クラブに事前に知らせるようになったのはリクルート事件のころかららしい。


それまで続けてきた人権への配慮を捨ててまで、「正義の味方」が「悪の巣窟」へ乗り込むイメージづくりを狙ったのだろう。


指定された時刻、指定された場所で、メディアのカメラが「正義」の軍団の勇姿を撮るべく待ち構える。これも、メディアが検察の宣伝マシーンとして、せっせと働いてきた例といえる。


記者クラブが、特定メディアの既得権であるとともに、官庁側にとっても世論操作に利用できる、もちつもたれつの仕組みであることは周知の通りだ。


それにしても、官庁の役人にまともにモノを言えず、ただただその論理に従う記者クラブは、司法記者クラブ以外にないのではないか。


司馬遼太郎は昭和元年からの20年間を、軍事官僚が「統帥権」という杖をふりかざして暴走した「魔法の森の時代」と呼んだ。


検察と司法記者クラブのつくる閉鎖的な情報空間が、「正義」の美名のもとに、政治を逮捕拘留自在の杖で動かす「魔法の森」と化すようなことがあってはならない。それこそ民主主義の重大な危機である。


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