誘惑 ユ・ウ・ワ・ク ~君がもっと欲しい~
ACT1. キスマーク
(SIDE 蓮)
それは…彼女にきたCMのオファーだった。
ドラマでのナツが評判を呼び、彼女に化粧品のCMの話が舞い込んだんだ。
そのCMのコンセプトは『誘惑』
彼女が…天使のような清純な姿と色香の漂う妖しげな小悪魔に変身して…男を誘惑するという内容のもの。
『あなたはどっちのワタシが好き?』 …というキャッチコピーで売り出す季節限定のコスメキットは、白とピンクのポーチに入ったANGELバージョンと黒と赤の小悪魔バージョンが販売される予定らしい。
彼女の誘惑する相手が…アイツじゃなかったら…こんな気持ちにはならなかった?
これから先…彼女が共演者たちと繰り返していくだろうラブシーンを想像してみる…。
…ダメだ!相手がアイツじゃなくても…
俺以外の男が彼女のあの白い肌に触れ…甘い唇に触れるなんて…我慢できそうにない。
役者のための心の法則…なんて、彼女の前には通用しないらしい。
胸がざわつく…嫉妬でおかしくなりそうだ。
こんなにも彼女に溺れるなんて思いもしなかった。
だけど、この気持ちと…うまく付き合っていかなきゃいけないんだ…。
彼女と俺は…役者として高みを目指す同士でもある…同じ方向を見ているんだから。
そう…頭では理解しているのに…ため息が零れてしまう。
たったひとりの…愛しい人。さっき…まで一緒にいたのに…
君に触れることも…許されたばかりだというのに…
もっと…もっと…君を感じていたい。
…次から次へと欲張りになっていく自分が嫌になるほど…君に嵌ってる。
ねぇ…俺のお守りは…君を守ってくれるだろうか…?
(SIDE キョーコ)
「 うぅ~~~っっ/// もぉっっ…敦賀さんってば!!」
ナツとセツカのおかげで…メイクも少しは上達した…とはいえ、こんなところでその技を駆使する羽目になるとは思いもしなかったわ…///
あの人のことだから、絶対わざとだわ!!…騙されないんだからっっ
む…夢中だったからって云われてもっっ///…
私も途中から記憶が飛んじゃってて…その…よくは覚えてないけど…///
でもでも~~~っっっ あの人がうっかり…なんてことは絶対ありえないんだから~~っっ!
彼と付き合い始めて…3ヶ月。モー子さんには私から伝えたけど、やっぱり…会う機会が多かったミューズには云わなくてもバレテしまった。
セツカとして…彼のそばにいられるのもあと僅か…
いつまでも、キス以上のことをしてくれない…彼の疲れた表情や、小さなため息が私をすごく不安にさせた。
そんな私に、ミューズが言ったの…。
「待ってるだけじゃダメよ?そうねぇ…
キョーコちゃんから迫ってみてもいいんじゃない?」
何を…/// なんて口にしなくても…ミューズにはお見通しだったのかもしれない。
だって、ミューズが私にプレゼントしてくれたのは…///
「コレをきて…キョーコちゃんから抱きつけば…さすがの蓮ちゃんもイチコロよ?」
それは、すごくセクシーな…っていうか…ぬ、布が少ないうえに~す、透けてるぅっ!
こんな破廉恥な下着を着て…自分からなんて~~っっ///
真っ赤な顔をしながら…固まっていた私にミューズが話を続ける…。
「そうそう、蓮ちゃんのことだから…その辺は考えてくれてると思うけど…
明日はキョーコちゃん、撮影を控えてるのよね?」
「はい…。」
そうだ…明日はショータローとのCM撮影…。
こんな気持ちのままじゃ…アイツを誘惑するなんてできない…。
******
CMのオファーが来た翌日…ショータローがドラマの撮影現場に現れた。
カオリ達と楽屋に戻ろうとしていた…その廊下に寄りかかるようにアイツは立ってた。
私は…彼を不機嫌にさせるだろうショータローとの共演話に躊躇していた…。
時折見せる彼の…疲れた顔が…私をすごく不安にさせていたから。
目の端にショータローを捉えながらも、無視して通り過ぎようとした私に…
「 逃げるのか ?」
ショータローが言った。
…私を挑発するように、次から次へと並べたてられる言葉に、つい…悪い癖が出てしまった。
私が芸能界に入った一番の目的は…ショータローを負かすことだった。
私がアイツを誘惑する…なんて…少し前の私なら絶対に出来ないって思ってた。
だけど、私は…演じる楽しさを…相手を本気にさせる彼の演技に魅せられてしまった。
私も…相手を本気にさせるような…彼の様な役者になりたい。
一流の俳優になりたい…って 。
それに、フィールドの違うアイツを負かすなら…これは絶好のチャンスじゃないの?
演技でショータローを本気にさせる…
私を恋愛対象になんて思っていないアイツをその気にさせられれば…
それは私がアイツに勝ったことになるんじゃない…?
そう思って、売り言葉に買い言葉…そんな勢いのままにCMに出ることを決めてしまったけど…
敦賀さんのため息の数が…増えていく度に私は…わからなくなってしまった。
******
「…コちゃん?聞いてる??」
「え?」
「もぉ~…でも、いいわねぇ~。うふふっ…青春って感じ?」
なんて、からかわれながら…ミューズが教えてくれたのは、キスマークの消し方だった。
「まずね…蒸しタオルを患部にあてて血管を膨脹させてからコールドクリームで…
マッサージを繰り返せばキスマークは消えていくんだけど、時間が無い時はコレよ!」
そう言って渡されたのが…コンシーラー…
自分の肌よりやや暗い色のコンシーラーをキスマークの上に塗って…
スポンジでぼかした後に透明パウダーを…
まさか、本当にこの知識が役に立つなんて…ww
ミューズにはそれまでにも、メイク用品から、メイクの仕方…いろんなテクニックをレクチャーしてもらっていた。
セツカを演じる傍ら…ナツで注目を浴び始めていた私は…
素顔のキョーコから…女優『京子』を作り上げていかなければならなかったから 。
みんなが憧れるような女性…女子高生のカリスマ的存在…のナツは、
BOX”R”というドラマの枠を超えて…
視聴者の前でもそういう存在として映っていったから。
ソレを演じる私も…そのイメージを崩すわけにはいかなかった。
そう…だから、今日の撮影で私は…
キョーコじゃなくて、京子としてアイツの前に立つの。
京子は…私が作り上げてきたもう一人の自分…役によって何色にも染まる変幻自在の存在…。
今日の私は…アイツだけじゃない…すべての人間を魅了してみせるわ。