引き続きTPPの影響に寄る労働環境の変化について考察します。

TPPはいわゆる自由貿易協定のより上位に位置する条約です。多国間で契約し、一旦契約すればやすやすと契約廃棄はできません。
自由貿易内での特例対応は自国の承認だけでなく他国の承認も必要である為利害が対立する項目では同意形成はほぼ不可能です。それ故に契約内容については極めて精緻に分析、検証し国益にかなうのか否かを検証する必要があるはずです。残念ながらこの1ヶ月そういった検証は見られません。
日本人が平和ぼけしているためなのか、既に米国の手のひらの上にあり、国家存続上既に逃げることがかなわないのか、色々推察しますがいずれも推測の域をでません。

しかし充分な情報開示がないから国民も「考えない」というのでは本末転倒です。
この項目についてはまさに今後100年の国の姿形を変えるという一代プロジェクトです。
国家存続の上で貿易関係の確保は重要な課題ですが、同時に今まで保護してきた産業や社会システムは日本の根幹に位置する事項です。特に現与党は国民から信任を受けている存在ではないのですから、彼らに勝手にことを運ばせることは納得しがたい。そうであるならば国民がよく当該事項を考え、自らの評価を持っている必要があると言えます。

<TPP導入で雇用システムに影響を受ける業種>

TPPがほぼ制限のない自由貿易協定であることを考えると、いわゆる従来から大幅な海外競争にさらされていない業種がターゲットになると考えるのが適当です。
裏を返せば、ここ20年間大規模なリストラや企業統合、合併を経験していない業種が該当してくると言えるでしょう。

そういった意味でまず筆頭は公務員となります。つまり国家公務員、地方公務員、行政との取引関係が深い業種、公共的な面の大きい外郭団体、教育機関などです。
自由貿易協定は民間の話であり公務員は関係ないのではと考える向きもあるでしょうが、先だって述べているように自由貿易協定は、各国の規制や社会保障システム、税制を結果的に平準化(同一化)する結果を生みます。
つまりは、大幅な税制の見直し(減税や社会保障負担の軽減)等が発生するため、財源が大幅に減退する結果を生むため、税収による公務員の人件費維持は不可能となるためです。
当然国民はその大小として行政サービスの低下や社会保障制度の消滅等でメリットを大きく受けることになる訳ですが。

次に対象となるのは以下のような業種でしょう。
医療業界(医薬品、医療機器、医局、社会保険団体全て)、大学以上の教育機関、及びそれぞれの公的な研究機関、通信業界(固定電話、携帯電話)、石油化学、港湾、飛行場、航空機業界(含む外注組織・企業)、鉄道、放送業界、出版業界、テレビ等マスコミ、介護業界、銀行業界(信金、地銀、メガバンク含むほぼ全部)、保険業界、社会保険機構、年金機構、郵便局(含む金融、郵送分野全般)、電力業界、日本道路公団(現在のネクスコ)、そして農業(農業生産者、農業機器製造メーカー、肥料メーカー、各種卸、農協、流通、小売)です。

また、税理士、公認会計士、特許事務所、社労士事務所、弁護士事務所。
更に各種資格取得の為の教育機関、認定組織があげられます。

いずれもドメステッィク(国内)の法律的な縛りの強い業種であり、他国との規制とは比較にならない厳しい規制を受けている業種です。
TPPではこれらの法律的な縛りつまり規制を大幅に緩和する必要性がでてきます。
法律的な規制の縛りはいわゆる非関税障壁とされ、TPPの大前提はこういった他国業者では参入しがたい規制を解除することが必要となります。

日本の各種、特にサービス業に対する規制の厳しさと難解さ、他国業者の履行の困難さは海外では有名です。米国は過去数十年来、これらの規制を撤廃することを要請してきましたが、日本は「国民の安全、安心提供の為には必要な措置」という口実でこれらの規制を強化することはあっても緩めることはしませんでした。
結果国内業者もこれらの規制に対応する為、あきらかに不要と思われる書類作成と保管を義務づけられ、多額のコストを支払い、抜き打ち検査に対応する為極めて厳格な体制で遵守してきました。
私の業界(銀行)で言えば、よくいわれる「一円でもあわなければ銀行員は大騒ぎになる」という例に集約されます。
これは別に一円が惜しいからという理屈ではなく、当局指導(業務改善命令リスク)を回避する為の管理体制です。また一日数百枚からなる書類一カ所に従業員の印鑑が漏れていた場合でも同様に大騒ぎになる有様です。
おそらくこれは非関税障壁のため当局が編み出した手法です。結果銀行業界は規制緩和で日本参入が可能になった現在も外国銀行はほとんど支店を持ちません。この検査体制に対応可能なコストをかける経済合理性を確保できないからといえます。

同じような規制や法規制は、上記の産業にほぼ全てあり、他国の資本参入が困難になっているという経緯があります。
結果としてそれらの産業では、一旦寡占化すると自由競争が発生しなくなり、コスト面や価格面で他国対比で高くなる傾向があります。結果内部の従業員には大幅なリストラを実施する必要性が薄くなるため、大規模な改変や改革、あるいはリストラが発生せず、比較的雇用関係が安定して推移したという結果を生みました。
反面高コストの体質となり、固定費負担上昇によりJALのように破綻する選択しか残されないケースも散見される形です。

米国はこういった非科学的な検査体制や規制、法律を米国型に変更することを20年来日本に要請してきました。しかし従来の交渉では譲歩が得られなかったという経緯があります。
そのためのTPPです。この条約には「貿易や参入に障壁があった場合は必要な措置を講じる」ことを参加国に要請しており、参入企業の申し立てで対象国に損害賠償を請求することができます。

この外圧は強烈です。
上記業種は急遽にして海外の主要企業と同列(つまり規制の防壁がない)状況下で闘う必要を迫られます。価格競争力を確保する為に大幅なリストラが発生します。また企業合併により吸収される側の従業員のうちエース級の人材を残しその半分近くはリストラの危機に直面するでしょう。

特に従来、ほとんど大規模なリストラを敢行しておらず、他国に強大な競争相手が存在する、医療業界(医薬品、医療機器)は自らの企業が海外企業に吸収されたり、あるいは競争に負け破綻するリスクを大きくはらんでいます。日本の医療業界の現場の営業マンは極めて優秀ですが、反面販売している医薬品は海外のそれと比較すると二周りの周回遅れとなっている医薬品です。開発力も相応にありますが、日本の安全性基準が厳しいため充分に先進的な開発ができる体制が整っていないのが現状です。
結果突然日本の医薬品安全基準が引き下げられればその競争優位性を失うでしょう。
医療機械関連も言うなれば周回遅れとなっています。どちらかと言えばこの業界は規制が足を引っ張っていたといえますが、反面、突然規制を下げられた場合、海外製品と競合する商品がなく、競争力は充分とは言えません。相当な規模での混乱とリストラ合理化が行われると思われます。

石油業界もしかりです。海外にはいわゆる世界メジャーが軒を連ねて日本の市場を狙っている状況です。規制緩和により資本力に劣るこれらの業界の維持が可能かはかなり微妙です。
国内に確固たる安定供給ラインとシステム、販売網を持っているのがせめても強みですが、反面、こういった場合は敵対買収等で企業ごと吸収されてしまうリスクを持ちます。
防衛の為には自己資本比率の上昇と、安定株主の確保、あるいは自社株買いが必要で、高い収益性を確保する体制にシフトして行かざる得なくなります。したがって現従業員の雇用維持はかなりのリストラが必要になるでしょう。

マスコミ、放送、出版は従来までそのシェアを維持してきました。
しかしこれは国内放送局の競争力に寄るものではなく、海外資本の制限という規制があったからです。
マスコミ関係はここ数年、苦境に喘いでおりほとんど赤字ギリギリの状況です。(中には赤字もあります)。韓国メディアの日本での躍進が示す通り、日本マスコミの競争力は実に脆弱な状況となっているのです。
放送周波数は現状国内企業が独占していますが、これについても大幅な改善や企業買収への規制解除がTPPでは大きな話題となるでしょう。
影響はマスコミにとどまらず、当然に広告代理店に及び広告制作会社、報道政策子会社を巻き込み相当に大規模な企業再編が予見されます。
電通や博報堂が映像制作会社を大幅に見直したのはここ2年間の話であり、多くの制作会社が破綻しましたが、今後もこの形態は続くでしょう。
結果芸能界も相当規模で縮小を余儀なくされると言えます。
事実、ドラマやバラエティーも出演者はほぼ固定されつつあり、広告も有名俳優を起用しない例が目立っています。不景気や映像媒体の競争力低下も相まって、TPP導入に寄る外資参入により相当規模の国内マスコミの崩壊や外資への吸収が予見されます。

教育機関はTPP導入をしても国内労働集約生が強く、直接的な外資参入はあまり発生し得ない業界です。しかし問題なのは、教育機関としての存在ではなく、研究機関としての存在価値です。
TPP参入は米国大学との企業との連携を比較的容易とします。反面米国や他国から留学生が来るかと言えば日本の大学システムは特殊であり且つ大学としての魅力、研究能力が低く見られています。おそらく日本からの留学生は増えるでしょうが、日本に来る留学生は上昇を見ないと考えられます。
日本の大学は産学協同には一部をのぞいて失敗しており、その存在価値を疑問視されています。理系の一部では別ですが、今後選択と集中が発生するでしょう。
小さな政府に移行して行くことを考えると補助金なども大幅に縮減して行く形となります。
少子化の影響もあり今後本格的に破綻する大学が増加すると思われます。名門大学はより巨大になっていくでしょうが、社会の要請に見合う研究成果や教育システムを構築できない場合は破綻していくことでしょう。研究員や教授陣が失職するリスクは現実的になりつつあると感じます。

通信関連は相当規模の打撃を受けると思われます。

米国は名指しでNTTの独占市場を非難しており長年解放を要請しています。
また携帯電話の通信基準についても米国型へのシフトを強烈に要請している状態です。
周波数の解放についてはより強い要請をしており、既に解放が始まりつつある状態です。
TPPの参加によりこの業界の生き残りは相当に至難な形となるでしょう。
NTTは高い技術力と全国をカバーする通信網を持ちますが、民営化されてからもほぼ独占であり、高コスト体質から抜け出れていません。
大規模なリストラは日本企業としてはほぼ唯一行われておらず、安定しています。
今後周波数の解放や独占の強制的な解体を行われた場合、少なくとも競合他社と同水準のコスト体質まで改善することを余儀なくされます。
結果として凄まじいリストラが敢行されることになるでしょう。
この影響はNTT本体のみではなく、NTTからの受注が主軸になっている外注業者により強い圧力を与え多くの破綻を産むでしょう。
反面、消費者は携帯電話の利用コストの大幅な引き下げを受けることができるでしょうがどちらが国益にそうかは判断がつきづらいものです。

金融業界はどうでしょうか。
日本の金融システムは先に例としてあげたように極めて多くの法律規制により保護されているというよりは監視されています。
ただ、護送船団方式は既に消滅しているため、整理統合は相当規模で進みました。
実施的に破綻という手法をとらず、合併という形で結果として従業員を1/3以下に減らし、IT化を進めましたが、いかんせん過剰競争状態であることは変わっていません。プレイヤーが多すぎるためです。金融ビックバンで日本に多くの外銀が参入しましたがシティバンクをのぞいてほぼ全て撤退してしまったのは日本の利益率の低さです。米国の場合、預金金利が5%の場合、貸し出し金利は9%つまり、4%の利ざやを取る商売の方法ですが、日本では利ざや率は1%以下です。参入しても先に述べた検査体制を行いつつ利益を確保するすべがないため経済合理性を維持できず撤退してしまいました。
しかし今回のTPPで米国が獲得使用しているのは、金融機関の運用側として資金を取り込む手法です。
預金集めは日本の銀行にまかせ、運用を米国の銀行が行うという手法です。
ターゲットになっているのは預金超過となっている地銀、信金、郵便局、年金機構、社会保険機構です。複雑なスワップ商品を提供し、主に米国債での運用を協力にアピールするでしょう。
あるいは日本国債の運用オペレーションを実施するようになるとも言えます。こうすることで日本の財政の息の根を常に触れる状態になれるため、あとはゆっくり規制緩和させて行くことで金融市場を蹂躙していくことが可能になると言えます。

結果として日本の金融機関の多く(メガバンク、地銀、信金、保険会社)は外銀の傘下に入ることになると予見されます。
また実質的に日本財政の首根っこをつかむことができるようになるでしょう。
今回のTPPで最も米国が重視している事項はこの項目と通信であると言えます。

農業、その他の分野については次回具体的に分析してみます。

これらの業界でリストラが敢行された場合最大の問題は、特に従来リストラの危機を受けていない業種であればあるほどですが、失職した時に再就職が極めて難しいということがあげられます。
先日述べた国際競争のただ中にいる業種でもまれてきた猛者に比較すると、現在の仕事以外で果たして他業種で成果を即あげられるかと言えば、できない人が多いでしょう。
しかも失職するリスクにさらされるのは言うまでもなくエース級の人員ではなく、それ以外の人員です。もし現在、すぐにでも他社で具体的にこういったことができると豪語できないのであれば、その人は収入維持どころか再就職も難しい。

いままで安定していたというのは反面、自身の労働者としての価値に競争力が低いと同義であることが多くあります。
既に長らく臨戦態勢で他国の外圧や輸入商品と闘い抜いてきた猛者の輸出産業に転職することはまずあり得ません。役に立たない。
従来その受け皿になっていた公務員も今後逆に人員があぶれ出てくる。

対抗するには我々も個々にどの産業あるいは狙いを付けた産業、あるいは今いる企業で、従来より遥かに高い企業付加価値の想像に貢献できるという能力を身につけアピールしていく他ないのかも知れません。つまり皆がいわゆるエース級であれば、企業は競争力を維持できその部門を切り離しはしないでしょう。あらゆる変化に対応する能力を持ち合わせなければ生き残ることなど想像もつきません。
私にはTPPという荒波が襲う中で私の身の回りの人全てを救う自身も余裕もなくなると感じています。
その大きな荒波をあたかも温泉のような夢の世界が広がるものだと錯誤している人を見るとあぜんとするのが実情です。
まあ、エース級の人や輸出企業で生き抜いてきた人にとれば実力が発揮できる自由が来たと喜ぶのはわかりますが、多くのネット上では主に学生や与える影響を分析すらできていない人がTPPを賛美しているので少し気になっています。