原発被害に晒された福島県は被害者です。
不当に古里を汚され十分な支援もないばかりか、郷土を復興しようと獅子奮迅で踏ん張っているはらかたに対して、避難しないことや、生産活動、農作業を行うことに罵声まで浴びせられる状況です。
私としては極めて許し難い状況だと感じています。
事実その状況に耐えかね、他県に避難した人口はすでに大きな数字になっており、看過できる生中な水準ではなくなってもいます。
しかし、福島県人は日本のなかでも義理と仁義、人間としての品格、
故郷への強い愛は高水準の地域と言われています。そうやすやすと復興の心が折れるような県民性ではないと感じています。
私は震災発生直後から、様々な指標と各種の状況を主に自分の目と報道とで見てきました。
今はどうであるか。改めて見てみようと思います。
【福島県の人口推移からの考察】
従来に引き続き福島県が公表している人口推移の統計を採用しています。気になる方はご覧になるとよいと思います。
福島県の人口は震災前の2011年3月1日対比で2012年3月31日で▲41千人の減少です。
県人口は▲2.69%減少したことになります。
死亡者と誕生者との差である自然動態では▲12千人減少です。
残り▲39千人は県外への移動であるとあります。
これは住民票異動によるもので一時的な避難は含みません。
しかし減少幅は改善しつつあります。
避難しようと考える人は遅くとも年度末(子供の新学年タイミング)には移転することが多いためです。
しかし県人口の増減だけを見たのでは全容はつかみづらいのが実態です。
特に福島県は北海道に次ぐ巨大な県であるためです。
では県内外への異動者の数と内訳を見てみます。震災や原発の影響でどれほどの人口が移動を余儀なくされたのかを見ることで、福島県市民にどれほどの負担をかけたのかを知ることができると思います。
県全体では異動者は県外70千人、県内33千人の合計103千人にのぼります。
福島人口2百万人の約5%にのぼる人が一時避難ではない異動を余儀なくされたと見て取ることができます。もちろん震災前も恒常的に県内外からの転入転出はありましたので一概にはいえません。
概ね年間で15千人の転出とほぼ同数の転入があったと思われます。
しかし現状では転入より転出のほうが震災前に比較して圧倒的に大きい水準になってしまってます。
5%ということは概ね20人に一人、学校で例えればクラスの1~2名が転校してしまったという事態ですから相当な被害と影響だということができるでしょう。
相馬方面や双葉方面を中心とする原発避難対象地区の人口は約20万人。
しかし相双管区の人口異動は県外10千人、県内4千人に過ぎず(減少率は▲6.8%)、
つまり、避難対象地域を中心に減ったのではないと見ることができます。
具体的にいえば会津を除く県央、県北、いわきも概ね▲2%減少しているのです。
しかし反面この一年で県外から28千人福島に移住していることも見て取ることができます。
この厳しい状況下でも福島復興に駆けつける人は大勢いるということです。
【その他の経済指数から考察する】
また福島県自身もそう簡単に諦める県民性は持ち合わせていないと感じています。
移転を余儀なくされた企業群も主に県内に移転し瞬く間に生産力を復旧させています。
福島県の「最近の経済動向」によれば、受託以外の建築件数は9月頃をピークに大幅に上昇しており、県内からの移転はかなりのスピードで進んだと見て取ることができます。
国家、国民が手を子招き右往左往している中、大規模な支援が見等しがつかないなかでも、再建にむけて具体的に資金を投入し再建の基礎を自ら成し遂げていることは驚愕に値します。
莫大な予算が組まれたという人もいますが、失当です。
予算がついたのは11月頃で、福島県の新規着工はそれ以前にピークを迎えています。
支援決定がある前に行動を起こしたとみるのが正しい。事実私がいた宮城県でも同様の光景を目の当たりにしました。
福島県人もまた自らの力で復興を模索したというのが正解です。
鉱工業指数は88.9と前年同月比▲1.1%まで回復しています。
全国平均の生産指数にほぼ追いつきました。
福島県の生産品は重要性の高い部品や精密機械等が中心で日本はもちろん、海外にとっても必要性が高いもが多いのが特徴です。
生産指数がほぼ震災前の水準に復元したということは他地域や他国ライバルは、この一年を持っても福島県のシェアを奪えなかったことを示しています。
福島の底力だと評価できます。もし福島県の生産物が汎用性が高い特殊性の低い商品が中心であったならばこれを機会にかなりの国内シェアを他地域や他国に奪われたはずです。
このような状況下で被災地に塩を塗りこむ行動などしないと思われるかもしれませんが、
私も仙台にいた際には、震災後三ヶ月を待たずに、他地域のライバル企業が攻勢をかけてきた状況を知っています。ビジネスは厳しいものですから。
しかし様々な攻勢を見事はねのけ生産量を復元(受注量を復元)できたことは賞賛に値すると感じます。
普通人口が減れば経済規模は縮小し就業人口も減るということにつながり、それにより家計ごとの収入が減り更なる悪循環に入るものです。
しかし福島はそれを許しませんでした。就業人口の変化を見てみましょう。
<2011年1月(震災前)>
常用就業人口 631千人
正社員 485千人
パート 145千人
平均給与は 247千円
しかし2012年1月では意外な結果がでています。
常用就業人口 651千人 と増加してます。
正社員504千人
パート147千人
といずれも増加しているのがわかります。
平均給与も248千円と微増しています。
福島県全体の人口は▲2.7%減少した中で就業人口が増加しているのですから、
就職率は上昇していると言えます。
津波や原発による強制避難により多くの企業が壊滅した状況下で、本来正社員数が増加することは考えずらいといえます。
これは凄いことです。
古里への深い想いは余人には量れないと断言できます。
被災者がどのような覚悟で復興に立ち向かっているか、分からない人は、
岩手県で行っている「復興の狼煙」というポスタープロジェクトのホームページを見ることをお勧めします。
それらのポスターには瓦礫と化した古里を背景に、
被災者が力強い目と顔、姿勢で写真に写っています。
秀逸な一言のコピーから覚悟をかいま見れるでしょう。
場所は岩手県と福島県と異なれど福島人もまたその覚悟で復興に当たっていると感じます。
例により統計データから状況を見ましたが、
就業者、鉱工業指数回復等、福島県の経済能力の復旧は進みつつあると評価することがきます。
人口はやや減少が続きそうですが、その影響は残った人々の血と汗の努力でカバーできていると見て取ることができました。
統計上の数字の動きは、無機質なものですが、
その数字の異動は、並々ならぬ、無数の努力の成果なのだと改めて思い知らされます。


