The Book  乙一 原作/荒木飛呂彦 | 青子の本棚

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「すぐれた作家は、高いところに小さな窓をもつその世界をわたしたちが覗きみることができるように、物語を書いてくれる。そういう作品は読者が背伸びしつつ中を覗くことを可能にしてくれる椅子のようなものだ。」  藤本和子
  ☆椅子にのぼって世界を覗こう。

The Book―jojo’s bizarre adventure 4th another day/乙一
¥1,575
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M県杜王町のぶどうヶ丘高校1年・広瀬康一は、ある日、人気漫画家・岸辺露伴と血まみれの猫を追い【織笠英恵】の死体を発見する。彼女は施錠されたリビングルームの中で、まるで交通事故にでもあったような怪我をおい、出血多量で死んでいた。康一も露伴も守護霊のような【スタンド】を使う特殊な能力を持っていた。康一の【スタンド】はトカゲのような形をしていて、【エコーズ】といい物体を移動させることができ、露伴の【スタンド】は、知能のある動物を【本】の状態にし、その記憶を読む【ヘブンズ・ドアー】だった。ふたりは猫のトリニータの記憶から、その事件に両腕の内側に赤い爪痕のたくさんある学生服姿の男が関係していることを知り、犯人探しを始める。





ジャンプに掲載された「ジョジョの奇妙な冒険」のサイドストーリーのノベライズ版。
といっても、実は私、まったく知らずに読んでしまいました。
「The Book」なんてタイトル、興味をそそるじゃないですか。
装丁も、古びた革張りの洋書風。
そして、まだ未読の作家・乙一著。
ぱらぱらとページを繰れば、【茨の館】と呼ばれる図書館で、『はてしない物語』を読む少年。
即、貸し出し窓口へGO!



結果は、本編のオリジナルを知らなくても、十分楽しめました。





不思議な能力を持つ【スタンド使い】という荒唐無稽な設定がおもしろいです。
康一の同級生の【スタンド使い】:東方杖助 宝石白【クレイジー・ダイヤモンド】、虹村億泰 パー【ザ・ハンド】
彼等より1学年先輩で施設育ちの孤児:蓮見琢馬 本【ザ・ブック】
琢馬に思いを寄せる作家志望の少女・双葉千帆の父:双葉輝彦 カギ【メモリー・オブ・ジェット】
この彼等が持つ【スタンド】という様々な能力を駆使し、闘うことになるのですが、作者のオリジナル【スタンド】である【ザ・ブック】の設定がピカイチです。



琢馬の能力は自分が経験したことを一つ残らず記憶に残すことができ、それが”本”という形になっていて、いつでもどこでもその記憶を呼び出すことができます。

その上、彼の体験が書かれたページを他人に見せることにより、見た者に同じ体験をさせることができるのです。
もちろん、自らもそれを見てしまうと再体験してしまうのですが。
もともと、”本”は、作者の思いを読者に伝えるという性質を持つ物で、それをこういうふうに変形させて使うのって上手いなぁと思いました。




すべてを覚えていることはテストには便利でも、忘れてしまいたいことも忘れられないのはつらいですね。
人生、成功体験ばかりじゃないですもの。
嫌なことを何度も何度も思い出すなんて、拷問に等しいのでは。
施設で育った琢馬には、楽しいページがなかったんだろうなと思うと、それはそれで不憫です。




この物語と平行して、恋人・大神照彦の秘密を知ったため、ビルの屋上から突き落とされ、ビルとビルの隙間に閉じ込められ暮らしている飛来明里のもう一つの話が語られています。

これは、恐いです。
ありえないけど、叫びあったら恐い。

すぐそこに、人が居るのが分っているのに助けを求められず、必要最低限の食料や衣服を与えられ、死ぬことすらできず、たった一人で世間から忘れられ孤立して暮す恐怖。
ここにも、ある場所に他の者を寄せ付けなくさせることのできる【スタンド】が使われているのですが、ビル都会で暮す孤独をデフォルメしているようで、ぞっとしました。




そして、極めつけには、ラストにこの2つのストーリーが一つに融合した後、もう一つの恐ろしい結末が用意されていました。

明里が自分のプライドを捨てて子どもを護った生への思いと、琢馬のあっけない生の放棄。
その裏に隠された命のリレーに思いを馳せると、人間ってやっかいな生物だなとつくづく思いました。