北京の秋  ボリス・ヴィアン | 青子の本棚

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「すぐれた作家は、高いところに小さな窓をもつその世界をわたしたちが覗きみることができるように、物語を書いてくれる。そういう作品は読者が背伸びしつつ中を覗くことを可能にしてくれる椅子のようなものだ。」  藤本和子
  ☆椅子にのぼって世界を覗こう。


たった一つのホテルしかない砂漠の地・エクゾポタミーに鉄道を敷設するために、技術者・秘書・工夫とその子供たち・医師が派遣される。そして、偶然ともいえる殺人を犯してしまったため世捨て人となった男も。既にエクゾポタミーで暮らす考古学者や神父やホテルのオーナーたちと繰り広げられる不思議な交流を軸にして鉄道工事は着々と進められる。しかし、鉄道はホテルの真ん中を通るべく計画され‥‥。



読んでいて思い浮かべたのは、映画「アメリ」の映像です。

偶然の悪戯でエクゾポタミーへと辿り付く人々のそれぞれのエピソードがまずヴィアン風で奇妙な物語。

アマディス・デュデュが偶然というか、やっと乗りこんだバスでかの地へと着き、彼の目の前では狂った運転手が自らナイフで片目を抉り出す。
いきなりギョェ~の始まりです。

上司のために買った”火薬ふるい器”でたまたま人を殺してしまったクロード・レオンは監獄で自殺し損ないプチジャン神父の薦めで世捨人としてエクゾポタミーへ。

アンヌは交通事故を起こし、被害者の代わりに技師としてエクゾポタミーへ。
その友人・アンジェルも彼と共に雇われることになり、アンヌの恋人・ロッシェルも秘書として同行する。

「日々の泡」のクロエの主治医・マンジュマンシュも鉄道敷設プロジェクトの医師としてインターンを連れエクゾポタミーへ。


砂漠の地・エクゾポタミーに、バス1本で到着する者もいれば、船で大海を渡ってくる人々、または砂漠を車でやってくる人もいます。
位置的に想像するもとても同じ一つの場所と思えません。
けれども、それはどれも同じエクゾポタミーで、まるでエクゾポタミーへ通じるドアがいくつも存在しているみたいに思えます。
また、彼らを運ぶいかれた運転手や、よい子のお子達注意のやばいキャプテンも、不思議の国への案内人だと思えば物語の濃密な序章に期待が膨らみます。

そこでは、照りつける太陽に黒い縞があり昼間から光と共に闇が共存しています。
砂漠の地下には遺跡が存在し、兄弟の工夫がナイスバディの妹・キュイーブルと3人で考古学者と発掘を続けています。
そして、ど真ん中には真っ白なレストラン。
まさに、ヴィアンの世界。
官能的に生きる恋人たち・アンヌ&ロッシェルと一方通行の恋に悩む男・アンジェル。
彼に別の女性との愛をセッティングしようとする考古学者・アタナゴールと神父・プチジャンのおじさんコンビ。
この考古学者の料理番・デュポンは黒人で男の人にモテモテ。
同性愛者の嫌な上司・アマデュス。
噛み付く模型飛行? の持ち主の医師・マンジュマンシュと椅子の患者? を治療するインターン。
医師が殺した患者の数が助けた患者の数を超えたとき逮捕される、なんてブラックな法律もヴィアンチックだ~!
若い恋人たちのようなおしゃまな工夫の子供たち・ディディッシュ&オリーブ。etc
これだけで頭が痛いと考える人とファンタスティック(かなりブラックではありますが)と想う人で、きっと評価が全く異なってしまうでしょう。


アンヌと夜を過ごす毎にロッシェルの身体が日一日と崩れてゆくと嘆くアンジェル。
この崩れは、クロエの病気の進行と共に変形していく部屋を思い出させます。
まあ、片想いも一種の病気かもしれませんが。
片想いに泣く人には、恋は残酷で陳腐な現実を押し付けてくるのに対して、恋人たちはしっかりと自分たちの直面している現実を把握してるところが悲しいです。

この三角関係をメインに、マンジュマンシュ医師の趣味である模型飛行機”ピング903”の暴走によって死者を出しながらも完成する鉄道とその崩壊。
そして、再び繰り返される物語のはじまりを予感させる非情だけれどあっさりとした終焉。
とても恐ろしい結末なのに、何故かすんなりと受け入れてしまえます。
それが、ヴィアンだから。

閉じられた世界はさながら一つの演劇のようで、幕が下りても再び違う俳優たちで翌日また繰り返されるであろう日常が重なります。
きっとこの先も、同じ舞台の上で別の役者が演じる微妙に異なった物語が延々と続いていくのでしょう。




――これを述べようとすることは無用である。なんとなれば、いかなる解決をも考えうるからである。





冷たいレモン > 青子さん、こんばんは。書評を読んでいて面白そうな物語だな、と思いました。神父さんの名前がいいですね。あと冒頭で目が抉り出されてしまうのとかも、好みです。ひとつだけ質問させてください。ヴィアンっていうのは何なのでしょうか。 (2004/12/11 19:51)
青子 > 冷たいレモンさん、レスはやっ! びっくりです。ヴィアンは作家の名前です。すっごく多才な人でトランペット吹き、ジャズ評論家、レコード会社のディレクター、シャンソンとロックンロールの作詞家、作曲家、歌手、映画作家、俳優、レーサー、イラストレーター、デザイナー、詩人・・・、もう数え切れないくらいの肩書きを持つフランス人なのですよ~♪ 詩集と「日々の泡」という小説しか読んだことがないのですが、独特の雰囲気を持つ物語でもう大好きな作家です。ダメな人は全く受け付けないほど個性的な作品ですが、機会があればぜひ手にとってみてください。 (2004/12/11 20:19)
冷たいレモン > たまたまパソコンの前にいたので、レスはやかったです。
すみません。作者名なんですね。ああ、レズヴィアンの短縮形かな、でも文脈に合わないな、とか妄想に近い考えをしていました・・・。実は今日アマゾンでジェイムス・ジョイスからいろいろ調べていると、「日々の泡」に行きつき、そこから本プロで検索をかけ、青子さんの書評を読んでメモしていたのです。なのにヴィアンという単語に反応できなかった・・・。結構、外国の作品は作品名で覚えてしまって作者の名前はすぐ忘れてしまいます。ヴィアン、すごく好きになりそうです。多才な方なんですね。興味しんしん。 (2004/12/11 20:36)
青子 > 冷たいレモンさん、ヴィアンチックなんて変な造語を使っちゃたので誤解を招いてしまいましたね。すみません。
ジョイスと「日々の泡」が繋がっているんですか。おもしろ~い。どんなつながりなんでしょう。
「日々の泡」を原作とした「うたかたの日々」という岡崎京子作の漫画があるのですが、その岡崎京子の「ヘルタースケルター」の中にヒロインがやはり片目を自ら抉り取るシーンがあったりして、彼女もこの本読んだなと一人でニヤッとしていました。こういうの見つけると楽しいですね。
「日々の泡」もお薦めです。昨年のマイベスト本です。 (2004/12/12 00:05)
冷たいレモン > ジョイスと「日々の泡」のつながり、っていうのは学術的なつながりではないです。ただ単にネットサーフィンの結果です。すみません。あと、青子さんの「ヴィアンチック」などの造語は全然変じゃないです。私がぼけっとしていたせいです。ほんとごめんなさい。岡崎京子「うたかたの日々」の原作が「日々の泡」なんですね。びっくり。まだ読んだことないので、「日々の泡」と一緒に読んでみます。「へルタースケルター」は大好きな作品です。あの片目をえぐるシーンが、「北京の秋」とつながっているなんて。すごい・・・。 (2004/12/13 17:17)
青子 > 冷たいレモンさん、ありがとうごさいます。「ヘルタースケルター」読まれてたんですね。「うたかたの日々」は原作どおりでとても綺麗に仕上がっています。きっとお気に召すと思います。ぜひ、お読みになってみてください。 (2004/12/13 19:53)