…………………15歳 「瞬間」シリーズ~裏腹な瞬間~
受験に向けて、中3から個人指導の塾に通い始めた。
私の担当は、18歳の男子大学生。
たった3歳しか違わないのに、大学生っていうだけですごく大人に見えた。
先生が着ている服のブランドと、同じブランドの服を買って着てみる。
それだけで、自分が少し大人になった気分。
彼氏のいない私は、こうして大人な物を持つことで、取り残された気持ちを埋めていた。
正直、大人キャラを作っていないと、叶哉とけいちゃんの前に立っていられない。
「先生、このシャーペン欲しい。どこに売ってるの?」
「あー、これは大学の売店でしか売ってないから、買ってきてやろうか?」
先生のシャーペン。
友達は誰一人持っていないものだった。
差をつけたい。
大人に見られたい。
「うん、買ってきて!お金払う!いくらですか?」
「お金はいいから、中間で5教科420点以上とったらな。」
「えー、私、数学が…。」
「知ってるよ、だから、頑張れ。ちゃんと教えてやるから。」
私にとって、先生は大人な世界を垣間見せてくれる、お兄ちゃんのような存在だった。
「先生、中間で435!」
真っ先に先生の元に走っていくと、足がもつれて胸に飛び込んでしまった。
スポンとハマるように抱かれて、不思議な感覚。
「元気だな。」
「す、すいません。」
私は、慌てて先生から離れた。
そんな私に先生は、優しく言葉をかけてくれる。
「よく頑張ったね。まさか本当に取れるとは思わなかったよ。」
先生は、約束のシャーペンを机に置いた。
「俺のやるよ。ケチッたわけじゃないよ、なんとなく、俺のを使ってもらいたい気分だから。」
先生は、にっこり笑ってシャーペンの芯を出す。
「俺さ…キミみたいな一生懸命な子…
私のノートに先生が書いた文字。
『好きだよ。』
私がびっくりして先生を見ると、先生はウンと頷いた。
『卒業してから、俺とつき合って。』
…なにこれ…どうしよう。
先生を好きとか、ない、絶対ない。
『返事は合格してからでいいから』
先生のペンは、最後にそう綴られていた。
…付き合うって?
先生と?私が?
どうしよう…。
「おい、なにボーッとしてんだよ。プリント取れよ。」
前の席の叶哉が、プリントを指でつまんでぶらぶらさせている。
「あ、ごめん。」
「お前、なんか顔赤いけど。」
「え?」
うわっ、こいつにばれたら死ぬ。
「…なんでもない。」
「あっそ。」
叶哉は、林間学校の時に告白してから、けいちゃんと付き合っていた。
先生のことを意識し始めると、個別指導は辛い。
最近は、ほとんどなにも話さず授業を終えて、早々と外に出ていた。
息がつまりそう。
「待って。」
振り向けば、先生が走ってくる。
「今日、俺も終わりだから、途中まで一緒に行こう。最近、全然話してないし。」
断るわけにもいかず、先生と並んで歩く。
左側に感じる違和感。
「…あの話なんだけどさ、今すぐにってことじゃなくて…
なんか、こういう話、嫌だ。
心の中でため息をついた。
…あれ?叶哉?
駅前のファーストフードに、叶哉の姿を見つけた。
「…座って。」
先生に言われるまま、駅前のベンチに座れば、目の前に叶哉。
「大学生の俺が、中学生のキミに本気なのかって思われそうだけど、俺はキミを…
しばらくして、けいちゃんがお盆を持って叶哉の隣に座った。
なんだろう、全部嫌だ。
「…聞いてる?」
先生に呼ばれて、ハッとした。
「あ、はい。すいません。」
「次、聞いてなかったら、抱きしめちゃうからなー。」
私は、先生の方を向きながら、横目で叶哉を見た。
…‼︎
叶哉が、何気なくこちらを向いて私に気づく。
ドキッとして、身体が動かない。
「あー、もう、冗談だからね。そんなに固まらないで。
俺、なに言ってんだ、冗談でも言っちゃダメだよな…って…え?」
私は、先生に抱きついた。
先生の肩越しに、叶哉と目があった。
叶哉はスッと視線を外し、けいちゃんを連れて店の奥へと消えていった。
私は、この日を最後に塾を辞めた。
裏腹な気持ちは苦しいだけだと気づいた15歳。