……………………「先生の隣にいさせて。」第3話
「成田くん」と初めて会った数日後、とうとうその日がやってきた。
4月。
入学式前の、最後の日曜日。
なんとなく眠れなくて、なんとなく早起きした。
今日は昨日より暖かい。
パジャマの上に、何も羽織る必要はなさそうだ。
窓を開ければ、春の風がふわりと通り過ぎていく。
綺麗だなぁ…。
窓から見下ろす、まっすぐ伸びたピンクの絨毯。
春の喜びを精一杯表現している。
綺麗過ぎだよ…。
東京は、なんでもきちんとしている。
島の桜は、こんな風にきちんと一列に並んではいなかった。
中学校にあった、大きな桜の木(みんなは長老って呼んでいた)も、今頃満開なんだろうか。
お昼過ぎ、先に彼が到着。
そのすぐ後に、引っ越しのトラックが着いた。
お姉ちゃんと私は、とりあえずリビングで待機。
お茶とお菓子を用意して、作業が終わるのを待っていた。
「そろそろ終わるだろうから、お蕎麦でも茹でておくね。
塔子は、成田くんの様子を見てきてくれる?」
「あ、うん。」
お姉ちゃんに言われて、リビングのドアを開ける。
ローカの壁も床も、全て青いシートで覆われていた。
海の中みたい…。
自分の引っ越しのときは、ここまでじゃなかったから、なんだかわくわくする。
三番目の一番奥の部屋。
ドアが開いている。
なんて声をかけたら良いか分からなくて、そっと部屋を覗いてみた。
後ろ向きの彼。
背中一面、汗で色の変わったTシャツ。
捲り上げたズボンの下には、丸く盛り上がったふくらはぎ。
友達の男子の足とは、何かが違う。
「あ、塔子ちゃん。手伝ってくれるの?」
振り向いた彼は、私を見つけて笑顔で言った。
積み上げた段ボールに肘をかけて、こちらをじっと見ている。
なんだかわかんない。
だけど、ちょっと恥ずかしい。
「あ、いや…お姉ちゃんが様子を見てきて…って…。」
「そっか…ねえ塔子ちゃん、ちょっとこっちにきて。」
彼が白い歯を見せながら、手招きをする。
「な、なんですか?」
私は、恐る恐る部屋に足を踏み入れた。
足元の箱のガムテープをビッとはがして、ふたを開ける。
…本?
「よかったら、あげるよ。俺が高校の時に読んでいた本。」
パッと見についた表紙。
中学の時、教科書で読んだ、太宰治があった。
『走れメロス』
あんなお兄ちゃんがいたらいいなあ…って思ったお話だ。
正義の味方みたいで、かっこよかった。
「もう読まないんですか?」
「うん、もう何度も読んだから。線が引いてあったり、折れていたりするのもあるけど…。」
「全然構いません。じゃあ、いただきます。」
私は段ボールに手をかけて、持ち上げようとした。
が…持ち上がらない。
「塔子ちゃんじゃ無理だよ、どいて。俺が運ぶから。」
彼は手際よく箱のふたを閉め、ひょいと持ち上げた。
わあ…なんだろう…。
なんか…よくわかんないけど…なんだか…メロスみたいだと思った。