【発祥尽くしの東京編 その4】
話を少し巻き戻し、お昼前の銀座大通り
休日には大勢の観光客や買い物客で賑わうこの通りも、平日は車だらけ…
歩道の片隅にひっそり建っている「銀座発祥の地」碑を見ながら~
銀座の象徴とも言える和光前に、やって来ました~
しかし、今回のお目当ての店は、その隣にある「木村屋総本店」
「木村屋」とは、日本パン史に大きく影響を与えた店ですが
その歴史を簡単に振り返ると~
茨城県牛久市から江戸に出てきた初代当主の木村安兵衛と二代目当主の英三郎は
新政府軍が江戸城を無血開城した翌年の1869年(明治2年)に
芝日陰町に日本で初めてのパン屋「文英堂」を開店させたそうです
明治維新後には、西洋文化が流入し、パンも少しづつ普及し始めていましたが
日本独自の菓子パン作りを模索していた木村親子が発明した「酒種桜あんぱん」が
1875年(明治8年)に明治天皇に献上され、天皇・皇后両陛下に切り入られたことにより
パンを食べる習慣が、一躍世の中に広まったとのことです
そんな日本パン史に名を残すパンを、今の時代でも味わうことができるのが、当店で~
これが、明治天皇に献上して、世の中にあんぱんの名を広めた「酒種桜あんぱん」
そして、これがその前年の1874年(明治7年)に作られた「酒種けしあんぱん」
当店の「あんぱん」は小さいながら、1個162円もするのですが
「あんぱん」発祥の味を食べてみたくて、2品とも買いました~
因みに当店は「ジャムパン」発祥の店でもありますよ~
その後、早稲田にある「三朝庵」でこれまた発祥のカツ丼を食べた(その模様は前話にて…)後
「穴八幡宮」とは1062年に源義家が兜と太刀を納め、八幡宮を祀ったのが始まりで
江戸時代には3代将軍徳川家光により、幕府の祈願所とし、城北の総鎮護としたそうです
その後、8代将軍徳川吉宗(俗に言う暴れん坊将軍ですね…)により流鏑馬が奉納されるなど
徳川幕府と深い関わりがありました
そんな由緒ある神社のベンチに腰掛けて、発祥の「あんぱん」が入った袋を広げて~
このパンが明治天皇・皇后陛下に気に入られたことにより
日本の大衆にパンを食べるという習慣が定着するきっかけになったかと思うと
感慨もひとしおでした
そして、これが「酒種けしあんぱん」
両方の「あんぱん」とも「こし餡」のほどよい甘さと
絶妙な味わいの酒種生地がマッチして美味しかったよ~
って、包丁で切れば断面も綺麗なんですが、若干見苦しくてすいません
そして、物欲しそうな雰囲気で僕の周りをチョロチョロしていた雀に、少しお裾分け
と雀に向かって説明しましたが、当然僕の気持ちは伝わるはずもなく
少し大きすぎたパンの破片を懸命についばんでいました~
次回は「発祥尽くしの東京」編、最終回で~す