「妻」 | 坐韻通信

「妻」

子供ときたら、今度は妻。
なんとも表現のしようのない存在だ。
人には芯というものがあり、それによって友人になったり、親友になったり先輩になったり、
恩人になったりする。
ところがこの「妻」という動物は多面的で捉えどころがない奇妙な存在だ。
一番理解できないものがあるとすると私は「妻」。
因縁ということなのか。
そこできょうも吉野弘の「妻に」をお送りします。
その重さとは。



   「妻に」  -吉野弘ー

 生まれることも
 死ぬことも
 人間への何かの遠い復讐かもしれない
 と嵯峨さんはしたためた

 確かに
 それゆえ、男と女は
 その復讐が永続するための
 一組みの罠というほかない

 私は、しかし
 妻に重さがあると知って驚いた若い日の
 甘美な困惑の中を今もさ迷う

 多分、と私は思う
 遠い復讐とは別の起源をもつ
 遠い餞けがあったのだと、そして
 女の身体に託され、男の心に重さを加える
 不可思議な慈しみのようなものを
 眠っている妻の傍でもて余したりする



       アンティークギャラリー坐韻 店主
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