【ユンジェ小説】
香水 ①
「兄さん、香水変えたの?」
収録が予定よりも早く終わった夜、
先に宿所に戻って、
リビングのテーブルでジュンスと通信ゲームをしていたユチョンが、
コートを脱いでいる僕を振り返らずに、言った。
「え?香水?変えてないよ。」
「ふうん・・・」
僕は、答え終わる前に、ユチョンの質問の隠された意図に気づいた。
気づくが、答えてしまったからもう遅い。
僕は、とっさに上手に嘘をつくようなことには慣れていない。
自分がそういう点ではかなり不器用な男だと知っていた。
だから、そのまま黙っていた。
それから僕は、少し不自然な動きだとしても、
あえて遠回りしてユチョンのすぐ後ろ側を通って
バスルームに向かう。
ユチョンは背中を向けてゲームを続けている。
突然「あ、ああ~!」とジュンスが雄叫び、
ゲームに勝ったらしいユチョンを指差して
「ずるいよ~!」だの
「ひきょうだ~!」だのと騒ぎ立て、
ユチョンもにぎやかに言い返す。
むこうの壁際のソファのチャンミンが顔を上げて、
表情を変えずに視線を下げ、
再び本を読み出した。
「明日も早いから、そろそろ寝ろよ」
3人を均等に見やって声をかけてから、
リビングを抜けた。
どうやら、2人の弟には気づかれなかったようだ。
香水か・・・気をつけなくちゃ。
いま自分がまとっている香りは、移り香だ。
それほど強くはないはずだ。
でも、鼻をくんくんさせると、
狭いバスルームの扉を閉めたからだろう、
あざやかに匂う。
この香りが、
ジェジュンの愛用の香水だと、
弟たちは皆んな知ってる。
だから、いち早く気づいたユチョンは、警告してくれたのだ。
“無用心だ”と。
“弟たちに気づかれるな、心配をかけるな”と。
僕は、熱めに調節したシャワーを頭から浴び、
ガシガシとこすった。
まだ感覚が強く残っているからだを意識すると、
甘く、苦しく、せつなく、
強い感情が湧き上がってくる。
僕は今日の収録後の数時間を思い返した。
*
明日、ソウルから戻ることになってるマネージャーの代わりに、
TV局側と放送の打ち合わせをするからと、
先に3人を帰した。
でも実際は、打ち合わせというほどもない、
ほんの2~3の確認点があるだけだ。
だからすぐに局を出て、
3時間、いや4時間は、怪しまれずに自由に使えるだろう。
まずはどこかで軽く食べながら飲もう。
ジェジュンは、行きたい店があるかな?聞いてみよう。
ホテルはどこにしよう。
TV局の近辺では、思い当たる建物がない。
でも、やはりこういうことは男の僕が決めなくちゃ・・・って、
“彼”も男だけどな。
ああ・・・僕、なんか、ソワソワしすぎかな?
僕とジェジュンは、この異国で、そういう関係になった。
でも、合宿所で5人とマネージャーが同居している状態で
僕たちが2人きりになるのは、とても難しいのだ。
実際、ジェジュンのルームメイトのユチョンには知られてしまった。
だから・・・今日得たこの数時間は、とても貴重なのだ。
それなのに。
*
パーカーのフードを深々とかぶり、
大きめの黒いサングラスをかけ
バッグを下げて、
帰り支度のジェジュンが近づいてきた。
Bスタジオからエントランスに抜ける廊下は、
まだ関係者達が行き交っている。
さっきまで打ち合わせしていたADさんが、
急ぎ足で通り抜けながら挨拶をした。
そんな中、全身が黒っぽく目立たない格好のはずなのに、
ジェジュンのからだは
まるで発光してるように際立って人目を引く。
「ユノ、あのね」
フードとサングラスに隠されていない
彼の陶磁の顔の下方で、
うすもも色のくちびるが動き、
ため息のように僕の名前をもう一度呼ぶ。
ただそれだけで、ぼくの動悸は高まり、息が速まる。
誤魔化すように、
「あ、ジェジュン、こっちも、もう終わったよ、タクシーどうする?
外で拾う?呼んでもらう?」と一気に言った。
ジェジュンがちょっと困ったような表情をする。
「あのね、Aさん達がご飯に行こうって。
ユノ氏も呼んで来いって。
少し・・・その・・強引なんだよ、どうしようか」
「え~、そうなの?」
ああ、またか。
マネージャーがいれば、上手に断ってもらえるのだが、
ジェジュンは実によくこういうお誘いを受ける。
生来のサービス精神でニコニコと場を和ませ、しかも低姿勢。
誰にでも好感を抱かれるし、年長者にも可愛がられる。
言葉さえ不自由な外国で成功したいアーティストにとって、
TV界の重鎮・Aさんのような共演者に気に入られるのは、
特にありがたいことではある。
しかし、今夜の僕たちには悩ましいお誘いだ。
「じゃ、ご飯だけ付き合って、明日早いからって抜け出そうか」
「うん、そうだね。」
ジェジュンがサングラスをはずしながら、
ほっとしたような笑顔を僕に向ける。
そして小さく舌を出して、ゆっくりとくちびるをなめる。
僕の視線が彼の舌の動きを追うのを、
彼は見てる・・・はずだ。
彼のくちびるから瞳へ、僕の視線がすばやく動く。
ほら、やっぱり見ていた。
ジェジュンのやや茶色がかった虹彩の中央の瞳孔が
大きく開いて、濡れたような輝きを放っている。
僕たちは息を止めるように見つめ合って、
互いの瞳に自分の姿が写っているのを見る。
②へつづく
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