いやー、昨夜は参りました。
散々な目にあった原稿が校了となったのは
・・・・・午前2時過ぎ。
片付けてから、帰宅して
入浴しようと洗面室の時計を見たら3時!
胃腸風邪だか、胃腸炎だかの人間を
こんなにこき使って、もう!
おまけに、絶食前の最後の晩餐として
入浴7時間前にクッキー2枚をいただいたきり。
却って、身体を壊すのではないかと
心配しきりですが・・・・・
(本日は、さすがにお昼近くの出社にしました)
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さて、今週に入ってずいぶん暖かくなって、
いよいよスギ花粉が舞い飛ぶ季節かと
実感するこの頃です。
昨年のこの時期、私にも
疑惑の症状が散見されましたが・・・・・
どうやら、真性・花粉症のようです。
事実、今月初旬あたりから
折々に鼻がヒクヒクして、くしゃみが出ます。
今週は胃腸風邪にやられてしまいましたが、
それとは別に、花粉症としての
症状発露が本格化する前ぶれかと思います。
ウチの嫁は10年近く前からスギに、
そして、この数年前あたりから
さらにヒノキにと、過敏に反応しています。
これで夫婦仲良く、いやいや、
この場合は婦唱夫随的と言うべきか。
いずれにせよ、これでもう
室内外を問わずマスクは必須となります。
通年レギュラーのアトピーに加えて、
季節限定サービスまで加わるとは。
やれやれ・・・・・
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この花粉症については、かつて
国営放送で放送した「病の起源」なる
海外制作タイアップのシリーズ番組の中でも
取り上げられていて、その回を私は偶然見ました。
ドキュメンタリー番組なりに、
展開を考えて効果的に構成されていますが、
要諦だけを以下に粗くまとめますと・・・・・
動物のもつ免疫を調べてみると、
広く菌全般に対する免疫に加えて
哺乳類にだけ備わっている免疫がある。
それは、吸血ダニに抗するために
新たに身につけた免疫である。
動物として弱い部類に属する哺乳類は
天敵から身を守るために逃げ回り、
夜には草むらや森に身を潜めたりして、
おまけに表皮が柔らかいことから
吸血ダニにとって格好の餌食。
そこで、進化の過程で備わったのは、
吸血ダニが血を吸うために口吻を挿入すると
(或いは、そこで何かが分泌されると・・・だったかも)
体内で炎症反応を引き起こすというメカニズム。
これが、結果的に
血を吸おうとするダニにショックを与えて
撃退することになる。
ところで、人間の免疫細胞というのは
生まれてすぐの時期には、
その性質や役割が定まらず
未分化の状態であると思われる。
かつては菌に対する免疫細胞と
新たに身につけた吸血ダニに対する免疫細胞とが、
人体の成長に伴って形成されて、
拮抗するように体内に備わっていたとされる。
さて、花粉症が発見されたのは
日本の例で言えば、昭和30年代頃だそうで。
それは、社会の近代化によって
人々の暮らしが変貌する時期に当たります。
それまでは、多くの家庭で
牛や豚など家畜が飼われていて、
人間の身近なところで一緒に暮らしていました。
そして、それらの動物には、
少なからず菌やその屍骸が付きもので、
それらに抗する免疫も、また必要とされていた、と。
ところが、近代化とともに
そうした暮らしのあり方が変貌しました。
土の上にはアスファルトが敷かれ、
田や畑を耕していたオトコたちの手には
会社に通う鞄が握られることになったのです。
さらに、世の中に清潔な環境が整い、
人々にもそうした志向性が高まるのと反比例して
私たちの身の回りから、菌や微生物が
どんどん姿を消していったのである、と。
そうなると、それらに抗する免疫は働き場所をなくして、
いつの間にか、子供たちの免疫細胞の大半が
吸血ダニに対するものばかりとなって
占められるようになったと言うのです。
そうなると、今や
吸血ダニがそこらにうようよしているはずもなく、
力をもてあました免疫細胞の暴走が始まります。
言ってみれば、仮想の敵を見つけては
暴力を振るうようになるのですね。
(解釈が正しいか、心配になってきました・・・)
それで、ダニが分泌する酵素だか何だかと
分子構造が似ている花粉に対して、
「誤って」炎症自爆攻撃を
開始するようになってしまったそうです。
本当は、主である人体に
害毒を及ぼすものではないのに、
やっつけるべー!と、
体内に炎症反応を起こして・・・・・
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放送されたこの番組のことを思い出して、
ふと、連想して
アタマに浮かんだことがありました。
いよいよ終盤戦もピークを迎えた
バンクーバーの冬季五輪での、あの事件です。
そう、スノボの例の選手の服装や言動が
物議をかもした事件のことです。
あの時、この問題をテーマに
記事を書かれた方もいらっしゃって、
私もコメをお寄せしたこともありました。
そして、また同時に新聞紙上でも、
スポーツライターの方が書かれた
このような記事が掲載されたのを目にしました。
読後、まさにその通りと頷きました。
とりわけ、この最後のくだり。
以下、抜粋して引用を。
「日本列島から微笑や苦笑が消え、
嘲笑と熱狂と憤怒と潔癖で埋め尽くされる。
~中略~
腰から下のズボンを嫌うのは自由である。
でも憎んではならない。」
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人間の細胞も、あるいは
人間という単位が成す社会や集団も、
成員の性格が一方に偏ると、ブレーキが利かず
極端な行動へと走ってしまう場合が
あるものなのでしょう。
とりわけ日本という社会は、
全体がある一つのムードに支配されると
それに抗して物申すことが
出来にくい性格があるように思えます。
どなただったか、物故された識者の方が
「日本とは、全員一致という事柄が何より幸せ」
である社会、と評されていたのを
聞いた覚えがあります。
それが嵩じて、かつては
不幸な戦争へと突っ走っていった、
そんな側面もあったのではないでしょうか。
大衆操作の策が、人々の知らぬところで
秘密裏に仕込まれていたかも知れません。
いずれにせよ、そこには、基盤として
そうした行為が成立しやすいかどうか、
社会の成員の意識構造によって
少なからず事が左右されるのは間違いないでしょう。
ぎりぎりのところで拮抗するチカラ、
情やムードだけに流されない駆け引き。
(うーん、白洲次郎氏を取り上げた
国営放送のテレビドラマの中のエピソード
「カントリージェントルマン」を思い出しますなぁ・・・)
多様性というものの大切さを、改めて
感じさせてくれた出来事でもありました。
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さて、いつものような連想ゲームから
またも話が逸れてしまったようですが、
毎日話題に上がる冬季五輪も、
遂にはクライマックスからフィナーレへ。
そして、悩ましい花粉症は
いよいよこれからシーズン・インへ。
舞うのは風花でこそあれ、
花の粉であってほしくはありませぬ、
ところで、今日1日は
水分とガムと飴(ダメ?)以外は
何も胃袋に入れていません。
そこで、何もしないと落ち着かないので、
こんなにも長々と書いてしまいました。
詮無い記事にお付き合いいただき、感謝です。
明日の夕飯あたりから、おかゆとか雑炊で
少しずつ平常に近づけようと思っています。
京都の続編は、その後にでも・・・・・
(だって、美味しそうなものが登場するから
自ら綴る身には、目の毒でござります!)