空のブログ(動物愛護・アニマルライツとは)

何が正しく何が誤りか、様々な主張・状況がある混沌とした動物や人間の間で動物愛護とアニマルライツを中心に、論理的に評価し、理論立て、それらの進むべき方向を定め、推進する為に作りました。コメントは自由ですが頭がおかしいと判断した人のコメントは掲載しません。


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動物実験には様々な意見が有るが、その中のよく有りそうな疑問を想定して、分かりやすい形にしてQ&A形式にしてまとめてみた。

Q.ヒトの病気の治療法の研究は、本来ヒトを使って行うべきなのですが、それはリスクが大きすぎる。だからリスクを動物に負わせれば良いのでは?

A.リスクが多いのは動物も同じで、結果的に無残にも殺されます。動物だけが無残に殺されてよいという理由はありません。また殆どの動物の犠牲は、薬の承認に全く役に立っておらず無意味だと言えます。したがって、ほとんどの動物実験が人間の為に動物の犠牲の上に成り立つというロジックは論理の飛躍およびすり替えで、デマと言うことが出来ます。なぜなら薬の承認確率は2万数千分の1でしかないからです。また、人間での臨床テストで8割が失敗します。だから動物実験は不正だとされるわけです。


Q動物実験に使われる実験動物も、家畜と同様、そのために繁殖生産されます。したがって動物実験がなくなれば、実験動物も生産されなくなるわけです。動物実験は一般の人から見ると残酷な局面があるかもしれませんが、多くの場合は平穏に飼育されています。実験動物たちもそれぞれの生を享受しています。だから動物実験は許されるのでは?

A.動物がどんな状態で育てられようが、最終的に動物実験で生体解剖されて殺されます。このことと、育てられ方は何の関係もありません。つまり大事に育てたから殺してよいということにはならないのです。種の存続も同じことで、その種の構成員はその種の存続の義務を持ちません。


Q.動物性たんぱく質の摂取で本当に病気が増えているのでしょうか?ベジタリアンだった野上ふさ子さんもスティーブ・ジョブスも若くして亡くなりました。森光子さんは肉食だったようですし、ギンさんの娘さんたちも肉が大好きだそうです。わたしはバランスよく食事をすることが長寿と健康の秘訣だと思います。ベジタリアンやビーガンの皆さんは「健康に良い」といったことを理由にしないで、あくまでも動物を犠牲にするのが嫌だということを主張されるといいと思います。

A.世界最大の栄養学の専門家の学会のADA(アメリカ栄養士会)によれば、がん、心臓病、糖尿病、などにおいては、菜食の場合は肉食にくらべて罹患しにくいという結論が出されています。また肉食による健康リスクと菜食による健康リスクを300近い論文を比較検討した結果、ADAの見解として、よく検討された菜食はあらゆる面において肉食より健康的にすぐれていると結論しています。したがって、健康に良いという理由も成り立つわけです。


Q.世の中には多様な価値観があります。それぞれの価値観を尊重し、そのうえで対話をしていかなければ、社会は進歩しないのでは?

A.価値観を尊重するのは結構なのですが、明らかに間違った価値観を尊重することはできません。不正な殺人や泥棒など尊重するべきでしょうか?それと同じ理由で不正な動物実験を尊重することはできません。また世の中様々な価値観があるから認め合えというなら、動物実験の反対を認めるということになり、ここに書き込む必要もないわけです。そもそも、そうなると議論なども存在し得ないわけで、動物実験のような金儲けという利己的行為の為に他者を犠牲にすることは良いことだとする社会や、どんな悪徳な価値観をも認めることになり、それが人間社会にとって良いということは出来ませんし、進歩しているとも言えません。


Q.ビーガンではない人でも動物福祉・愛護活動に真面目に取り組んでいる人は少なくありません。「命、動物、健康、環境、平和などに真剣に取り組むに当たって、ビーガン(VEGAN)はスタートラインであり、それが決意であり誠意である」と断じると、カッコいいですが、それ以外の人を否定することになり、反発を買うことになりませんか?

A.日本人の場合、年間、一人当たり、約50kgぐらいの肉を消費しています。ビーガンやノンミートイーターは、ただそれだけで重さにしてやく50kg分の動物を救っているということになります。たとえば、チワワですと20匹分、猫ですと12匹分、鶏ですと、40匹分ぐらいだと思います。もちろん動物を助けることは良いことです。しかし、積極的に助けなくとも、誰でもできる簡単で効果的な動物愛護がベジタリアンになることだということです。


Q,「ビーガン(VEGAN)と言う生き方をしようと決断できる人は皆無と言って良いほどである」であると書かれている通り、ビーガンはもちろんベジタリアンですら日本ではマイナーです。それはどうしてかな?

A.日本は多民族国家ではなく言葉も日本語だけがです。倫理的ビーガンに関係するアニマルライツの理論などは外国では多く出版されていますが、翻訳も含め日本ではほとんどありません。したがって、ARにかんしては日本はほとんど鎖国状態なのです。また、動物問題は同和問題との絡みでタブー視されている部分が多く、動物利用業者等からの印象操作で良いと認められていないからです。さらに利他的な行動を偽善と捕らえるような誤解があり、倫理的ビーガンの場合、動物利用の善悪の価値判断の象徴となり、動物を殺す事を悪いことだと認識しているが、動物利用を止めることの出来ない自律できない人から、自己の正当化のための攻撃対象とされることもあり、また日本の伝統とされる奥ゆかしさ、自慢とされない傾向があり、水面下で広まっている物と思われます。しかし、ネットなどの状況を見ていますと、ここ数年で、かなり、表向きにも急激にベジタリアンの人口は増えてきています。


Q.以前、動物福祉活動に取り組んでおられる方と話をした時に「動物愛護原理主義」という言葉が出ました。純潔・孤高をめざすことの延長上には、発展・拡大はなく、社会運動としては衰退の道につながるのではないかと懸念します。

A.一部の犬猫保護専門の動物福祉を信望する人や動物愛護家の中には、動物の為に肉食など自律できない方もおられますが、御自分の活動と肉食という意味なく殺す事に加担することが整合性を保てないという事実から、自分を正当化するために動物愛護と整合性の取れているベジタリアンやアニマルライツの活動家を「動物愛護原理主義」というふうに印象操作している場合があるようです。そういうからの決まり文句は「世の中には様々な価値観があるのでそれを認め合おう」ということなのですが、その時点で既に「動物愛護原理主義」という批判をして相手の価値観を認めないという誤りを犯しており、つまり、矛盾があるためにその延長上には、発展・拡大はなく、社会運動としては衰退の道につながるのではないかと懸念しています。


Q.多様な価値観を認めないということは原理主義であり、その彼方にはアルカイダや赤軍派の活動にみられるように、衰退と滅亡しかないと私は思うのですが。健全な市民社会の一員であれば、種々の価値観を尊重し、その中で社会的合意に到達すべき努力を怠るべきではないでしょうか?

A.多彩な価値観はいくらでもあるでしょうが、根本的に誤った価値観は否定すべきものです。それを認めろという方が誤りなのです。動物実験など
正にそれに当たるもので、その論理的に誤った価値観を、開き直ったり、また押しつけること自体が、暴力であり、それ自体がテロリズムに結びつく事であり、論証された事さえ認めないという開き直りでしかなく、原理主義にさえならない、正に自分勝手な論理そのものです。


Q.動物実験は殺処分どこじゃない命が犠牲にあっています。これを廃止させるには、反対するだけでは進まないと思います。犠牲は必要だと思っている一般の方に、他に方法があることを知ってもらい、国を動かさないと廃止できないと思います。動物の犠牲ではなく代替法にすること以外に方法がありますか? 動物実験を廃止したい動機は違うかもしれないが、でも犠牲を無くしたいという目標は一緒なのだから無くすためにできることをやっていくべきなのではないですか?

A.動物実験の廃止という目的のためには、法改正等の必要性があります。法改正のためには国民の支持が必要です。しかし、動物利用が当たり前とされている資本主義社会の中で、動物実験という残酷極まりない営利活動を止めさせるにはどうすれば良いでしょうか。国民の支持を得ることではないのですか? では、過去からの動物利用という誤った慣習を盲目的に信じている大多数の国民を公に説得するには何が必要なのですか? 少なくとも動物実験を否定できるだけの誰もが納得できる説得力のある合理的な理由がいると思います。この部分が肝心要の部分なのです。こういった論証された論理に基づいてこれからの活動の方向性が決まり、あなたのいうような妥協という政治的配慮が成されていくべきだと思います。肝心要の動物実験が悪であるからという理由での廃止の理論が説得力をもって国民に浸透していかない限り3RSの達成など夢に終わるでしょう。なぜなら、国民が動物実験を悪いことだと思わないのですから。


Q.「医薬品の承認確率は2万5482分の1」と書かれており、「動物実験で使われる動物の数x2万5482分の2万5481は死に行く患者さんには全く関係のない虐殺だといえる』とも書かれておりますが、正しくは動物実験が行われるのは「非臨床試験」といわれる開発段階であり、この段階での成功確率は1/6,790とされています(中央社会保険医療協議会薬価専門部会資料http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/06/dl/s0623-2f.pdf 4枚目のスライド)。 ただこれもご指摘のように1品目で1000例前後の実験動物が犠牲になりますので、本当に必要な動物実験か否かは、慎重に考えるべきであるとは思います。

A.6790分の1という動物実験の成功確率は初めて知りましたが、それでも、ほとんどの動物が無駄死にしていると言うことが言えるでしょう。しかも臨床テストの合格率はアメリカの場合で5分の1程度とされているそうですからそれを加えるとかなりの低確率になります。これだけ考えても、一つの薬あたり679万匹位もの動物が人間の役に立つこと無く殺されているのhが狂気の沙汰としか思えません。。


Q.「日本の薬事行政」をご覧いただければお分かりいただけると思いますが、現在の薬事規制では動物実験なしに開発された医薬品に対して厚生労働省の承認を受けることは不可能なのです。また自分の体で人体実験をするというのは、臨床第1相試験では可能かもしれませんが、開発の当事者が臨床試験に参加することは試験成績にバイアスがかかるため、現在では行われていません。臨床第2相、第3相試験では患者さんを被験者に臨床試験を行いますので、喘息などのクスリの開発では臨床試験に参加できますが、ほかの病気では臨床試験に参加することも不可能です。

A.こういった不正な動物実験を無くしていくために法改正を含め動物実験廃止の活動があり、そして議論されている訳です。その誤った法律を変えるための意見を、その法律があるからできませんというのは、本末転倒です。この法律は何故正しいのですかと言う質問にこの法律があるからですと答えているような物です。明らかなカテゴリーミステイクです。


Q.患者団体に対して、あなた方の持論を開陳し、動物実験は不正だから、あなたたちの病気の治療薬の開発はあきらめてくれと説得し、患者さんたちの理解が得られれば、わたしも貴方の持論を理解できます。

A.営利目的で無く、患者のためという利他的行為なら無料にするべきです。どんな企業でも企業の目的は利潤追求であり、営利目的である以上、製薬も同じく利潤追求が目的です。利潤追求のための薬の開発であり動物実験といえるわけですから。したがって、営利目的でない限り、困っている患者を助けるというのは目的にはなりません。そこには患者という薬の消費者がお客さんとして存在しているだけです。それを可哀想な患者という感情論で患者のためということに印象操作する詭弁を使うことは誤りだと言っている訳です。


Q.ほとんどの動物福祉愛護の活動家は「かわいそう」「残酷!」といいますが、これは感情論ですね。それは悪いことなのでしょうか? 薬を待っている可哀想な患者のために動物実験は必要だと言っているのですか?

A.感情論でいえば、「何の落ち度も無い動物を生きたまま解剖する方がもっと残酷です。」というふうにいくらでも反論できてしまいます。また、その主張は金儲けの為に動物実験をして動物を殺す事を、可哀想な患者のためと論理をすり替えているだけです。また、「死にゆく患者が可哀想」なら、「何の瑕疵もないのに生きたまま解剖される動物も可哀想」という可哀想を基準にした議論も受け入れるべきとなります。動物だから殺しても良いとするなら、それは差別です。合理的な理由がありませんから。また、感情論自体は悪くはないですが、感情を普遍的性質としている以上、貴方が感情論を使うなら動物愛護の人の感情論も受け入れるべきとなり、また大きな個人差がある感情を理由にすることは普遍的といえないので、結局、一貫性の面からも破綻するので、議論として成立しないということになるでしょう。


Q.現行の「法」の体系の中で「動物実験」について考えている。動物実験は「悪」ではない、「必要悪」だと考えられます。動物実験は「悪」ではない、病気に悩む患者さんを救済するための「必要悪」だと考えられます。しかし、動物実験を削減し、廃止の道に進んでいくべきだ、その方法はin silicoを含む代替法の開発と、ヒトを被験者とする臨床試験の実施によって解決すべきではないでしょうか。

A.病気に悩む患者を救済するのは結構なことですが、極悪非道な動物実験をせずに救ってくださいと提言しているのです。それができないのは動物実験という不正な手段の上に胡座をかいてきた研究者の倫理観の欠如した姿勢に問題があり、責任があるということです。また、良い悪いという価値判断自体がすでに法的な判断で無く、道徳的な価値判断であり、また法律に適合してるからそれが正しいとはなりません。死刑制度も、ナチスの虐殺も動物実験と同じく法律に適合してるから悪くないなんてなり得ません。勿論、法律を変えなければ解決しないのは上記に書いた通りですが、その為には国民的合意が必要だとも書いています。国民的合意を得るためには、少なくとも普遍妥当な論理的な説明が要ります。「動物実験は極悪非道だから動物実験は止めるべき」と言うのは、説得力を持ちますが、「動物実験は正しいから動物実験を止めろ」というのは一貫性がなく全く説得力を持ちません。3RSも同じことです。つまり、「動物実験は正しいから動物実験を止めろ」は説得力をもたず、現実的ではないということと言えます。こういった政治的な誤りにも気付いて欲しいものです。


Q. 薬を待つ患者に動物実験ができなくなったので薬は作れないということが言えるのか?


A. 動物実験が無くなると薬の開発が出来なくなったり、開発の速度が遅れると言う利害関係者による主張があるが、例えば、薬の開発者が休んだりサボったりして、薬の開発が遅れたか らと行って、あるいは薬の開発を断念したからといって、薬の開発者が患者やその家族から責任を問われるという事はありえないだろう。それと同じ理由で、動物実験をなくして薬の開発が出来なくなったり、開発が遅れたからといって誰もが責任を問われることもあり得ないだろう。つまり、「薬を待つ患者に対する責任」という思考実験はそれが出来るかどうかわからないものを根拠にしており、そこに批難の目を向けるのはあきらかに詭弁で有りカテゴリーミステイクである。何故なら実際は薬の開発に何年もかかり、薬として承認される確率も 25000分の1位でこの思考実験の現実性は殆ど無いに等しいと言えるだろう。だからこそ、開発が遅れたからと行って誰も責任を追及出来ないということになる。つ まりこの問題設定が非現実的な詭弁的設定と言える。

 また、この問題について別の観点からいうと、病人は健常者より優先されるのかと言う問題がある。仮に、ある臓器がいるからといって、手段を選ばず他者の臓器を無理矢理奪い取ることは許されることはないだろう。これは、病気が緊急事態だとしても緊急避難も適用できないことを意味している。薬の開発に置き換えても同じである。他者を助けるためだとしても人体実験して人を殺してよいとはならない。

 では、人体実験ではなく動物実験ではどうだろうか。その前に考えておかなければならないことがある。それは動物も人間と同様に苦痛を感じる能力があると いうことである。そして、人間が苦痛を良いこととしない以上、人間にも動物にも苦痛を与えてはいけない。つまり、動物だからという理由は種差別でしかな い。

 そして、この観点からの薬を待つ患者に動物実験ができなくなったので薬は作れないということが言えるのかという問いは、薬を待つ患者に人体実験ができな くなったので薬は作れないということを認めないことと同じ構図である。だから、動物実験を止めることは認めないが、人体実験を止めることを認めることは、 普遍妥当だと思われる、苦痛への配慮、非差別、一貫性があることを共通の認識として共有できる人間にとっては差別でしかない。


 つまり、この問いの前提が差別に立脚しており、また、患者がどう思うかという基本的な考えにおいても、患者の考えを無視して、しかも患者を差別主義者に 仕立てており二重の不正に基づいたジレンマで混乱させている。従って、この命題自体がやはり不正であるといえる。つまり、詭弁である。従って、この不正を 追求するべきであるとなる。

 そして、もし患者が上記のような誤解に基づいて、動物実験の廃止や遅れを批難した場合もあるだろうが、それを非難するのであれば、そういう患者はむし ろ、自分たちのために娯楽で休暇を取る研究者や、サボっている研究者、でっち上げの論文を書いて研究を進めようとする研究者等の動物実験をしなくては薬を 製造できない企業や、その努力を怠ってきた研究者を批難すべきだろう。彼らが、明らかな動物利用という不正を必要悪と主観的に正当化しないで、不断の努力 を続けていれば、おそらく開発の速度は動物実験が無くなった場合よりは速くなっており、その患者が助かる確率は確実に上かっていたのだから。


以上

2014/0918加筆






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